オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始

文字の大きさ
198 / 343
君が他人にモテるなんて、聞いてない〜ヨレ課長、初めてのモヤモヤ嫉妬

シャワーの音

しおりを挟む
陽翔はリビングの真ん中に立ったまま、何かを言おうとしていた。  
唇がわずかに動き、視線が榊の顔を探る。  
けれど、言葉は出なかった。  
喉元にまで上がってきた感情は、言葉になる前に、空気に押し戻されてしまった。

沈黙が痛かった。

榊の言葉が胸に残っていた。

似合ってるな。けど、俺の知らん人にもろたんやな。

その一言に悪意はなかった。むしろ、静かに紡がれた声はどこか優しくすらあった。  
けれど、それだけに、何も返せなかった。

もし咄嗟に言い返されたら、もっと軽く流されたら、気持ちを言葉にする余地があったかもしれない。  
けれど、あの榊の声は、まっすぐだった。静かに、揺れていた。

陽翔は目を伏せ、無意識にネクタイピンに手をやった。  
もう外すべきだと思ったけれど、手が動かなかった。  
代わりに、小さく息を吐いて、ぽつりとつぶやいた。

「……シャワー、浴びてきます」

それだけを残して、陽翔は足早にその場を離れた。  
背を向けて廊下へ出る足音は、いつもよりわずかに速く、そして乱れていた。  
脱衣所のドアが開き、閉じる音がして、ほどなくして浴室の水音が響きはじめた。

シャワーの音は、しばらくすると一定のリズムを刻みだす。  
水圧の強弱が交互に響き、まるで誰かの動揺をそのまま反映しているようだった。

リビングに残った榊は、ソファに深く腰を落とした。  
背もたれに身体をあずけ、両膝の上に肘を置いて、手のひらで顔を覆いそうになるのを寸前でやめる。  
代わりに、ただひとつ、静かに息を吐いた。

照明は切り替えずにいた。  
オレンジがかった間接照明が、部屋の隅を温かく照らしている。  
けれど、その光の温度とは裏腹に、榊の胸の中には冷たいものが広がっていた。

テレビはついていない。  
スマートフォンも裏返しのまま机に置かれている。  
生活音らしきものは、シャワーの水音だけだった。

その音が、やけに遠く感じる。

音としてはすぐそこの浴室から聞こえているはずなのに、どこか別の場所で起きているように思えた。

目を閉じると、陽翔の後ろ姿が浮かぶ。  
胸元の光、小さな金属の反射。  
彼が何も言い返さずに立ち去ったあの間が、榊の心に爪痕を残していた。

あんなこと、言うつもりじゃなかった。

そう思っても、言葉はもう戻らない。

ただの記念品やないか。  
仕事の一環で渡された、会社のロゴが入った品や。  
それをあんなふうに言うなんて、自分でも子どもみたいやったとわかっている。

けれど、それでも抑えられなかった。

陽翔の胸元に、自分の知らない誰かからの気配があること。  
しかも、それが“朝比奈社長”であることを、頭ではわかっていたのに、心が追いつかなかった。

恋人なんやろ、俺らは。  
家でごはん食べて、風呂も一緒に使って、同じベッドで眠って。  
けれど、それでも“仕事の外側”にある陽翔に、自分はどう関わっていけるのか。

ソファのクッションが少し沈む。  
榊は背を押しつけたまま、天井をぼんやりと見上げた。  
天井の照明の輪郭が少しにじんでいる。

浴室からは、まだシャワーの音が続いていた。  
止まる気配はない。  
それが、ふたりの間に引かれた沈黙の時間を、さらに長くする。

もし今、陽翔が戻ってきて、何かを言ったとしても。  
榊はそれにうまく応えられない気がした。

だから、今はこのまま。  
水音にまぎれて、何も聞かずに、何も言わずにいよう。  
そう思った。

胸のどこかが、じんと痛んでいた。  
その痛みの正体には、まだ名前をつけることができなかった。
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

ワンナイトした男がハイスペ弁護士だったので付き合ってみることにした

おもちDX
BL
弁護士なのに未成年とシちゃった……!?と焦りつつ好きになったので突き進む攻めと、嘘をついて付き合ってみたら本気になっちゃってこじれる受けのお話。 初めてワンナイトした相手に即落ちした純情男 × 誰とも深い関係にならない遊び人の大学生

課長、甘やかさないでください!

鬼塚ベジータ
BL
地方支社に異動してきたのは、元日本代表のプロバレー選手・染谷拓海。だが彼は人を寄せつけず、無愛想で攻撃的な態度をとって孤立していた。 そんな染谷を受け入れたのは、穏やかで面倒見のいい課長・真木千歳だった。 15歳差の不器用なふたりが、職場という日常のなかで少しずつ育んでいく、臆病で真っ直ぐな大人の恋の物語。

またのご利用をお待ちしています。

あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。 緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?! ・マッサージ師×客 ・年下敬語攻め ・男前土木作業員受け ・ノリ軽め ※年齢順イメージ 九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮 【登場人物】 ▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻 ・マッサージ店の店長 ・爽やかイケメン ・優しくて低めのセクシーボイス ・良識はある人 ▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受 ・土木作業員 ・敏感体質 ・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ ・性格も見た目も男前 【登場人物(第二弾の人たち)】 ▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻 ・マッサージ店の施術者のひとり。 ・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。 ・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。 ・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。 ▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受 ・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』 ・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。 ・理性が強め。隠れコミュ障。 ・無自覚ドM。乱れるときは乱れる 作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。 徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。 よろしくお願いいたします。

透明色のコントラスト

叶けい
BL
東京から遠く離れた小さな島の、夏祭りの夜。 和食屋を一人で切り盛りしている若き店主・由良響也は、島の小学校で教師をしている年上の幼馴染・手嶋一樹と二人で縁日に遊びに来ていた。 東京から来た大学生達が運営する焼きそばの屋台でバイトしていた青年・矢代賢知は、屋台を訪れた響也に一目惚れしてしまう。 後日、偶然響也の店を訪れた賢知は、その穏やかな微笑みと優しい雰囲気にますます惹かれていくが…。 「いいよ。そんなにしたいなら、する?」 「別に初めてじゃないから、君の好きなようにしなよ」 軽く笑ってそう言った響也の声には、ほんの少し、震えが混じっていた。 幼馴染に恋をした過去。 誰にも見せられなかった本当の気持ち。 拗らせすぎた優しさと、誰かに触れてほしかった夜。 夏の終わり、誰にも言えない苦しい恋が始まる。

処理中です...