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第2章 推しカプ観察日記~現実は、妄想の宝石箱
青年の名前と「関係」の輪郭
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風籠荘の朝は、ゆっくりと始まる。
洗い立ての白い暖簾が風に揺れ、土間には少し冷たい空気が残っていた。
廊下を歩く足音、庭を掃く竹ぼうきの音、障子越しに届く小鳥のさえずり――どれもが静かで、心を落ち着かせる。
ひかるは筆を置いて、そっと背伸びをした。
夜更けまで書き続けたせいで肩が重い。
けれど、それは心地よい疲労だった。
新しく生まれた物語の登場人物たちは、まだ脳内で呼吸を続けている。
昨日、見てしまったふたりの姿が頭から離れない。
蒼の静かな受け取り方と、あの貴族風の青年の背中。
あのやりとりの中に、言葉にはならない“関係の気配”があった。
今のところ、青年の名前はわからない。
ノートには仮称で「攻め候補A」と記されている。
けれど、ひかるの中では、すでに“カプ”としての認識が出来上がりつつあった。
蒼とあの青年。
繋がりの見えない距離感の中に、確かに宿る親密さ。
それをひかるは“主従”と読んだ。
尊い。危うい。そして、語られざる過去がありそうな、書き手心をくすぐる関係性だった。
何気なく縁側へ出て、冷たい白湯をすすっていたときだった。
障子の向こう、土間のあたりから、大家・園田つばきの声が聞こえてきた。
「あら、また榊原のお坊ちゃまがいらしたの? 昨日もいらっしゃってたそうね」
瞬間、ひかるの背筋に走るものがあった。
榊原。
その名を、脳が即座に刻んだ。
続いて、下働きの少女が答える声がする。
「ええ、書物を蒼さんに届けていらしたようです。いつも丁寧で、声も静かで…立ち居振る舞いが素敵なんですよ」
つばきが軽く笑う。
「そうねえ、蒼さんとは随分長い付き合いみたいだもの。あのふたり、ほんとに息が合ってるわよね」
ひかるは、持っていた湯飲みを危うく落としそうになった。
榊原。
蒼。
長い付き合い。
書物を届けに来る貴族風の青年。
すべてが一瞬で繋がった。
名も知らぬ推しカプの“攻め側”に、ついに名前が与えられた瞬間だった。
頭の中に、いくつもの感情が一気に押し寄せてくる。
高揚。動揺。感動。確信。
言葉にならない感覚が胸の奥で渦巻いていた。
榊原。
あの背中の持ち主に、そんな上品で、どこか切れ味のある響きの名字がついていたなんて。
ひかるはふらふらと部屋に戻り、膝をついた。
妄想ノートを開く。
「攻め候補A」と記されていた箇所を消し、新たに書き込む。
【榊原(仮・攻め確定)】
・貴族風、上流階級育ち
・蒼と長い付き合い=過去に因縁あり?
・毎回書物を届ける=知的な印象/物語の架け橋的存在
・口数は少ないが、目線で語るタイプ
・静かだが空気を支配する佇まい
名前を得たことで、彼の存在が一気に“キャラ”として立ち上がる。
それまでは「観察対象」でしかなかった彼が、今や“物語を担う人物”になった。
ひかるは、筆を取ってページをめくる。
ノートの一番上に、こう書き加えた。
【推しカプ正式名称】
榊原(攻)×村瀬蒼(受)
※CP略称:榊蒼 or 蒼榊(検討中)
ページの下には、カプ成立の根拠と初期設定のメモが並ぶ。
・関係性:主従(表面)/対等な想い(内面)
・年齢差:2~3歳ほど?
