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奏太さん、もっと近くにいてもいいですか~不器用で優しい君の、はじめての夜
近くなったのは、距離だけじゃない
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夕食を終えると、ふたりは片づけを手早く済ませ、リビングへ移った。食器を拭き終えた瀬戸が「テレビ、つけていいですか」と尋ね、佐倉がうなずいたのを合図に、ゆるやかな時間が再び流れ出す。
テレビの前にあるソファは、ふたりが並んで座るには少しだけ狭い。けれど、その狭さが今夜ばかりは心地よく思えた。間にクッションが一つ置かれた状態で、それぞれが腰を落ち着ける。
画面には、海外のロードムービーが静かに映し出されていた。選んだのは瀬戸だった。何気なく手に取ったリモコンでメニューを開いたとき、「これ、前から観たかったやつです」と呟いた声が、やけにしっかりと記憶に残っている。
映画が始まってから、しばらくは淡々とした時間が続いた。役者の台詞、車の走行音、背景の風景。どれもが心地よく、けれどふたりの意識は、少しずつ違う方向へと引き寄せられていく。
最初は確かに、クッションがひとつ、ふたりの間に置かれていた。
佐倉はそれに腕を乗せるようにして、自然と距離を取っていた。瀬戸もまた、最初のうちはきちんと空間を保っていた。けれど、映画の進行とともに、いつのまにかそのクッションは足元へずらされ、ふたりの肩と肩がかすかに触れ合うような距離になっていた。
意識的に動いたわけではない。ただ、自然とそうなっていた。
ソファのクッションが少し沈み、重力と体温が互いに引き寄せるように、すこしずつ、ほんの少しずつ距離が縮んでいく。
佐倉は目線を画面に向けながらも、隣から伝わってくる瀬戸の存在を全身で感じていた。
肩の接触はまだ微かだった。けれど、そのわずかな圧が、やけに生々しく、体に残る。手の甲が触れるか触れないかのところにあるのも、意識せずにはいられなかった。
「…近くない?」
佐倉がぽつりと呟いたのは、沈黙がふたりを包み込んでから、だいぶ経った頃だった。
瀬戸は驚いたように顔を向けたが、すぐにゆるやかに答える。
「いやですか?」
その声は、小さくて、けれど真っ直ぐだった。
佐倉は、ふと視線を逸らした。画面には主人公が夕焼けの中で車を走らせるシーンが映っていたが、その映像はどこか遠くに感じられた。
「…いやとは言うてへん」
照れ隠しのように、ぽつんと返した言葉。けれど、その声がかすかに震えていたのは、瀬戸にもきっと伝わっていただろう。
瀬戸がそっと、肩の位置を調整するように体を少し寄せた。佐倉の肩に、ぴたりと重なる。
その距離の変化に、佐倉の心臓がどくんと大きく脈打つ。肌に直接触れているわけではないのに、繋がっているような錯覚すら覚える。
テレビの光がちらちらと瞬き、ふたりの顔に断片的な影を落とす。瀬戸の横顔がその光に照らされるたびに、無表情なその輪郭に、微かな緊張が浮かんでいるのが見えた。
佐倉は思わず、息を詰めた。
(こんなにも、隣にいるってことが…)
意識しすぎて、うまく息ができない。
テレビの音が、遠くなっていく。映画の展開は確かに続いているのに、佐倉の中ではそれがもう、単なるBGMになっていた。
手を、どうしようかと思った。
置いたままにするか、動かすか。それとも、思い切って指先を伸ばして、繋いでしまうか。
そんなことを考えている自分にさえ、驚く。
それだけ、この時間が特別なのだと、嫌でも思い知らされる。
「…映画、面白いですね」
瀬戸がぽつりと口を開いた。佐倉は頷くだけで返した。
「せやな…なんか、旅した気分なるわ」
「奏太さんとなら、どこでも楽しめる気がします」
唐突なその一言に、佐倉の頬がまた熱を帯びた。
「…お前な、ほんまに」
「本音なんで」
静かに、まっすぐに言う瀬戸の声に、佐倉はまた目を逸らした。
(あかんって…まっすぐすぎんねん、ほんま)
それでも、今夜ばかりは、そのまっすぐさに抗う気力はなかった。
テレビ画面の光のなかで、ふたりの影がゆっくりと重なっていく。身体の距離と一緒に、心の輪郭も、少しずつ滲んでいくようだった。
近くなったのは、距離だけじゃない。
そう思った瞬間、佐倉はそっと指先を動かし、瀬戸の手に触れた。
