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実家に帰らせていただきます(なお、恋人付き)
“そばにいる”ということ
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雅彦がビールの缶をそっとテーブルに置いた。
微かに乾いた音がして、それがまた、部屋の静けさを際立たせた。
テレビでは誰かが笑っていたが、その音すら遠くに感じられる。
こたつのなか、ふたりの間には言葉の余白が心地よく漂っていた。
「……でも、今はお前が隣におる」
雅彦がぽつりと呟いたその言葉に、陽翔は小さく目を瞬かせた。
榊の寝息は変わらず静かで、隣にいることが自然なことのように思える。
けれど、それは決して“当たり前”じゃない。
この場所にいるまでに、越えてきた距離がある。
陽翔はこたつ布団の上で、そっと手を組んだ。
爪の先が布に沈みこみそうなほど、ぎゅっと指を絡める。
ひとつ息を飲み込んでから、問いを口にした。
「……ぼくで、よかったですかね」
声は掠れていたが、確かだった。
雅彦は驚いた様子もなく、すぐには答えなかった。
視線はテレビのほうに向いたまま、少し考えるように口を閉じていた。
やがて、言葉が返ってくる。
「よかったかどうかなんて、答えは圭吾しか知らんやろ」
淡々とした言い回しだったが、そのなかには確かなあたたかさが含まれていた。
「でもな、お前が隣におる圭吾は、ちゃんと“笑っとる”んや」
陽翔は黙って頷いた。
それだけで、胸の奥がじんわりと満たされていく。
「うちではな、圭吾が誰かを“家に連れてくる”なんて、初めてのことや。
それも“友達”でも“同僚”でもない、“大事な人”として連れてきたんやからな」
少し鼻で笑うような調子で言いながらも、雅彦の声はどこか誇らしげだった。
それが、“弟の幸せ”を願ってきた家族の本音なのだと、陽翔は理解した。
「圭吾ってな、昔から自分で自分をしんどくしてまうとこあったんや。
けど、いまは違う。お前とおるときの顔は、昔とはぜんぜん違うんやで」
陽翔は榊の寝顔に視線を移した。
眉間にシワもなく、唇にはわずかに力が残っている。
深くはない眠りのなかで、それでも確かに“安心”している顔だった。
こんなふうに誰かと過ごせる榊を、初めて見た気がする。
一緒に暮らしてきた一年のなかで、少しずつ表情がほどけていったのは分かっていた。
けれど“家族の中の圭吾”が、こんなふうに自然でいられる姿は、陽翔にとっても初めてだった。
「奇跡、大事にします」
陽翔は、ほとんど聞き取れないほどの声でそう言った。
けれど、その一言には決意があった。
目の前にあるこの関係が、奇跡だと知っているからこそ、手放したくない。
もっと深く知りたい。もっと近くにいたい。
そう思える人がいることを、大切にしたいと心から思った。
雅彦は缶を手にしながら、少し笑ったようだった。
それ以上は何も言わなかったが、その笑みがすべてを肯定してくれているように思えた。
こたつの中で、ふたつの手がそっと近づく。
まだ触れ合わないまま、けれどその距離はとてもやさしくて、あたたかかった。
眠る榊の横顔を見つめながら、陽翔は静かに息をついた。
もうすぐ、年が明ける。
ひとつの年が終わって、またひとつ、ふたりの時間が積み重なっていく。
その時間を、奇跡のように抱えていたいと、心から願った。
微かに乾いた音がして、それがまた、部屋の静けさを際立たせた。
テレビでは誰かが笑っていたが、その音すら遠くに感じられる。
こたつのなか、ふたりの間には言葉の余白が心地よく漂っていた。
「……でも、今はお前が隣におる」
雅彦がぽつりと呟いたその言葉に、陽翔は小さく目を瞬かせた。
榊の寝息は変わらず静かで、隣にいることが自然なことのように思える。
けれど、それは決して“当たり前”じゃない。
この場所にいるまでに、越えてきた距離がある。
陽翔はこたつ布団の上で、そっと手を組んだ。
爪の先が布に沈みこみそうなほど、ぎゅっと指を絡める。
ひとつ息を飲み込んでから、問いを口にした。
「……ぼくで、よかったですかね」
声は掠れていたが、確かだった。
雅彦は驚いた様子もなく、すぐには答えなかった。
視線はテレビのほうに向いたまま、少し考えるように口を閉じていた。
やがて、言葉が返ってくる。
「よかったかどうかなんて、答えは圭吾しか知らんやろ」
淡々とした言い回しだったが、そのなかには確かなあたたかさが含まれていた。
「でもな、お前が隣におる圭吾は、ちゃんと“笑っとる”んや」
陽翔は黙って頷いた。
それだけで、胸の奥がじんわりと満たされていく。
「うちではな、圭吾が誰かを“家に連れてくる”なんて、初めてのことや。
それも“友達”でも“同僚”でもない、“大事な人”として連れてきたんやからな」
少し鼻で笑うような調子で言いながらも、雅彦の声はどこか誇らしげだった。
それが、“弟の幸せ”を願ってきた家族の本音なのだと、陽翔は理解した。
「圭吾ってな、昔から自分で自分をしんどくしてまうとこあったんや。
けど、いまは違う。お前とおるときの顔は、昔とはぜんぜん違うんやで」
陽翔は榊の寝顔に視線を移した。
眉間にシワもなく、唇にはわずかに力が残っている。
深くはない眠りのなかで、それでも確かに“安心”している顔だった。
こんなふうに誰かと過ごせる榊を、初めて見た気がする。
一緒に暮らしてきた一年のなかで、少しずつ表情がほどけていったのは分かっていた。
けれど“家族の中の圭吾”が、こんなふうに自然でいられる姿は、陽翔にとっても初めてだった。
「奇跡、大事にします」
陽翔は、ほとんど聞き取れないほどの声でそう言った。
けれど、その一言には決意があった。
目の前にあるこの関係が、奇跡だと知っているからこそ、手放したくない。
もっと深く知りたい。もっと近くにいたい。
そう思える人がいることを、大切にしたいと心から思った。
雅彦は缶を手にしながら、少し笑ったようだった。
それ以上は何も言わなかったが、その笑みがすべてを肯定してくれているように思えた。
こたつの中で、ふたつの手がそっと近づく。
まだ触れ合わないまま、けれどその距離はとてもやさしくて、あたたかかった。
眠る榊の横顔を見つめながら、陽翔は静かに息をついた。
もうすぐ、年が明ける。
ひとつの年が終わって、またひとつ、ふたりの時間が積み重なっていく。
その時間を、奇跡のように抱えていたいと、心から願った。
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