オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始

文字の大きさ
212 / 343
君が他人にモテるなんて、聞いてない〜ヨレ課長、初めてのモヤモヤ嫉妬

僕には大切な人がいます

しおりを挟む
商談が終わり、書類を閉じる音が静かに会議室に響いた。  
短く整ったやりとりだった。要点を押さえ、無駄がなく、それでいて丁寧。  
クライアントと担当者としての時間は、文句のつけようがないほど順調に進行した。

「では、今後のスケジュールについてはまた改めて」

陽翔が立ち上がって一礼すると、朝比奈もにこやかに応じる。  
彼女は椅子を引き、書類を軽くまとめたあと、ふと手を止めた。

「橘さん、少しだけ……時間、大丈夫ですか?」

陽翔は一瞬、足を止めた。  
時計を見れば、次の予定まではまだ余裕がある。  
「はい」と静かに頷くと、朝比奈は小さく微笑んで、会議室の外を指した。

会議フロアの端にあるラウンジスペースは、午後の光が大きな窓から差し込み、空気に柔らかさを加えていた。  
ソファとローテーブルだけが置かれた静かな空間。  
他の社員の姿はなかった。

ふたりは向かい合って腰を下ろす。  
朝比奈は一度深呼吸するように息を吸い、テーブルの縁にそっと指を置いた。

「最後にひとつだけ、わがままを言ってもいいですか?」

その声はいつもと同じ落ち着いたトーンだった。  
けれど、その奥に含まれたものの重さを、陽翔はすぐに感じ取った。

「……どうぞ」

朝比奈はゆっくりと、視線を陽翔に向けた。  
眼差しには曖昧な微笑みが浮かんでいたが、その奥には誤魔化せない色がにじんでいた。

「あなたのことを好きになったのが、間違いだったとは思っていません。  
仕事を通じて出会ったけれど、私は、あなたの在り方そのものに惹かれました」

陽翔は黙って聞いていた。  
視線は逸らさず、ただまっすぐに彼女の言葉を受け止めていた。

「けれど、もし私が、仕事じゃなかったら……そう考えてしまうことが、どうしても止められなかったの」

小さく、苦笑が混ざる。

「それでも、あなたにはもう誰かがいるのかもしれないって、うすうすわかってた。  
でも、もしかしたら……って、期待してしまったのよね」

一瞬だけ、空気が沈黙をはらんだ。

陽翔は、ゆっくりと膝の上で指を組み、言葉を選びながら口を開いた。

「朝比奈さん。  
僕にとってあなたは、本当に尊敬できるビジネスパートナーです。  
この仕事でご一緒できて、学ぶことも多くて、感謝もしています」

「……けれど」

彼は一度、深く息を吸ってから続けた。

「自分の気持ちに嘘はつきたくないので、ちゃんと伝えさせてください。  
僕には大切な人がいます。パートナーです。  
その人と、毎日を共に生きていこうと決めています」

朝比奈の表情から、わずかに力が抜けた。  
だが、崩れることはなかった。  
彼女は長い睫毛の下でまぶたを落とし、目を閉じたまま、しばらく動かなかった。

「そう……そうよね」  
静かな声だった。けれど、そこに怒りも悲しみもなかった。

「あなたがそう言ってくれると思ってた。  
やっぱり、そういうところが好きだったのよ。  
選ばれることを待つんじゃなくて、自分の意思で選び取るところ」

彼女は目を開き、軽く頷いた。

「きっぱり断ってくれて、ありがとう。  
ごまかされたら、きっと私はずっと前に進めなかった」

陽翔は、小さく頭を下げた。

「こちらこそ、ちゃんと伝えてくださってありがとうございます。  
……言いにくいことだったと思います」

朝比奈は微笑んだ。今度は、少しだけ切なさの混じった笑みだった。

「選ばれるより、選びたい。  
誰と生きていきたいか、自分で決めたかった……  
その気持ち、よくわかるの」

窓の外では、ビル風に揺れる街路樹の葉が、午後の陽にきらめいていた。

ふたりの間に言葉がなくなったあとも、そこにはもう気まずさも緊張もなかった。  
ただ、誠実な会話の終わりが、静かに着地したという空気だけが残っていた。

立ち上がるとき、朝比奈は軽く頭を下げた。  
「じゃあ、次回の打ち合わせで」

「はい。よろしくお願いします」

ビジネスの言葉に戻ったやりとりが、妙に心地よく感じられた。

廊下を歩きながら、陽翔は自分の胸の奥に、冷たくもあたたかくもない静かな感情が横たわっているのを感じていた。

迷いがないということは、思っている以上に強く人を試す。  
だが今は、それに耐えられる自分でいたいと思えた。

そして、ひとつの事実を心の中で確かめる。

自分は誰かに選ばれたいのではない。  
誰を選ぶかを、自分の意志で決めたかった。  
選んだ相手は、榊圭吾という一人の男だった。  

どんなに不器用でも、どれだけ心が揺れても。  
その選択だけは、迷ったことがない。
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

ワンナイトした男がハイスペ弁護士だったので付き合ってみることにした

おもちDX
BL
弁護士なのに未成年とシちゃった……!?と焦りつつ好きになったので突き進む攻めと、嘘をついて付き合ってみたら本気になっちゃってこじれる受けのお話。 初めてワンナイトした相手に即落ちした純情男 × 誰とも深い関係にならない遊び人の大学生

課長、甘やかさないでください!

鬼塚ベジータ
BL
地方支社に異動してきたのは、元日本代表のプロバレー選手・染谷拓海。だが彼は人を寄せつけず、無愛想で攻撃的な態度をとって孤立していた。 そんな染谷を受け入れたのは、穏やかで面倒見のいい課長・真木千歳だった。 15歳差の不器用なふたりが、職場という日常のなかで少しずつ育んでいく、臆病で真っ直ぐな大人の恋の物語。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

またのご利用をお待ちしています。

あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。 緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?! ・マッサージ師×客 ・年下敬語攻め ・男前土木作業員受け ・ノリ軽め ※年齢順イメージ 九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮 【登場人物】 ▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻 ・マッサージ店の店長 ・爽やかイケメン ・優しくて低めのセクシーボイス ・良識はある人 ▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受 ・土木作業員 ・敏感体質 ・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ ・性格も見た目も男前 【登場人物(第二弾の人たち)】 ▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻 ・マッサージ店の施術者のひとり。 ・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。 ・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。 ・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。 ▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受 ・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』 ・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。 ・理性が強め。隠れコミュ障。 ・無自覚ドM。乱れるときは乱れる 作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。 徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。 よろしくお願いいたします。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

処理中です...