オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始

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14歳差のラブレター.txt

言葉は、心に届いてしまうからこそ怖い。けど、それを“渡し合う”って、きっと愛なんやな

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パソコンの画面には、ひとつのファイルが開かれていた。  
無地の背景に、ただテキストが並んでいるだけ。飾り気もない。  
けれど、そこに並ぶ言葉は、どれも自分の胸に静かに、深く降り積もっていった。

“課長が怖かった気持ち、ちゃんと受け取りました”

最初の一文を読んだだけで、榊の手は止まった。  
思っていた以上に、胸が痛んだ。  
知られてしまった、という恥ずかしさと、  
届いてしまった、という嬉しさが、同時に押し寄せた。

ページをスクロールするごとに、陽翔の声が聞こえる気がした。  
あのまっすぐな声で、ぶつけるでもなく、すがるでもなく、  
ただ“届けたい”と願って書かれたものだということが、痛いほど伝わってきた。

一行ずつ読むたびに、自分の中の何かがゆるんでいった。

“ちゃんと、何度でも好きって言います”

その言葉に、思わず息が詰まりかけた。

自分は何度、逃げようとしただろう。  
口を閉ざし、背を向け、気づかないふりをして、  
不安も愛情も全部、自分の中だけで折りたたんでしまおうとしていた。

言葉を飲み込むことが、大人の余裕だと思っていた。  
言わないで済ませることが、相手への配慮だと。  
でもそれは、ただ自分が怖かっただけだった。

“それでも、一緒にいてください”

その一文を見たとき、榊は肩の力が抜けるような感覚に包まれた。  
ああ、こんなにもまっすぐに、頼ってくれていたんやな。  
ちゃんと伝えようとしてくれていたんやな。

渡されたものは、確かに言葉だった。  
けれど、それ以上に「信頼」だった。  
“信じていい”という確信を、文字のひとつひとつで手渡されたような気がした。

榊は、手を止めたまま、しばらくモニターを見つめていた。  
目頭が熱くなるほどではない。  
でも、胸の奥のあたりが、じわじわとあたたかくなる。

これは、ラブレターだった。  
誰かに宛てた、大げさな愛の告白じゃない。  
自分に向けて、自分のことだけを思って書かれた、  
本当の“返事”だった。

榊は、マウスにそっと手を添え、ファイルを閉じた。  
画面がデスクトップに戻る。  
「_from_me_14歳差の返信.txt」という名前が、右下にぽつんと置かれている。

その名前を見ただけで、また胸の奥がずんとした。

言葉は、心に届いてしまうからこそ怖い。  
届いたら、戻れなくなる。  
知ってしまったら、何も知らなかった頃には戻れない。

でも――

それを“渡し合う”ということが、  
きっと、愛なんやな。

黙って見守るだけじゃ、きっと足りない。  
ただ隣にいるだけじゃ、伝わらないことがある。

だから、怖くても、言葉にしなあかんのや。  
言えなくても、書けばええ。  
書けなければ、抱きしめればええ。  
それでも無理やったら、せめて、そばにいてやればええ。

榊はゆっくりと背もたれに身を預け、深くひとつ、息を吐いた。  
その吐息の先には、もうひとりの気配がある。

「読んだんやな」

ふと振り返ると、キッチンの入り口に陽翔が立っていた。  
何も言わず、ただ目を細めて笑った。

榊も同じように、微笑んだ。  
言葉にしなくても、もう全部伝わっている。  
けれど今度は、ちゃんと自分からも渡したいと思えた。

だから言う。

「ありがとな」

それだけの言葉に、これまで言えなかった全部を込めて。

陽翔は何も言わず、頷いた。  
その頷きが、もうひとつの返事になる。

静かな夜だった。  
でも、胸の奥ではずっと音がしていた。  
ことん、ことんと、やさしく何かが満ちていく音。

これがたぶん、  
「わかり合う」ってことなんやろな、と榊は思った。

【続】
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