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雨のなか、まだ冷めきらない体温で
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布団のなかは、まだ熱を孕んでいた。
肌が肌に触れた時間が、それだけ濃かったという証だ。
だが今、その熱は徐々に引きはじめていて、代わりに静寂が、ふたりのあいだを包みはじめていた。
部屋のなかには照明を落としたまま、薄い常夜灯の光だけが壁に溶けている。
窓の向こうからは、細かい雨音が、まるで呼吸のリズムをとるように一定の間隔で聞こえていた。
ベランダに当たる水の粒が跳ね、パラパラと擦れる音が、壁や天井に反響している。
その音が、ふたりのあいだの沈黙に似ていた。
楷は仰向けになって、天井を見ていた。
視線をどこに定めるでもなく、ただまぶたを閉じるにはまだ意識が鮮明すぎる。
枕の上に広がった髪がしっとりと汗に濡れていて、首筋に貼りついていた。
横では、芳樹が寝返りも打たずに静かに横たわっている。
目を閉じているかどうかは分からなかったが、呼吸は穏やかで、
それが楷にとっては、まだ“夜が続いている”という合図のようにも思えた。
布団のなか、指先だけが触れ合っていた。
繋ぐのではなく、ほんの少しだけ、かすかに重なっている。
それでも、その微細な接触が、驚くほど存在感を持っていた。
むしろ、それ以上は必要ないのではないかと思えるほどだった。
楷は、自分の胸がわずかに高鳴っていることに気づいた。
先ほどまであれほど密接に身体を重ねていたのに、
今はただ並んでいるだけで、心臓の音が耳に響いてくる。
呼吸も少しずつ深くなってきている。
けれど、息を整えることよりも、心を落ち着けることのほうが、ずっと難しかった。
この静けさが、怖かった。
いまが静かすぎて、壊すのが怖くなる
でも……言わなきゃ、いまの自分に辿り着けない気がした
いま、何も言わなければ、
このぬくもりだけを記憶に残して、明日を迎えることもできるだろう。
この沈黙のままなら、まだ安全圏にいられる。
でも、それでいいのか。
ここに来るまでに積み重ねてきた言葉や選択が、
全部、手前で止まってしまうような気がした。
あと一歩。あとひとこと。
それがあれば、いまの自分を、もう少しだけ信じられる気がする。
口を開こうとして、喉の奥でひとつ息が詰まる。
そのまま数秒、言葉にならない音が舌の裏で渦を巻いている。
だが、隣にいる芳樹の存在が、急かすことも押しとどめることもしなかった。
その沈黙が、楷にとっては奇跡のようだった。
許されている。
まだ、ここにいていいと、言葉ではなく呼吸で伝えられている。
楷は、小さく息を吸った。
肺の奥まで、湿った空気が入り込む。
言葉を選ぶのではなく、
ただ、必要だったことだけを、
声にする。
「……言ってもいいですか」
その声が、あまりにかすかだったため、
一瞬、自分の耳にも届かなかったのではないかと思った。
だが、隣にいた芳樹が、ごく自然な動作で頷く気配を返してきた。
目を開けているかどうかは分からなかった。
それでも、呼吸の音が少しだけ変わって、
聞く姿勢になっているのが、全身で伝わってきた。
楷は、ほんの少しだけ身体を横向きにする。
芳樹の顔は見なかった。
見れば言えなくなる気がした。
「俺……前に言ったと思うんです。
誰と寝ても、俺じゃなかったって」
雨の音が、ふたたび耳に近づいてくる。
部屋の静けさのなかで、自分の声だけが浮いているように感じた。
「男の人とも、女の人とも、何度か……そういうことがあって。
でも、気持ちいいって思っても、その感覚がどこか他人のものみたいで。
終わったあとに残るのは、虚しさと、どうしてこんなことしてるんだろうって思う自分で」
喉が乾く。
けれど、それ以上に、心の奥がひりつく。
「たぶん、自分のことを誰かに証明したかったんだと思うんです。
誰かの期待通りにふるまって、
“ちゃんと男”でも、“ちゃんと女”でもいられるって……
そうすれば、自分のことを嫌いにならずに済むって思ってた」
そこまで言って、楷は一度目を閉じた。
もう、あのころの自分に戻りたいとは思わなかった。
けれど、その記憶を否定するのも、違う気がした。
そっと布団のなかで、芳樹の手を握る。
今度は、指先ではなく、ちゃんと掌ごと重ねるように。
「でも……あなたといるときだけは、自分のままでいていいって、思えたんです」
隣にいる人の手が、少しだけ強く握り返す。
その圧に、涙がこぼれそうになるのを、なんとか堪えた。
