会議で死んだら異世界で神扱いされました〜魔法ゼロでも資料で世界は回ります〜

中岡 始

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第7章 発見されし“書”と誤解のはじまり

作者、否定に追われる

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ギルド本部の前に、なぜか人が集まっていた。  
朝の日差しが石畳を照らし、やや暖かみを帯びた風が吹いている。  
だが、その穏やかな光景の中心にいる田所の心中は、まるで違う温度だった。

「ちょっと待ってください、これはどういう状況ですか」

田所の声は静かだったが、語尾に微かな動揺が混じっていた。  
彼の前には、見慣れぬ衣服の者たちが集まっていた。  
数人は羽ペンと羊皮紙を持ち、もう数人は魔導録音具らしき小型装置を掲げている。  
王都から来たという取材官吏と報道職員――異世界なりの“メディア”のような存在だ。

「お噂はかねがね。ぜひ本日、お話を伺いたく」  
「“グチの書”の思想的背景について、一問だけでも」

そう言って、一人の女官が紙を差し出す。  
その手元には、しっかりと綴じられた冊子があり、表紙には見覚えのあるタイトル。

《グチの書 I》  
発行:セントラーデ魔導写本印刷所

田所は、片手で額を押さえた。

「……本当に出回ってるんですね、これ。  
しかも“思想的背景”って、何なんですかその前提」

だが、彼の言葉など誰も聞いちゃいなかった。

「この、“誰かがやってくれるだろう、は永遠にやってこない”という一文、  
これは“自己責任社会”への批判と捉えてよろしいでしょうか?」

「“俺たちはエクセルで考える”という表現は、  
定型化された論理思考の普及を意味していると解釈されます。  
これはつまり、“思考構造の民主化”を意図されていたのでは?」

「“SUM関数は祈り”という一節がございますが、これは新しい宗教的視座ですか?」

田所は何度かまばたきをした。

「いや、それ全部、“会議中に腹立って打ち込んだやつ”なんですけど。  
思考構造も民主化も意図してないです。  
怒りと疲れを、ただ、キーボードにぶつけただけでして……」

それでも、誰も手を止めなかった。

「……そうした“無意識的表現”がかえって読者の心を打った、という意見もあります」

「原初の言葉には、時に意図を超えた真理が宿るとされます。  
この書がそれに該当する、という説も――」

「違うってば。ほんとに、違うんですよ。  
昨日の夜、マジで保存しようとして間違えてCtrl + P(プリントアウトのショートカットキー)押して、ヤギが起きちゃって、  
で、勝手に印刷されて、そしたら誰かが持ってったみたいで……」

田所は必死に弁明を続けたが、前列の一人がふと立ち上がり、冊子を胸に抱えながら感慨深げに言った。

「これが……知の遺産か」

「いや、だから知の遺産じゃなくて……俺の“つぶやきメモ”ですってば」

もう一人が畳みかける。

「“無理です”“知りません”“なんとかなりません”――  
これらが“拒否の形式美”として確立されていると感じます。  
この拒絶の潔さこそ、現代労働者の魂を象徴しているのでは?」

「違うんですよ、ほんとに。  
むしろ“もう誰か助けて”って気持ちで書いてたんですよ、これ!」

後ろからは、ギルドの若手職員が慌てて駆け寄ってきて囁いた。

「田所さん……あの、“グチの書II”の編集会議が今日、開かれるそうです。  
王都の印刷ギルドから、“続編希望者多数”だとかで……」

「続編!? 書いてないですよ!? “マジで無理.txt”は、もう愚痴残ってないですよ!?」

周囲はすでに、彼の言葉など“文脈”の一部としか見なしていなかった。  
あくまで、次の言葉を導き出すための“引用句”のような扱いで、空気が動いている。

誰かがメモを取りながら呟いた。

「“会議中に腹立って打ち込んだやつ”……  
これはまた、なんとも生々しいフレーズですね。  
第四章のタイトル候補にしておきましょうか?」

「いやそれを正式タイトルにしないでくださいお願いだから……!」

だが、返事の代わりに、印刷業者らしき人物が小さく頷いた。

「句読点の位置も、原本のままに。  
“リアリティが大事”ですので」

田所はとうとう膝に手をついて、頭を抱えた。

「間違ってCtrl + Pしただけですからね!?  
再印刷の意図とか、拡散の希望とか、一切なかったからね!?」

朝の陽差しはなお穏やかで、鳥の声も響いていた。  
だが、その中心にいる一人の男の心は、異様なほどに騒がしく、報われず、そしてほんの少し、もう諦め始めていた。

それが“思想家田所”誕生の瞬間だった。  
彼自身がもっとも望んでいなかった、あまりにやるせないかたちで。
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