転生腐女子、筆一本で大正ロマンを征く!〜美少年よ、吾が筆に舞え〜

中岡 始

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第2章 推しカプ観察日記~現実は、妄想の宝石箱

妄想ではない、物語の誕生

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夜の帳が降りるころ、風籠荘の廊下には灯りがともされ、障子に橙色の影が映っていた。  
どこかの部屋からは小さな咳払いが聞こえ、裏庭では風が木々を揺らしている。  
虫の声が遠くで鳴き、空気はゆるやかに冷たさを増していた。

ひかるは、自室の行灯に灯を入れた。  
薄明かりが文机の上に広がり、墨壺と筆、折りたたんだ原稿用紙がその光に照らされた。  
静けさが、まるで書き出しを促しているようだった。

昼間、見た光景がまだ目の奥に焼きついている。  
蒼の、あの穏やかな手つき。  
榊原のハンカチを洗い、干し、見送るように佇んでいた姿。

その全てが、ただの“観察”で済ませられるものではなかった。  
あれは、関係だった。  
感情だった。  
そして、物語だった。

ひかるは、原稿用紙を一枚引き出し、まっさらな一行目を見つめた。  
そこには、何も書かれていない。  
けれど、頭の中にはすでに無数の言葉が浮かび、輪郭を持ち始めている。

これは、ただの妄想ではない。  
あの人たちが生きている日常の中に、確かに息づいている“関係”を、自分は見た。  
それを形にするのが、自分の役目だと、そう思っていた。

筆を持つ指先が、わずかに震えていた。  
緊張ではない。  
これは、熱だった。  
書くことでしか昇華できない熱が、身体の内側からじわじわとあふれていた。

墨を筆に含ませ、最初の一文字を書き出す。

名もなき従者は、その誓いを誰にも明かさなかった。

筆を進めるごとに、部屋の空気が変わっていく気がする。  
蒼が歩いていた廊下の軋み、榊原が背を向けたときの沈黙、  
ふたりの間に交わされなかった言葉たちが、まるでこの空間に立ち上がってくるようだった。

従者は、主の名を呼ばない。  
けれど、胸の内には何度もその名を唱えている。  
名前を呼ぶことは、想いを認めてしまうことになるからだ。

ひかるは、そう書いたあとで、思わず息をついた。

これは、自分が今見ているふたりの物語だ。  
けれど、そこにはどこか、自分自身の想いも含まれている気がした。  
胸に秘めた言葉、交わさずにすれ違っていく気配、静かに近づいては離れていく距離。

物語を書くというのは、どこかで自分を描くことなのだと、今さらながら思う。

筆を止めるたびに、ふたりの姿が脳裏をよぎる。

蒼が、縁側で本を読む姿。  
榊原が、言葉少なに本を手渡す後ろ姿。  
そして、ハンカチを干したあとの蒼の目の奥にあった、あの静かな光。

それをただ“萌え”という一言で済ませてしまっては、あまりに惜しい。  
この感情を、正確に書き残したい。  
この関係の繊細さを、物語として形にしたい。

机の隅には、昨日描いた蒼のスケッチが置かれている。  
後ろ姿。  
指先。  
うつむき加減の睫毛。

そこには言葉はない。  
けれど、その静けさが、何より多くを語っていた。

ひかるは再び筆を取り、物語の続きを綴り始めた。

主は、従者の名を忘れたふりをしていた。  
従者は、それに気づいていたが、何も言わなかった。

時間だけがふたりをつないでいた。  
けれど、心はとっくに、交差していた。

書くことで、ふたりは出会い直していく。  
現実の中で言葉にできなかった感情が、物語の中では、かすかな形を持ち始める。

ひかるは、ページを重ねながら思った。

今、自分は確かにこの世界に必要とされている気がする。  
この筆が、ふたりの関係を残すための手段であり、使命であるとすら思える。

妄想ではない。  
これは、物語だ。  
そして、自分が描く物語には、意味がある。

机の上には、書きかけの原稿と、静かに光を宿した行灯の灯り。  
その中心で、ひかるの瞳はわずかに潤みながらも、しっかりと未来を見据えていた。

明日も、彼らは同じように過ごすだろう。  
言葉少なに、けれど確かに寄り添う日常を。

その日々を、誰かが物語にしなければならない。  
それが、いま自分のやっていることなのだと、ひかるはようやく気づいた。

書くことで、彼らの関係は永遠になる。  
書くことで、ふたりの感情は、初めて形を持つ。

だから書こう。  
夜が明けるまで、何枚でも。  
この物語が、ふたりの関係が、言葉になって誰かの手に届くその日まで。
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