・出会い:榊原家の恩義で蒼が書生に
・現在:書物のやりとり=心の交差点
・感情の構図:蒼→榊原=敬意+淡い恋情(自覚薄)
榊原→蒼=所有感+信頼(感情に無自覚)
ひかるの筆が止まらない。
名前がついたことで、関係性に“色”が出てくる。
それまで曖昧だった感情の輪郭がはっきりとし、物語の土台が固まっていく。
榊原玲一――
きっと、そんな名前だろうと、なんの根拠もなくそう思った。
名を持った人物は、世界の中に“居場所”を得る。
ひかるにとって、それは物語の出発点だった。
無名であればこそ尊く、
名前が与えられることで運命が始まる。
あの静かな邂逅が、確かにふたりの関係の“はじまり”ではなかった。
だが、ひかるにとっては、今が“物語の幕開け”だった。
胸の奥で、ひとつの旋律が鳴った気がした。
彼らはもう、物語の中で出会っている。
あとは、その関係を書き綴るだけだ。
ひかるはゆっくりとノートを閉じた。
手元にある墨と筆の重みが、今夜も眠らせてはくれない予感がしていた。
洗い立ての白い暖簾が風に揺れ、土間には少し冷たい空気が残っていた。
廊下を歩く足音、庭を掃く竹ぼうきの音、障子越しに届く小鳥のさえずり――どれもが静かで、心を落ち着かせる。
ひかるは筆を置いて、そっと背伸びをした。
夜更けまで書き続けたせいで肩が重い。
けれど、それは心地よい疲労だった。
新しく生まれた物語の登場人物たちは、まだ脳内で呼吸を続けている。
昨日、見てしまったふたりの姿が頭から離れない。
蒼の静かな受け取り方と、あの貴族風の青年の背中。
あのやりとりの中に、言葉にはならない“関係の気配”があった。
今のところ、青年の名前はわからない。
ノートには仮称で「攻め候補A」と記されている。
けれど、ひかるの中では、すでに“カプ”としての認識が出来上がりつつあった。
蒼とあの青年。
繋がりの見えない距離感の中に、確かに宿る親密さ。
それをひかるは“主従”と読んだ。
尊い。危うい。そして、語られざる過去がありそうな、書き手心をくすぐる関係性だった。
何気なく縁側へ出て、冷たい白湯をすすっていたときだった。
障子の向こう、土間のあたりから、大家・園田つばきの声が聞こえてきた。
「あら、また榊原のお坊ちゃまがいらしたの? 昨日もいらっしゃってたそうね」
瞬間、ひかるの背筋に走るものがあった。
榊原。
その名を、脳が即座に刻んだ。
続いて、下働きの少女が答える声がする。
「ええ、書物を蒼さんに届けていらしたようです。いつも丁寧で、声も静かで…立ち居振る舞いが素敵なんですよ」
つばきが軽く笑う。
「そうねえ、蒼さんとは随分長い付き合いみたいだもの。あのふたり、ほんとに息が合ってるわよね」
ひかるは、持っていた湯飲みを危うく落としそうになった。
榊原。
蒼。
長い付き合い。
書物を届けに来る貴族風の青年。
すべてが一瞬で繋がった。
名も知らぬ推しカプの“攻め側”に、ついに名前が与えられた瞬間だった。
頭の中に、いくつもの感情が一気に押し寄せてくる。
高揚。動揺。感動。確信。
言葉にならない感覚が胸の奥で渦巻いていた。
榊原。
あの背中の持ち主に、そんな上品で、どこか切れ味のある響きの名字がついていたなんて。
ひかるはふらふらと部屋に戻り、膝をついた。
妄想ノートを開く。
「攻め候補A」と記されていた箇所を消し、新たに書き込む。
【榊原(仮・攻め確定)】
・貴族風、上流階級育ち
・蒼と長い付き合い=過去に因縁あり?
・毎回書物を届ける=知的な印象/物語の架け橋的存在
・口数は少ないが、目線で語るタイプ
・静かだが空気を支配する佇まい
名前を得たことで、彼の存在が一気に“キャラ”として立ち上がる。
それまでは「観察対象」でしかなかった彼が、今や“物語を担う人物”になった。
ひかるは、筆を取ってページをめくる。
ノートの一番上に、こう書き加えた。
【推しカプ正式名称】
榊原(攻)×村瀬蒼(受)
※CP略称:榊蒼 or 蒼榊(検討中)
ページの下には、カプ成立の根拠と初期設定のメモが並ぶ。
・関係性:主従(表面)/対等な想い(内面)
・年齢差:2~3歳ほど?
・出会い:榊原家の恩義で蒼が書生に
・現在:書物のやりとり=心の交差点
・感情の構図:蒼→榊原=敬意+淡い恋情(自覚薄)
榊原→蒼=所有感+信頼(感情に無自覚)
ひかるの筆が止まらない。
名前がついたことで、関係性に“色”が出てくる。
それまで曖昧だった感情の輪郭がはっきりとし、物語の土台が固まっていく。
榊原玲一――
きっと、そんな名前だろうと、なんの根拠もなくそう思った。
名を持った人物は、世界の中に“居場所”を得る。
ひかるにとって、それは物語の出発点だった。
無名であればこそ尊く、
名前が与えられることで運命が始まる。
あの静かな邂逅が、確かにふたりの関係の“はじまり”ではなかった。
だが、ひかるにとっては、今が“物語の幕開け”だった。
胸の奥で、ひとつの旋律が鳴った気がした。
彼らはもう、物語の中で出会っている。
あとは、その関係を書き綴るだけだ。
ひかるはゆっくりとノートを閉じた。
手元にある墨と筆の重みが、今夜も眠らせてはくれない予感がしていた。
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