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第4章 これは、ひとりのための物語ではない〜読者の眼差しと、筆の覚悟
物語の居場所を探して
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秋の気配が濃くなりはじめたある午後、風籠荘の居間には、ふたたび少女文藝帳の新刊が届けられた。
第十九号。
表紙には紅葉した楓の葉が描かれており、金色の筆文字が秋の光を鈍く反射している。
ページの端がわずかにめくれており、それが誰かの手によって何度も読まれた痕跡のように見えた。
ひかるは、いつものように自室に持ち帰り、文机の前に静かに座った。
指先で表紙の手触りを確かめながら、そっと頁を開く。
掲載された作品のあいだに、どんな感想が届いているのか。
それが今や、自分の中で一番の関心ごとになっていた。
少女文藝帳の巻末には、今回も読者からの投書欄が設けられていた。
印刷された文字たちは、筆跡こそ見えないが、行間から寄せた者の熱を感じさせた。
紙面にはいくつもの感想が並んでいた。
それぞれに、好きな作品への思いや、読後の余韻が丁寧に綴られていた。
その中に、見慣れた自分の筆名を見つけた瞬間、ひかるの鼓動が速くなった。
桃野ひかり様の『誓いの後ろ姿』を読ませていただきました。
物語の中に、何度も沈黙が訪れるのに、そのどれもが意味を持ち、
言葉よりも多くのものを伝えてくれたように思います。
この作品について、どこかで語り合いたいと感じました。
ふたりの距離、視線、触れた指先の余韻――
それらを、ただ読んで終えるのではなく、他の誰かと共有しながら感じてみたい。
(投書・匿名)
その一文を読み終えたあと、ひかるはゆっくりと紙面から目を離し、息を吐いた。
心が温かくなると同時に、胸の奥に、はっきりとした“ざわめき”が生まれていた。
それは、前にも感じた読まれる喜びでも、伝わることの感動でもなかった。
もっと違う、初めての感情だった。
誰かが、語り合いたいと言ってくれている。
ただ読むだけではなく、誰かと語りながら味わいたい、と。
それは、自分が長い間ずっと孤独に抱えていた“萌え”という感情に、
ようやく居場所が生まれようとしていることを意味していた。
今までは、筆を通じて届けるだけだった。
感想が戻ってくることはあっても、それは静かな、控えめなやりとりだった。
けれど、今、この一文には、明確な“呼びかけ”がある。
作品の向こう側で、誰かが、自分と同じ温度で震えている。
そして、その震えを、誰かと分かち合いたいと願っている。
ひかるは膝の上に文藝帳を置いたまま、しばらく動けなかった。
灯りの入った行灯の明かりが、畳の上にゆらゆらと揺れている。
風が障子を微かに揺らし、部屋の中に、静かな時間だけが流れていた。
語り合いたい。
そう言われて、今までになく強く、ひかる自身もその思いを抱いていることに気づいた。
自分が描いた関係性について、感想だけでなく、解釈を交わしたい。
“萌え”という名の内なる熱を、他人と響かせ合いたい。
そのためには、ただ作品を投稿するだけでは足りない。
もっと、自由に語れる場が、必要だ。
妄想ノートを開いた。
ページの余白に、ゆっくりと筆を走らせる。
「届けるだけでは、もう満足できない。
誰かと語り合いたい。
あのふたりのことを、もっと自由に、深く、語れる場所がほしい。
“表現”ではなく、“共鳴”ができる場所。
一方通行ではない、対話としての創作の場を、わたしは求めている」
書きながら、指先が震えていた。
それは恐れではなく、熱だった。
ずっと、内に秘めてきたものが、ようやく言葉になって紙の上に現れた。
それを確かめたくて、筆を握る手に力がこもった。
この想いを、どこに向ければいいのか。
それはまだわからない。
けれど、方向は確かに見えている。
創作は、もはやひとりだけの営みではない。
語り合える同志がいて、受け取ってくれる読者がいて、
そのなかで、作品がさらに豊かになっていく。
私はこれまで、物語を届けることで満足していた。
でも今は、誰かと語り合いたいと思っている。
あのふたりのことを、もっと深く、もっと自由に。
ひかるはそっと筆を置き、行灯の明かりを見つめた。
紙の上に残された墨の跡が、まだ乾ききらず、光を含んでいた。
ふたりの物語は、ひかるの中だけのものではなくなっていた。
それは、誰かの心に芽吹き、語りかけられることで、ようやく“生きる物語”になる。