瀬戸は驚いたように、けれどすぐにその手を、優しく握り返した。何も言わなかった。ただ、温もりだけが静かに伝わってくる。
映画のクライマックスを迎える画面の向こうで、ふたりだけの時間が、確かに重なり合っていた。
テレビの前にあるソファは、ふたりが並んで座るには少しだけ狭い。けれど、その狭さが今夜ばかりは心地よく思えた。間にクッションが一つ置かれた状態で、それぞれが腰を落ち着ける。
画面には、海外のロードムービーが静かに映し出されていた。選んだのは瀬戸だった。何気なく手に取ったリモコンでメニューを開いたとき、「これ、前から観たかったやつです」と呟いた声が、やけにしっかりと記憶に残っている。
映画が始まってから、しばらくは淡々とした時間が続いた。役者の台詞、車の走行音、背景の風景。どれもが心地よく、けれどふたりの意識は、少しずつ違う方向へと引き寄せられていく。
最初は確かに、クッションがひとつ、ふたりの間に置かれていた。
佐倉はそれに腕を乗せるようにして、自然と距離を取っていた。瀬戸もまた、最初のうちはきちんと空間を保っていた。けれど、映画の進行とともに、いつのまにかそのクッションは足元へずらされ、ふたりの肩と肩がかすかに触れ合うような距離になっていた。
意識的に動いたわけではない。ただ、自然とそうなっていた。
ソファのクッションが少し沈み、重力と体温が互いに引き寄せるように、すこしずつ、ほんの少しずつ距離が縮んでいく。
佐倉は目線を画面に向けながらも、隣から伝わってくる瀬戸の存在を全身で感じていた。
肩の接触はまだ微かだった。けれど、そのわずかな圧が、やけに生々しく、体に残る。手の甲が触れるか触れないかのところにあるのも、意識せずにはいられなかった。
「…近くない?」
佐倉がぽつりと呟いたのは、沈黙がふたりを包み込んでから、だいぶ経った頃だった。
瀬戸は驚いたように顔を向けたが、すぐにゆるやかに答える。
「いやですか?」
その声は、小さくて、けれど真っ直ぐだった。
佐倉は、ふと視線を逸らした。画面には主人公が夕焼けの中で車を走らせるシーンが映っていたが、その映像はどこか遠くに感じられた。
「…いやとは言うてへん」
照れ隠しのように、ぽつんと返した言葉。けれど、その声がかすかに震えていたのは、瀬戸にもきっと伝わっていただろう。
瀬戸がそっと、肩の位置を調整するように体を少し寄せた。佐倉の肩に、ぴたりと重なる。
その距離の変化に、佐倉の心臓がどくんと大きく脈打つ。肌に直接触れているわけではないのに、繋がっているような錯覚すら覚える。
テレビの光がちらちらと瞬き、ふたりの顔に断片的な影を落とす。瀬戸の横顔がその光に照らされるたびに、無表情なその輪郭に、微かな緊張が浮かんでいるのが見えた。
佐倉は思わず、息を詰めた。
(こんなにも、隣にいるってことが…)
意識しすぎて、うまく息ができない。
テレビの音が、遠くなっていく。映画の展開は確かに続いているのに、佐倉の中ではそれがもう、単なるBGMになっていた。
手を、どうしようかと思った。
置いたままにするか、動かすか。それとも、思い切って指先を伸ばして、繋いでしまうか。
そんなことを考えている自分にさえ、驚く。
それだけ、この時間が特別なのだと、嫌でも思い知らされる。
「…映画、面白いですね」
瀬戸がぽつりと口を開いた。佐倉は頷くだけで返した。
「せやな…なんか、旅した気分なるわ」
「奏太さんとなら、どこでも楽しめる気がします」
唐突なその一言に、佐倉の頬がまた熱を帯びた。
「…お前な、ほんまに」
「本音なんで」
静かに、まっすぐに言う瀬戸の声に、佐倉はまた目を逸らした。
(あかんって…まっすぐすぎんねん、ほんま)
それでも、今夜ばかりは、そのまっすぐさに抗う気力はなかった。
テレビ画面の光のなかで、ふたりの影がゆっくりと重なっていく。身体の距離と一緒に、心の輪郭も、少しずつ滲んでいくようだった。
近くなったのは、距離だけじゃない。
そう思った瞬間、佐倉はそっと指先を動かし、瀬戸の手に触れた。
瀬戸は驚いたように、けれどすぐにその手を、優しく握り返した。何も言わなかった。ただ、温もりだけが静かに伝わってくる。
映画のクライマックスを迎える画面の向こうで、ふたりだけの時間が、確かに重なり合っていた。
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