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“俺”という名前のまま、朝を迎えられること
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窓の向こうでは、光がようやく朝を確かなものに変えようとしていた。
カーテンの縁から漏れる陽の光は、まだ弱々しいが、それでも夜の気配を押しやっている。
ベッドの中、掛け布団の下では、静かに重なるふたつの身体が呼吸を重ねていた。
どちらも眠ってはいなかった。
けれど、目を開けるでもなく、声をかけるでもなく、
ただ同じ温度で、同じ時の流れを共有していた。
楷は、横向きのまま芳樹の胸元に頬を寄せていた。
腕が絡むでもなく、肩を抱かれるでもない。
ただ、頭の後ろに回された芳樹の手が、そっと髪の中に差し入れられ、
後頭部をゆっくりと撫でている。
力がこもっているわけでもない。
かといって、眠っている手の無意識な動きでもない。
明確な意思がそこにあって、それが何かを伝えようとしていることを、
楷は言葉よりも先に肌で理解していた。
髪を梳くその手は、急がない。
どこか確かめるようでいて、でも探っているわけではない。
一度、肩のあたりで止まった指先が、また後頭部へと戻っていく。
何往復も繰り返されるたび、
胸の奥にひそんでいた小さな不安のかけらが、ひとつずつ溶けていくのがわかった。
誰かに触れられることが、
こんなにも安心になる日が来るなんて、思ってもいなかった。
それも、何かを“確かめるため”ではなく、
“ただそこにいてくれていい”という意味で。
芳樹の手がもう一度、楷の髪を撫でる。
それに合わせて、耳元に小さく囁くような声が降ってきた。
「……今日も、ここにいて」
その一言は、なんの飾り気もなかった。
感情を大きく込めたわけでもない。
ただ、確かな願いとしてそこにあった。
“いてくれ”でもなく、“いてほしい”でもなく、“ここにいて”。
命令でもなく、懇願でもない。
その言葉が、ただの言葉以上に響いたのは、
たぶん、それが芳樹の“在り方”そのものだったからだ。
楷は、少しだけ喉を動かした。
けれど、返事をするには言葉が足りなかった。
だから、黙ったまま、ゆっくりと目を閉じることで応えた。
それで充分だと、どこかでわかっていた。
「俺のままでいていいって、
誰にも言われなかった
でも、この人といると、それが言葉じゃなくて伝わってくる」
過去の誰かに触れられるたび、
それがどんなに優しくても、
心のどこかで自分を“演じる”感覚があった。
男らしくなければ、
女らしくなければ、
どちらかに収まっていなければ。
そんな枠のなかでしか、愛されないと思い込んでいた。
だから、求められる役割を引き受けることでしか、
自分の価値を示せなかった。
でも、今ここではちがう。
芳樹は、どちらにも仕立て上げようとしなかった。
“らしさ”という言葉すら持ち込まず、
ただ“楷”という人間のままを、そのまま受け止めていた。
その手は、男の体を求める手ではなかった。
女の仕草を撫でる手でもなかった。
ただ、隣にいる“人”としての存在をなぞっているような手だった。
朝の光が、少しずつ肌に降りてくる。
布団の縁にかかる光が、薄い線となって首筋に触れた。
そのやわらかい光を受け止める自分が、
いま“誰でもない楷”としてここにいることを、
楷は静かに噛みしめていた。
身体の中に残る体温の名残も、
まどろみのなかの沈黙も、
すべてが“関係”という枠を超えて、
ただ“今ここにいる”という事実を肯定していた。
性別も、恋のかたちも、名前もない。
けれど、そこにはたしかなつながりがあった。
触れられていなくても、視線を交わしていなくても、
互いの存在は静かに交差していた。
目を閉じたまま、楷はまたひとつ息を吐いた。
深くもなく、浅くもないその呼吸が、
隣の人の胸の動きと重なるたび、
心の輪郭が少しずつ確かなものに変わっていく気がした。
恋ではなくても、
愛ではなくても、
関係に名前がなくても、
“俺”という名前のままで、