この静けさを壊すのではなく、
言葉が、この夜の一部になったと感じられた瞬間だった。
肌が肌に触れた時間が、それだけ濃かったという証だ。
だが今、その熱は徐々に引きはじめていて、代わりに静寂が、ふたりのあいだを包みはじめていた。
部屋のなかには照明を落としたまま、薄い常夜灯の光だけが壁に溶けている。
窓の向こうからは、細かい雨音が、まるで呼吸のリズムをとるように一定の間隔で聞こえていた。
ベランダに当たる水の粒が跳ね、パラパラと擦れる音が、壁や天井に反響している。
その音が、ふたりのあいだの沈黙に似ていた。
楷は仰向けになって、天井を見ていた。
視線をどこに定めるでもなく、ただまぶたを閉じるにはまだ意識が鮮明すぎる。
枕の上に広がった髪がしっとりと汗に濡れていて、首筋に貼りついていた。
横では、芳樹が寝返りも打たずに静かに横たわっている。
目を閉じているかどうかは分からなかったが、呼吸は穏やかで、
それが楷にとっては、まだ“夜が続いている”という合図のようにも思えた。
布団のなか、指先だけが触れ合っていた。
繋ぐのではなく、ほんの少しだけ、かすかに重なっている。
それでも、その微細な接触が、驚くほど存在感を持っていた。
むしろ、それ以上は必要ないのではないかと思えるほどだった。
楷は、自分の胸がわずかに高鳴っていることに気づいた。
先ほどまであれほど密接に身体を重ねていたのに、
今はただ並んでいるだけで、心臓の音が耳に響いてくる。
呼吸も少しずつ深くなってきている。
けれど、息を整えることよりも、心を落ち着けることのほうが、ずっと難しかった。
この静けさが、怖かった。
いまが静かすぎて、壊すのが怖くなる
でも……言わなきゃ、いまの自分に辿り着けない気がした
いま、何も言わなければ、
このぬくもりだけを記憶に残して、明日を迎えることもできるだろう。
この沈黙のままなら、まだ安全圏にいられる。
でも、それでいいのか。
ここに来るまでに積み重ねてきた言葉や選択が、
全部、手前で止まってしまうような気がした。
あと一歩。あとひとこと。
それがあれば、いまの自分を、もう少しだけ信じられる気がする。
口を開こうとして、喉の奥でひとつ息が詰まる。
そのまま数秒、言葉にならない音が舌の裏で渦を巻いている。
だが、隣にいる芳樹の存在が、急かすことも押しとどめることもしなかった。
その沈黙が、楷にとっては奇跡のようだった。
許されている。
まだ、ここにいていいと、言葉ではなく呼吸で伝えられている。
楷は、小さく息を吸った。
肺の奥まで、湿った空気が入り込む。
言葉を選ぶのではなく、
ただ、必要だったことだけを、
声にする。
「……言ってもいいですか」
その声が、あまりにかすかだったため、
一瞬、自分の耳にも届かなかったのではないかと思った。
だが、隣にいた芳樹が、ごく自然な動作で頷く気配を返してきた。
目を開けているかどうかは分からなかった。
それでも、呼吸の音が少しだけ変わって、
聞く姿勢になっているのが、全身で伝わってきた。
楷は、ほんの少しだけ身体を横向きにする。
芳樹の顔は見なかった。
見れば言えなくなる気がした。
「俺……前に言ったと思うんです。
誰と寝ても、俺じゃなかったって」
雨の音が、ふたたび耳に近づいてくる。
部屋の静けさのなかで、自分の声だけが浮いているように感じた。
「男の人とも、女の人とも、何度か……そういうことがあって。
でも、気持ちいいって思っても、その感覚がどこか他人のものみたいで。
終わったあとに残るのは、虚しさと、どうしてこんなことしてるんだろうって思う自分で」
喉が乾く。
けれど、それ以上に、心の奥がひりつく。
「たぶん、自分のことを誰かに証明したかったんだと思うんです。
誰かの期待通りにふるまって、
“ちゃんと男”でも、“ちゃんと女”でもいられるって……
そうすれば、自分のことを嫌いにならずに済むって思ってた」
そこまで言って、楷は一度目を閉じた。
もう、あのころの自分に戻りたいとは思わなかった。
けれど、その記憶を否定するのも、違う気がした。
そっと布団のなかで、芳樹の手を握る。
今度は、指先ではなく、ちゃんと掌ごと重ねるように。
「でも……あなたといるときだけは、自分のままでいていいって、思えたんです」
隣にいる人の手が、少しだけ強く握り返す。
その圧に、涙がこぼれそうになるのを、なんとか堪えた。
この静けさを壊すのではなく、
言葉が、この夜の一部になったと感じられた瞬間だった。
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