オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始

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実家に帰らせていただきます(なお、恋人付き)

ぽつり落ちた疑問

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榊の寝息は、こたつの中で微かに響いていた。  
浅く、一定のリズムで繰り返されるその音が、部屋の空気をさらに柔らかくしている。  
隣にいる人が、こんなにも静かに、無防備に眠っているということ。  
それは、不思議な安心感と、ほんの少しの切なさを呼び起こした。

陽翔は、こたつに両手を沈めたまま、視線をそっと榊の顔へ移す。  
長い睫毛が静かに伏せられ、口元は力なく緩んでいる。  
普段なら見せない、隙だらけの寝顔。

こうして隣にいながらも、陽翔の胸にはふとした疑問が湧きあがっていた。  
ずっと、言葉にはしてこなかった問い。  
けれど今、こうして家族と過ごすなかで、自然と浮かび上がってきた想い。

ぽつりと、声にした。

「……こんなに魅力的なのに、なぜ今まで独身だったんでしょうね」

言った瞬間、空気がわずかに動いた。  
その一言は、誰に向けたわけでもなく、けれど明確に“問い”として残った。

テレビの音が遠くで鳴るなか、雅彦は返事をしなかった。  
缶ビールをテーブルに置き、無言で少しだけ考えるような素振りを見せた。  
そして数秒後、言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開いた。

「……圭吾はな、自分を幸せにする方法を知らんかったんやと思う」

その言葉は、まるで答え合わせのように陽翔の胸に落ちてきた。

「昔からや。誰かに頼まれたら断れへんし、“期待される側”の振る舞いが染みついとる。  
そうすることが、“ええ人”でおれる道やって思ってたんやろな」

雅彦の声は低く、どこか遠くを見ているような響きだった。

「誰かを優先して、空気を読んで、期待されるまま動く。  
でも、そのぶんだけ自分のことは、ずっと後回しや。  
気づいたら、“自分のしたいこと”が分からんようになってたんやろな」

陽翔は、こたつの中で静かに指を組んだ。  
何も言えなかった。けれど、胸の奥では確かに“知っていた”気がした。

「“好かれる”ことに慣れてもうてな。  
けど、モテるってのと、恋愛できるってのは別の話や。  
圭吾は、恋愛に対する期待を向けられすぎて、それがだんだん重たくなってしもた。  
最終的には、“どうせまた誤解される”って、引いてまうようになってたんや」

その言葉の一つひとつが、陽翔の胸をじんわりと刺していく。  
だからこそ、榊は最初、あれほど距離を取っていたのかもしれない。  
自分から好きになってしまったら、その先にあるものが怖かったのだ。

「自分から“好きになって選ぶ”ってことができんかったんやな。  
誰かに気持ちを向ける前に、その先のめんどくささとか、誤解とか、しんどさが先に浮かんでしまう。  
そうやって、距離を置くことが習慣になっていったんやと思う」

雅彦の語り口は、淡々としていた。  
けれどその中には、弟のこれまでを見てきた家族としてのあたたかさがにじんでいた。

陽翔は、言葉を返せずにいた。  
ただ、榊の寝顔を見つめ続けた。  
その眉の形、まつ毛の揺れ、呼吸の間隔。  
どれもが“いま隣にいてくれている”という証のようだった。

“俺でよかったんですか”

その言葉が、心の奥で反響した。  
でも同時に、“よかったかどうか”より、“ここにいるかどうか”が大切なのだと気づいていた。

今、圭吾さんの隣にいる。  
それが事実で、それが選ばれた証だ。  

陽翔は、榊の手元に視線を落とした。  
布団の下に隠れたその手に、自分の手をそっと添えたくなった。  
けれど、いまはまだ、触れなかった。

ただ、そばにいる。  
それだけで十分だった。

雅彦は、新しい缶ビールを開けながらぽつりと呟いた。

「圭吾、ええ顔して寝とるな」

その言葉に、陽翔はわずかに笑った。  
目は笑っていなかったかもしれないけれど、胸の中は確かに、少しだけ温かくなっていた。
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