オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始

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奏太さん、もっと近くにいてもいいですか~不器用で優しい君の、はじめての夜

このまま、もう少し一緒にいたい

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カフェを出る頃には、空はすっかり夕暮れ色に染まっていた。街灯がぽつりぽつりと灯りはじめ、街並みに柔らかな光と影が差す。

佐倉と瀬戸は、駅とは反対方向にある並木道をゆっくり歩いていた。喧騒から少し離れたその道は、平日ならビジネスマンが足早に通り過ぎていくような場所だが、今はまるで別世界のように静かだった。

並んで歩くふたりの間には、特に会話はなかった。それでも、気まずさも沈黙の重さもない。ただ心地よく時間が流れていた。

瀬戸が、ふと手を伸ばした。何の前触れもなく、自然な動きで、佐倉の手を取る。

佐倉は少し驚いたように視線を落とすが、手を引くことはなかった。むしろ、手のひらの温もりに、じんわりと安心感が広がっていくのを感じていた。

「…こういうの、まだちょっと慣れへんわ」

「僕は、ずっとやりたかったですけど」

瀬戸はいつも通り、まっすぐな言葉を口にする。その言葉に、佐倉はつい苦笑いをこぼす。

「お前、ほんま正直すぎんねん」

「奏太さんにだけです」

その言い方が、どこか照れくさくて、けれど嬉しかった。

手をつないだまま、ふたりは並木道をゆっくり歩く。風が吹くたび、木々の間を揺れる葉の音が静かに響いた。

「…なあ」

佐倉がぽつりとつぶやいた。

「ん?」

「好きって言うの、ちょっと照れるな」

言ってから、自分でも少しだけ恥ずかしくなる。いつもなら、そんなことを言葉にするような性格ではなかった。

けれど、今日はなぜか口をついて出てしまった。

瀬戸は手を握る力をわずかに強めた。

「俺は、もっと言いたいですけど」

その答えに、佐倉は顔を上げた。隣にいる瀬戸の顔は、柔らかな街灯に照らされていた。無表情の中に、ほんの少し笑みが混ざっている。

「あんまり言いすぎると、俺、調子乗るで」

「それでも言いたいです」

まっすぐな声だった。冗談っぽくも、軽くもなく、ただ率直な感情が込められていた。

佐倉は歩みをゆっくりと止めた。

少し先の信号が、赤く瞬いている。周囲には人影も少なく、ふたりだけがそこにいるような、そんな錯覚すら覚える。

手をつないだまま立ち止まり、佐倉は空を見上げた。

夜の気配が濃くなりはじめている。空にはまだ残光が残り、それがふたりの影を長く引いていた。

「…じゃあ」

佐倉がゆっくりと口を開いた。

「うち、来るか」

瀬戸は、一瞬だけ瞬きをした。けれどすぐに、しっかりと頷いた。

「行きます」

短く、確かな返事だった。その声の奥にある静かな熱に、佐倉は心が揺れるのを感じた。

「奏太さんと、夜も一緒にいたいです」

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられるような感覚があった。

嬉しくて、照れくさくて、少しだけ怖くて。

それでも、こんなにもまっすぐに気持ちを伝えてくれる相手の存在が、心強かった。

「…そっか」

佐倉はそれだけ答えて、再び歩き出した。瀬戸も同じ歩幅で横に並ぶ。

手はずっと、離れたままだった。

家に向かう道の途中、ふたりの影が重なり合いながら、静かに伸びていった。

夜風が少し冷たくて、だけど手のひらはあたたかかった。今だけでいい、この時間が続いてくれればいい。そんなふうに思った。

恋人として過ごす、最初の夜が始まろうとしていた。けれどその前に、この“帰り道”という名の時間が、ふたりにとってなにより大切なものになる。

言葉にしなくても、伝わるものがある。けれど、言葉にしたときだけ響く想いもある。

佐倉は、隣を歩く瀬戸の横顔をちらりと見て、小さく笑った。

「…お前、ほんま変わらんな」

「どういう意味ですか」

「なんでもないわ」

心の中で、そっと呟いた。

(好きって、やっぱり言うた方がええな)

誰にも聞こえない声で。自分にだけ届くように。
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