オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始

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君が他人にモテるなんて、聞いてない〜ヨレ課長、初めてのモヤモヤ嫉妬

続かない会話と、空気の壁

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午後一時を少し過ぎた頃、社内の休憩スペースには、珍しく陽翔と榊しかいなかった。  
昼休みの時間帯としては遅めのタイミング。周囲は静かで、コピー機の作動音もない。

窓際のテーブルに、向かい合う形でふたりは座っていた。  
陽翔の手元にはコンビニで買ったおにぎりが二つと、カップスープ。  
榊の方はカップ麺に湯を入れたあと、麺が戻るまでスープの袋を眺めていた。

何の打ち合わせも、何の業務連絡も挟まない、完全に“休憩だけの時間”。  
しかし、その無言の空間がやけに重く感じられた。

「今日は、あったかいですね」

陽翔がふと言った。  
口を開いた瞬間、自分でもそれが会話のきっかけというよりは、沈黙を埋めるための言葉だったと気づいた。  
会話として成立していなくてもいい。ただ、このまま黙っているのが、耐えられなかった。

「そやな」

榊の返事は短く、目線はスープのカップに向けたままだった。  
温度感のないその声は、会話を続けようとする意思が見えにくかった。

陽翔は手にしたおにぎりの包装を剥がしながら、もうひとつ言葉を探す。

「午後、打ち合わせって……何件でしたっけ?」

「三つや」

また短い返答。  
それ以上は何も続かない。  
榊はまるで、その先を話題として広げる気がないようだった。

陽翔は、かじりかけたおにぎりを一度置き、スープのふたをゆっくりと剥がす。  
具材が湯気の中で膨らみながら広がっていく様子を見つめていても、気が紛れるわけではなかった。

言葉が、見つからない。  
話す内容がないわけではない。  
話したいことなら、山ほどある。  
けれど、それらすべてが“今ここで言っていいことなのか”を、陽翔の理性が止めていた。

榊もまた、話しかけようとする様子はなかった。  
カップ麺を箸でかき混ぜ、湯気が顔にかかるたびに目を細める。  
普段なら、「こっちに来る前に全部仕切ってくれて助かったわ」とか、「あの案件の段取りよかったな」とか、何かしら仕事絡みの会話が生まれる時間だった。

けれど今日は、何も生まれなかった。  
言葉も、笑いも、気安い視線の交差も。

会話がないことを気にしていないふうを装って、スープをひとくち飲む陽翔。  
そのスープの味は、塩気がやけに強く感じられた。  
たぶん、味が変わったわけじゃない。ただ、口の中の神経がやけに過敏になっているだけだ。

視線を少し上げると、榊がうつむいたまま麺をすすっているのが見えた。  
麺をすする音も控えめで、いつもの「うまいな」という独り言も聞こえてこない。

陽翔は、何か間違ったんだろうかと考えた。  
報告した夜からずっと、榊との会話にどこか不自然な“段差”ができている。  
自分が感じているだけなのか、それとも榊も同じように感じているのかはわからない。

ただひとつ確かなのは、ふたりとも“普通に戻ろう”としている。  
そして、それがうまくいっていない。

沈黙が気まずいものにならないように、お互いが気を使っているのが分かる。  
けれど、その気遣いこそが逆にぎこちなさを増幅させていた。

おにぎりを一口かじる。  
その米粒ひとつひとつの食感が、やけに丁寧に伝わってくる。  
会話がないぶん、音と感触に意識が集中してしまう。

榊の方も、食事のスピードがいつもよりわずかに早かった。  
まるでこの時間を、早く終わらせようとしているかのように見えた。

陽翔は、息をひとつ吸い込んだ。  
次に何を言うべきか、どこまで踏み込んでいいのか、自分の心と相談する。

“話しかけたい”と思う気持ちと、“またすれ違ったらどうしよう”という不安が、喉の奥でせめぎ合っている。  
そして、どちらにも決めきれず、結局また沈黙が落ちる。

休憩スペースの時計の針が、一分進んだ。  
その音だけが、ふたりの間で確かなものとして響いていた。
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