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君が他人にモテるなんて、聞いてない〜ヨレ課長、初めてのモヤモヤ嫉妬
遠くなった気がした
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冷蔵庫から出したピッチャーの水を、陽翔はグラスに注いだ。
コップの底に当たる水の音が、静まり返った空間に小さく響く。
ごく日常の、ありふれた音。けれど今は、その小ささがやけに際立って聞こえた。
グラスに視線を落としたまま、陽翔は榊の方をちらりと見る。
キッチンカウンターの向こう、榊は洗い物もすでに終えているというのに、なぜかスポンジを手に持ったまま、同じ動作を繰り返していた。
絞って、また水を吸わせて、もう一度絞る。
無意識のような手つきだった。
テレビはつけられていなかった。
カウンターの上のリモコンは動かされる気配もない。
夕食後にいつも流しているニュース番組の時間は、もうとっくに過ぎていた。
その静けさが、息苦しかった。
陽翔はグラスを持ったまま、ゆっくりと口元に運び、少しだけ水を含んだ。
冷たさが喉を通る感覚は確かにあったのに、なぜか体温に届いてこない気がした。
グラスを置くとき、わざと音を立てないようにした自分に気づく。
そうして気を使ってしまったことに、胸がじくりと痛んだ。
榊は何も言わない。
黙ってスポンジを絞る手だけが動き続けていた。
ほんの数十分前まで、ふたりで同じテーブルを囲んでいた。
カレーの味について、どちらがにんじんを多く取っていたかという他愛もない話をして、笑い合っていた。
あのときと今とで、部屋の温度は何も変わっていないのに、景色がまるで違って見える。
陽翔は、何かを言おうとした。
けれど言葉が見つからなかった。
「気にしないでください」と言うには、軽すぎる。
「大丈夫ですか」と聞くには、踏み込みすぎる。
「ごめんなさい」と謝るには、自分の気持ちが嘘になる。
沈黙が、ふたりの間にたしかな“壁”を作っていた。
無理やりそれを壊す勇気も、見ないふりをする強さも、今の陽翔にはなかった。
榊の背中は、静かだった。
前に立つと、いつも頼もしく感じたその背中が、今は少しだけ小さく見えた。
手持ち無沙汰に動かす指先に、どこか所在なさがにじんでいる。
榊の中で何が揺れているのか、それを全部は知ることができない。
でも、揺れているのは確かだった。
そして、それを揺らしたのが自分の言葉であることもまた。
伝えなければと思った。
嘘をつかず、ちゃんと伝えて、ふたりの関係に誠実でありたいと願った。
それは今でも間違っていたとは思わない。
けれど、結果として――榊との距離は、確かに開いてしまった。
ほんのわずか。
気づかなければ気づかずに済んだかもしれないくらいの差。
それでも、一度感じてしまったその“差”は、じわじわと胸に広がっていく。
言葉にならない感情が、胸の奥で膨らんでいくのを陽翔は押しとどめながら、そっと目を閉じた。
そして、胸の内でひとつだけ、静かに言葉をつぶやいた。
正直に言って、よかったと思いたい。
でも……なんか、遠くなった気がした。
コップの底に当たる水の音が、静まり返った空間に小さく響く。
ごく日常の、ありふれた音。けれど今は、その小ささがやけに際立って聞こえた。
グラスに視線を落としたまま、陽翔は榊の方をちらりと見る。
キッチンカウンターの向こう、榊は洗い物もすでに終えているというのに、なぜかスポンジを手に持ったまま、同じ動作を繰り返していた。
絞って、また水を吸わせて、もう一度絞る。
無意識のような手つきだった。
テレビはつけられていなかった。
カウンターの上のリモコンは動かされる気配もない。
夕食後にいつも流しているニュース番組の時間は、もうとっくに過ぎていた。
その静けさが、息苦しかった。
陽翔はグラスを持ったまま、ゆっくりと口元に運び、少しだけ水を含んだ。
冷たさが喉を通る感覚は確かにあったのに、なぜか体温に届いてこない気がした。
グラスを置くとき、わざと音を立てないようにした自分に気づく。
そうして気を使ってしまったことに、胸がじくりと痛んだ。
榊は何も言わない。
黙ってスポンジを絞る手だけが動き続けていた。
ほんの数十分前まで、ふたりで同じテーブルを囲んでいた。
カレーの味について、どちらがにんじんを多く取っていたかという他愛もない話をして、笑い合っていた。
あのときと今とで、部屋の温度は何も変わっていないのに、景色がまるで違って見える。
陽翔は、何かを言おうとした。
けれど言葉が見つからなかった。
「気にしないでください」と言うには、軽すぎる。
「大丈夫ですか」と聞くには、踏み込みすぎる。
「ごめんなさい」と謝るには、自分の気持ちが嘘になる。
沈黙が、ふたりの間にたしかな“壁”を作っていた。
無理やりそれを壊す勇気も、見ないふりをする強さも、今の陽翔にはなかった。
榊の背中は、静かだった。
前に立つと、いつも頼もしく感じたその背中が、今は少しだけ小さく見えた。
手持ち無沙汰に動かす指先に、どこか所在なさがにじんでいる。
榊の中で何が揺れているのか、それを全部は知ることができない。
でも、揺れているのは確かだった。
そして、それを揺らしたのが自分の言葉であることもまた。
伝えなければと思った。
嘘をつかず、ちゃんと伝えて、ふたりの関係に誠実でありたいと願った。
それは今でも間違っていたとは思わない。
けれど、結果として――榊との距離は、確かに開いてしまった。
ほんのわずか。
気づかなければ気づかずに済んだかもしれないくらいの差。
それでも、一度感じてしまったその“差”は、じわじわと胸に広がっていく。
言葉にならない感情が、胸の奥で膨らんでいくのを陽翔は押しとどめながら、そっと目を閉じた。
そして、胸の内でひとつだけ、静かに言葉をつぶやいた。
正直に言って、よかったと思いたい。
でも……なんか、遠くなった気がした。
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