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君が他人にモテるなんて、聞いてない〜ヨレ課長、初めてのモヤモヤ嫉妬
できること、あるんか?
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榊が手にしたカップを流しに戻したとき、陽翔はそれ以上、何も言えずにいた。
報告したことで何かが前に進むと信じていたわけではない。
ただ、何も伝えないでいるよりも、正直でいたかった。
信じてもらえる関係でありたかった。
けれど、その想いが言葉になって目の前に届いたとき、榊の表情には、どこか戸惑いがにじんでいた。
水の音が止まり、タオルで手を拭く榊の肩がほんの少しだけ落ちて見えた。
カウンター越しの背中が、静かに向きを変える。
榊が、やっと陽翔の方に向き直った。
視線が交わったわけではない。
陽翔の方も、正面から榊の目を見ることができなかった。
少し間を置いて、榊がぽつりと口を開く。
「……知ったところで、どうしたらええんやろな」
その言葉は、陽翔の胸にじわりと沈んだ。
「俺にできること、あるんか?」
榊の声は低く、落ち着いていた。
怒っているわけでも、責めているわけでもない。
ただ、目の前の現実をどう扱えばいいかわからないまま、そのまま口からこぼれ落ちたような言い方だった。
陽翔は思わず目を見開いた。
瞬間的に言葉が喉に詰まり、返事ができない。
「そんなつもりで話したんじゃ…ないです」
かろうじて出た声は、小さく震えていた。
榊はゆっくりとダイニングのテーブルに近づいてきた。
けれどその足取りも、どこか頼りなかった。
陽翔の隣に立ち止まり、椅子には座らずに、両手をポケットに突っ込んだまま俯く。
「わかってる。……けどな」
言い淀みながら、榊の口から出た言葉は、陽翔の想像とは少し違っていた。
「わかってても、なんや、追いつかん時あるねん」
それは、あまりにも素直な本音だった。
照れも、飾りも、取り繕いもなく、ただ“本当にそう思ってる”ことだけが伝わる言葉。
陽翔は目を伏せ、無意識に手を握った。
榊の言葉が、自分の胸の奥に重たく残る。
「追いつかん」――その一言に含まれた意味を、陽翔は痛いほど理解してしまった。
年齢差、立場の違い、そして自分が今、任されている仕事。
そこに含まれるすべてが、榊にとって“引け目”になる可能性を持っている。
自分のつもりでは、そんなつもりじゃなかった。
だからこそ、真っ直ぐに、隠さず伝えた。
けれど、榊の側から見れば、自分が“遠くに行ってしまっている”ように見えたのかもしれない。
「課長……」
陽翔はそれ以上、言葉を続けることができなかった。
テーブルの上には食べ終わった皿と、冷めかけたコップが並んでいる。
ほんの十分前までは、ふたりで並んで食事をしていた空間だった。
カレーを食べながら、どちらが先にシャワーを浴びるかを軽口で決めていた。
なのに今、同じ空間にいながら、会話の温度が微妙にずれている。
それが陽翔には、どうしようもなく寂しかった。
榊は、ゆっくりと息を吐いた。
顔を上げることはなく、視線はテーブルの一点に固定されたままだった。
「俺な、そんなことでお前がどうにかなるとは思ってへんし、信じてるよ。
でもな、時々ふと、思うねん。
“俺なんかでええんやろか”って。
“俺じゃなくても、よかったんちゃうか”って。……あかんやろ、それ」
声は笑っていた。
けれど、その笑いは痛々しく響いた。
陽翔は立ち上がろうとしたが、身体が動かなかった。
テーブルの下で、拳をぎゅっと握る。
どうすれば、榊に“違う”と伝えられるのか。
どんな言葉を使えば、その不安を打ち消せるのか。
どこまで話せば、信じてくれるのか――いや、信じていないわけじゃないことは、わかっている。
ただ、追いつかないのだ。
榊の気持ちが、陽翔の“先へ進む力”に、ほんの少しだけ遅れそうになっている。
沈黙が部屋を満たす。
テレビは消えたまま、外の街灯の光だけがレースのカーテン越しに差し込んでいる。
それが、ふたりの距離を、より浮き彫りにしていた。
「……ごちそうさまでした」
