誰と寝ても、俺はいなかったー性のどこにも属せなかった俺が、たった一人にだけ愛された夜

中岡 始

文字の大きさ
34 / 66

楷の目の奥に見えた“揺れ”

しおりを挟む
ベッドのなかで、楷が目を閉じなかった。
それが妙に印象的だったのは、まばたき一つさえも、何かを語っているように感じたからかもしれない。

芳樹は楷の隣に横たわりながら、その横顔をそっと見つめていた。
楷の視線はまっすぐ天井に向いていて、瞳の奥にはまだ、先ほどの熱が微かに残っていた。
けれど、それは決して乱れでも余韻でもなかった。
むしろ、不自然なほど静かで、整っていて、そして──触れたことを否定していなかった。

あの瞬間、芳樹の中に浮かんだ言葉は「感謝」ではなかった。
楷は、何かを許したわけでも、受け入れたわけでもない。
あの視線は、もっと深いところから発されていた。

それが何か、最初は言語化できなかった。
だが、時間が経つにつれて、少しずつ意味が滲んできた。

──信頼だった。

楷の目の奥に宿っていたものは、ただの“満足”や“安堵”ではなかった。
それは、自分を委ねたというよりも、自分のままでいたことを、見せていたという確かさだった。
まるで、“このままで、ここにいる”という楷自身の存在の証を、静かに提示していたようだった。

そして、それを目の当たりにした自分は──息が詰まりそうになった。

あんなふうに見られたのは、初めてだった。
それまでにも、楷は何度も他人に見られてきただろう。
欲望のまなざし。羨望。混乱。あるいは、支配や所有の眼差し。
だが、芳樹が見たその目には、そうしたものは一切含まれていなかった。
むしろ、無防備とも言えるほど、剥き出しの“今”だけが宿っていた。

だからこそ、怖かった。

もしあれが演技だったなら、まだ良かった。
感じているふり。委ねているふり。
表情の裏に壁をつくっているなら、まだ距離が保てた。

でも、違った。
あの夜の楷は、演じていなかった。

身体を預けるのでもなく、奪われるのでもなく、
ただ“触れられていた”。
そのことを、楷は否定しなかった。
だからこそ、芳樹のなかで何かが静かに揺れた。

「この人は、今、俺を信じてくれている」

ふと、そんな確信が生まれたとき、手のひらが少し汗ばんだ。
触れていた背中に、肌の温度があった。
押しつけてはいなかったはずの重みが、なぜか急に重く感じられた。
それが、信頼というものの重さなのだと、あとになってから気づいた。

楷は、口を開かなかった。
言葉で「ありがとう」や「気持ちよかった」など、求められるような応答はなかった。
けれど、その分、見つめる目に宿っていたものがすべてだった。
言葉にするまでもなく、そこにある感情が伝わってきた。

その感情を、芳樹はうまく受け止めきれなかった。

信頼されるということは、時に暴力のように胸を打つ。
特にそれが、楷のように普段は何も見せない人間から向けられたときには。

「あれは感謝じゃなかった。信頼だった。……だから、怖かった」

そう心の中で呟いたとき、背中を走ったのは寒さではなかった。
誰かに受け入れられたとき、自分がどう振る舞えばいいのか分からなくなる。
その動揺こそが、芳樹自身が抱え続けていた“壊すことへの恐れ”だった。

誰かを守りたいと思うとき、
その人に近づくことで壊してしまうかもしれない、という葛藤。
だからこそ、出張の夜には何もしなかった。
あのときもまた、信頼されかけていたことに気づいていたのに。
結局、背を向けることでしか、その気持ちに応えられなかった。

だが、昨夜は違った。
踏み込んでしまった。
そして、楷は逃げなかった。

それは──きっと、嬉しいはずだった。
望んでいた関係だったのかもしれない。
けれど、その分だけ重い。
今度は、自分がその信頼を裏切ってしまうかもしれないという恐れが、
静かに胸の奥に沈んでいく。