朝を迎えられることが、これほど穏やかなことだとは、
知らなかった。
そして、知れてよかったと、心から思えた。
カーテンの縁から漏れる陽の光は、まだ弱々しいが、それでも夜の気配を押しやっている。
ベッドの中、掛け布団の下では、静かに重なるふたつの身体が呼吸を重ねていた。
どちらも眠ってはいなかった。
けれど、目を開けるでもなく、声をかけるでもなく、
ただ同じ温度で、同じ時の流れを共有していた。
楷は、横向きのまま芳樹の胸元に頬を寄せていた。
腕が絡むでもなく、肩を抱かれるでもない。
ただ、頭の後ろに回された芳樹の手が、そっと髪の中に差し入れられ、
後頭部をゆっくりと撫でている。
力がこもっているわけでもない。
かといって、眠っている手の無意識な動きでもない。
明確な意思がそこにあって、それが何かを伝えようとしていることを、
楷は言葉よりも先に肌で理解していた。
髪を梳くその手は、急がない。
どこか確かめるようでいて、でも探っているわけではない。
一度、肩のあたりで止まった指先が、また後頭部へと戻っていく。
何往復も繰り返されるたび、
胸の奥にひそんでいた小さな不安のかけらが、ひとつずつ溶けていくのがわかった。
誰かに触れられることが、
こんなにも安心になる日が来るなんて、思ってもいなかった。
それも、何かを“確かめるため”ではなく、
“ただそこにいてくれていい”という意味で。
芳樹の手がもう一度、楷の髪を撫でる。
それに合わせて、耳元に小さく囁くような声が降ってきた。
「……今日も、ここにいて」
その一言は、なんの飾り気もなかった。
感情を大きく込めたわけでもない。
ただ、確かな願いとしてそこにあった。
“いてくれ”でもなく、“いてほしい”でもなく、“ここにいて”。
命令でもなく、懇願でもない。
その言葉が、ただの言葉以上に響いたのは、
たぶん、それが芳樹の“在り方”そのものだったからだ。
楷は、少しだけ喉を動かした。
けれど、返事をするには言葉が足りなかった。
だから、黙ったまま、ゆっくりと目を閉じることで応えた。
それで充分だと、どこかでわかっていた。
「俺のままでいていいって、
誰にも言われなかった
でも、この人といると、それが言葉じゃなくて伝わってくる」
過去の誰かに触れられるたび、
それがどんなに優しくても、
心のどこかで自分を“演じる”感覚があった。
男らしくなければ、
女らしくなければ、
どちらかに収まっていなければ。
そんな枠のなかでしか、愛されないと思い込んでいた。
だから、求められる役割を引き受けることでしか、
自分の価値を示せなかった。
でも、今ここではちがう。
芳樹は、どちらにも仕立て上げようとしなかった。
“らしさ”という言葉すら持ち込まず、
ただ“楷”という人間のままを、そのまま受け止めていた。
その手は、男の体を求める手ではなかった。
女の仕草を撫でる手でもなかった。
ただ、隣にいる“人”としての存在をなぞっているような手だった。
朝の光が、少しずつ肌に降りてくる。
布団の縁にかかる光が、薄い線となって首筋に触れた。
そのやわらかい光を受け止める自分が、
いま“誰でもない楷”としてここにいることを、
楷は静かに噛みしめていた。
身体の中に残る体温の名残も、
まどろみのなかの沈黙も、
すべてが“関係”という枠を超えて、
ただ“今ここにいる”という事実を肯定していた。
性別も、恋のかたちも、名前もない。
けれど、そこにはたしかなつながりがあった。
触れられていなくても、視線を交わしていなくても、
互いの存在は静かに交差していた。
目を閉じたまま、楷はまたひとつ息を吐いた。
深くもなく、浅くもないその呼吸が、
隣の人の胸の動きと重なるたび、
心の輪郭が少しずつ確かなものに変わっていく気がした。
恋ではなくても、
愛ではなくても、
関係に名前がなくても、
“俺”という名前のままで、
朝を迎えられることが、これほど穏やかなことだとは、
知らなかった。
そして、知れてよかったと、心から思えた。
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