陽翔が、そう言った。
その声は、榊の返事を求めていなかった。
けれど、ふたりの間にできた小さな穴に、ふわりと落ちていったような気がした。
報告したことで何かが前に進むと信じていたわけではない。
ただ、何も伝えないでいるよりも、正直でいたかった。
信じてもらえる関係でありたかった。
けれど、その想いが言葉になって目の前に届いたとき、榊の表情には、どこか戸惑いがにじんでいた。
水の音が止まり、タオルで手を拭く榊の肩がほんの少しだけ落ちて見えた。
カウンター越しの背中が、静かに向きを変える。
榊が、やっと陽翔の方に向き直った。
視線が交わったわけではない。
陽翔の方も、正面から榊の目を見ることができなかった。
少し間を置いて、榊がぽつりと口を開く。
「……知ったところで、どうしたらええんやろな」
その言葉は、陽翔の胸にじわりと沈んだ。
「俺にできること、あるんか?」
榊の声は低く、落ち着いていた。
怒っているわけでも、責めているわけでもない。
ただ、目の前の現実をどう扱えばいいかわからないまま、そのまま口からこぼれ落ちたような言い方だった。
陽翔は思わず目を見開いた。
瞬間的に言葉が喉に詰まり、返事ができない。
「そんなつもりで話したんじゃ…ないです」
かろうじて出た声は、小さく震えていた。
榊はゆっくりとダイニングのテーブルに近づいてきた。
けれどその足取りも、どこか頼りなかった。
陽翔の隣に立ち止まり、椅子には座らずに、両手をポケットに突っ込んだまま俯く。
「わかってる。……けどな」
言い淀みながら、榊の口から出た言葉は、陽翔の想像とは少し違っていた。
「わかってても、なんや、追いつかん時あるねん」
それは、あまりにも素直な本音だった。
照れも、飾りも、取り繕いもなく、ただ“本当にそう思ってる”ことだけが伝わる言葉。
陽翔は目を伏せ、無意識に手を握った。
榊の言葉が、自分の胸の奥に重たく残る。
「追いつかん」――その一言に含まれた意味を、陽翔は痛いほど理解してしまった。
年齢差、立場の違い、そして自分が今、任されている仕事。
そこに含まれるすべてが、榊にとって“引け目”になる可能性を持っている。
自分のつもりでは、そんなつもりじゃなかった。
だからこそ、真っ直ぐに、隠さず伝えた。
けれど、榊の側から見れば、自分が“遠くに行ってしまっている”ように見えたのかもしれない。
「課長……」
陽翔はそれ以上、言葉を続けることができなかった。
テーブルの上には食べ終わった皿と、冷めかけたコップが並んでいる。
ほんの十分前までは、ふたりで並んで食事をしていた空間だった。
カレーを食べながら、どちらが先にシャワーを浴びるかを軽口で決めていた。
なのに今、同じ空間にいながら、会話の温度が微妙にずれている。
それが陽翔には、どうしようもなく寂しかった。
榊は、ゆっくりと息を吐いた。
顔を上げることはなく、視線はテーブルの一点に固定されたままだった。
「俺な、そんなことでお前がどうにかなるとは思ってへんし、信じてるよ。
でもな、時々ふと、思うねん。
“俺なんかでええんやろか”って。
“俺じゃなくても、よかったんちゃうか”って。……あかんやろ、それ」
声は笑っていた。
けれど、その笑いは痛々しく響いた。
陽翔は立ち上がろうとしたが、身体が動かなかった。
テーブルの下で、拳をぎゅっと握る。
どうすれば、榊に“違う”と伝えられるのか。
どんな言葉を使えば、その不安を打ち消せるのか。
どこまで話せば、信じてくれるのか――いや、信じていないわけじゃないことは、わかっている。
ただ、追いつかないのだ。
榊の気持ちが、陽翔の“先へ進む力”に、ほんの少しだけ遅れそうになっている。
沈黙が部屋を満たす。
テレビは消えたまま、外の街灯の光だけがレースのカーテン越しに差し込んでいる。
それが、ふたりの距離を、より浮き彫りにしていた。
「……ごちそうさまでした」
陽翔が、そう言った。
その声は、榊の返事を求めていなかった。
けれど、ふたりの間にできた小さな穴に、ふわりと落ちていったような気がした。
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