楷の目の奥に見えた“揺れ”は、
もしかしたら、今までの人生で一度も見せたことのない種類のものだったのではないか。
演技でも、拒絶でもない、ただの“本当”だけがそこにあった。
それを壊してしまうかもしれない不安は、
芳樹自身が、自分の存在ごと試されているような気さえした。

そのくせ、どうしても思ってしまう。
また、あの目を見たいと。
もう一度、あの夜のように、
目を閉じずにそこにいてくれる楷の表情を、見ていたいと──

芳樹は天井を仰いだ。
視界の隅に、カーテンの隙間からこぼれる光が、ほのかに揺れていた。
雨が止んだ後の光の匂いが、部屋に差し込みはじめている。
その薄い輪郭のなかで、
自分の手のひらにあった楷の体温が、もう一度、熱を持った気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

余命半年の俺を、手酷く振ったはずの元カレ二人が手を組んで逃がしてくれません

ユッキー
BL
半年以内に俺は一人寂しく死ぬ。そんな未来を視た。きっと誰も悲しむ人は居ないだろう。そう思っていたから何も怖くなかった。なのにそんな俺の元に過去手酷く振り、今では世界的スターとなった元カレ二人がやってきた。彼らは全てを知っていた。俺がどうして彼らを振ったのか、そして俺の余命も。 全てを諦めた主人公と、主人公を諦めきれないイケメンサッカー選手とシンガーソングライターの再会が導く未来は?

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

Candy pop〜Bitter&Sweet

義井 映日
BL
完結済み作品。全6話。番外編1本追加! 「185cmの看板男」が、たった一人の恋人の前で理性を失う。 ――三ヶ月の禁欲を経て、その愛は甘く、激しく、暴走する。 「あらすじ」 ​大学の「看板男」こと安達大介は、後輩の一之瀬功(いちのせ こう)を溺愛している。 ついに迎えた初めての夜。しかし、安達の圧倒的な「雄」の迫力に、功は恐怖して逃げ出してしまう。 ​「――お前は俺を狂わせる毒だと思ってた」 ​絶望した安達と、愛しているのに身体が竦む功。 三ヶ月の育みを経て、到達した二人の「じれったい禁欲生活」の行方は? 看板男の仮面が剥がれるとき、世界で一番甘い夜が始まる。 お話が気に入った、面白かった、と思ってくださったら、お気に入り登録、いいね、をお願い致します! 作者の励みになります!!

脱落モブ男が人気アイドルに愛されるわけがない

綿毛ぽぽ
BL
 アイドルを夢見るも、デビューできずオーディション番組に出演しても脱落ばかりの地味男、亀谷日翔はついに夢を諦めた。そしてひょんなことから事務所にあるカフェで働き始めると、かつて出演していた番組のデビューメンバーと再会する。テレビでも引っ張りだこで相変わらずビジュアルが強い二人は何故か俺に対して距離が近い。 ━━━━━━━━━━━ 現役人気アイドル×脱落モブ男 表紙はくま様からお借りしました https://www.pixiv.net/artworks/84182395

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

天啓によると殿下の婚約者ではなくなります

ふゆきまゆ
BL
この国に生きる者は必ず受けなければいけない「天啓の儀」。それはその者が未来で最も大きく人生が動く時を見せる。 フィルニース国の貴族令息、アレンシカ・リリーベルは天啓の儀で未来を見た。きっと殿下との結婚式が映されると信じて。しかし悲しくも映ったのは殿下から婚約破棄される未来だった。腕の中に別の人を抱きながら。自分には冷たい殿下がそんなに愛している人ならば、自分は穏便に身を引いて二人を祝福しましょう。そうして一年後、学園に入学後に出会った友人になった将来の殿下の想い人をそれとなく応援しようと思ったら…。 ●婚約破棄ものですが主人公に悪役令息、転生転移、回帰の要素はありません。 性表現は一切出てきません。

処理中です...