そして、その語らいができる場所を、ひかるはこれから探しに行く。
いや、つくろうとしている。
風の音が止み、部屋の中は、再び静けさに包まれた。
けれど、その静けさの奥には、新しい予感が確かに響いていた。
第十九号。
表紙には紅葉した楓の葉が描かれており、金色の筆文字が秋の光を鈍く反射している。
ページの端がわずかにめくれており、それが誰かの手によって何度も読まれた痕跡のように見えた。
ひかるは、いつものように自室に持ち帰り、文机の前に静かに座った。
指先で表紙の手触りを確かめながら、そっと頁を開く。
掲載された作品のあいだに、どんな感想が届いているのか。
それが今や、自分の中で一番の関心ごとになっていた。
少女文藝帳の巻末には、今回も読者からの投書欄が設けられていた。
印刷された文字たちは、筆跡こそ見えないが、行間から寄せた者の熱を感じさせた。
紙面にはいくつもの感想が並んでいた。
それぞれに、好きな作品への思いや、読後の余韻が丁寧に綴られていた。
その中に、見慣れた自分の筆名を見つけた瞬間、ひかるの鼓動が速くなった。
桃野ひかり様の『誓いの後ろ姿』を読ませていただきました。
物語の中に、何度も沈黙が訪れるのに、そのどれもが意味を持ち、
言葉よりも多くのものを伝えてくれたように思います。
この作品について、どこかで語り合いたいと感じました。
ふたりの距離、視線、触れた指先の余韻――
それらを、ただ読んで終えるのではなく、他の誰かと共有しながら感じてみたい。
(投書・匿名)
その一文を読み終えたあと、ひかるはゆっくりと紙面から目を離し、息を吐いた。
心が温かくなると同時に、胸の奥に、はっきりとした“ざわめき”が生まれていた。
それは、前にも感じた読まれる喜びでも、伝わることの感動でもなかった。
もっと違う、初めての感情だった。
誰かが、語り合いたいと言ってくれている。
ただ読むだけではなく、誰かと語りながら味わいたい、と。
それは、自分が長い間ずっと孤独に抱えていた“萌え”という感情に、
ようやく居場所が生まれようとしていることを意味していた。
今までは、筆を通じて届けるだけだった。
感想が戻ってくることはあっても、それは静かな、控えめなやりとりだった。
けれど、今、この一文には、明確な“呼びかけ”がある。
作品の向こう側で、誰かが、自分と同じ温度で震えている。
そして、その震えを、誰かと分かち合いたいと願っている。
ひかるは膝の上に文藝帳を置いたまま、しばらく動けなかった。
灯りの入った行灯の明かりが、畳の上にゆらゆらと揺れている。
風が障子を微かに揺らし、部屋の中に、静かな時間だけが流れていた。
語り合いたい。
そう言われて、今までになく強く、ひかる自身もその思いを抱いていることに気づいた。
自分が描いた関係性について、感想だけでなく、解釈を交わしたい。
“萌え”という名の内なる熱を、他人と響かせ合いたい。
そのためには、ただ作品を投稿するだけでは足りない。
もっと、自由に語れる場が、必要だ。
妄想ノートを開いた。
ページの余白に、ゆっくりと筆を走らせる。
「届けるだけでは、もう満足できない。
誰かと語り合いたい。
あのふたりのことを、もっと自由に、深く、語れる場所がほしい。
“表現”ではなく、“共鳴”ができる場所。
一方通行ではない、対話としての創作の場を、わたしは求めている」
書きながら、指先が震えていた。
それは恐れではなく、熱だった。
ずっと、内に秘めてきたものが、ようやく言葉になって紙の上に現れた。
それを確かめたくて、筆を握る手に力がこもった。
この想いを、どこに向ければいいのか。
それはまだわからない。
けれど、方向は確かに見えている。
創作は、もはやひとりだけの営みではない。
語り合える同志がいて、受け取ってくれる読者がいて、
そのなかで、作品がさらに豊かになっていく。
私はこれまで、物語を届けることで満足していた。
でも今は、誰かと語り合いたいと思っている。
あのふたりのことを、もっと深く、もっと自由に。
ひかるはそっと筆を置き、行灯の明かりを見つめた。
紙の上に残された墨の跡が、まだ乾ききらず、光を含んでいた。
ふたりの物語は、ひかるの中だけのものではなくなっていた。
それは、誰かの心に芽吹き、語りかけられることで、ようやく“生きる物語”になる。
そして、その語らいができる場所を、ひかるはこれから探しに行く。
いや、つくろうとしている。
風の音が止み、部屋の中は、再び静けさに包まれた。
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