転生腐女子、筆一本で大正ロマンを征く!〜美少年よ、吾が筆に舞え〜

中岡 始

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第5章 萌えの沼には扉がある〜BL同人サークル「蒼の書」誕生

手紙の向こうにいる同志

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便箋を広げるたび、胸の奥にぽつりぽつりと灯がともるような感覚があった。  
それは、炎ではなく、光だった。  
『誓いの後ろ姿』が掲載された号から、ひかるのもとには前にも増して多くの手紙が届くようになった。  
最初は数通だった私信は、週を追うごとにその数を増し、封筒の色も筆跡も、香りまでもがさまざまになっていった。

ひかるはひとつひとつの封を、丁寧に、まるで花びらをめくるように開けた。  
手紙の主たちは皆、異口同音に、あの物語に感じた想いを書き綴っていた。  
中には、言葉がすぐに続かないものもあった。  
けれど、むしろその余白の多い手紙のほうが、ひかるの胸を強く打った。  
言葉にできない感情を抱いたまま、筆をとってくれた――それだけで十分だった。

ある日の朝、園田つばきから郵便物を手渡されたとき、その束の重みに思わずひかるは目を見張った。  
十通近い手紙が一度に届いたのは初めてだった。  
陽のよく当たる縁側に座り、その束を順に読みはじめた。

そこには、ただの感想ではない、確かな熱があった。  
語りたい、という欲求。  
伝えたい、という衝動。  
なかには、「自分もこんな関係を書いてみたくなった」「物語の続きを夢で見てしまった」という内容まであった。

ひかるは胸を押さえた。  
手紙の文面のあちこちに、自分が無意識に使ってきた“萌え語彙”が散りばめられているのに気づいた。  
「伏し目+寡黙×長身=受け濃厚説」  
「主従萌えの源流は仕草である」  
「無言の眼差しは言語より雄弁」  
まるで、自分の頭の中を覗かれたような気がして、思わず顔がほころんだ。

彼女たちは、理解している。  
この“沼”に、すでに足を踏み入れている。  
ひかるは、目の前の便箋に、そっと指を這わせた。

ひとつひとつ、返事を書いた。  
誰かに宛てて筆をとるのは、創作とはまた違った楽しさがあった。  
言葉の端々に、相手の熱や知性や、ときに照れが滲んでいるのが愛おしかった。

返事を書き終え、いつもの妄想ノートを開く。  
今日の欄には、余白が残っていた。  
墨をすって筆を走らせる。

「集まって語ってみたい。  
話せるなら、もっと書ける気がする。」

書いたあと、しばらくその文字を眺めた。  
これまで、創作はひとりで行うものだった。  
けれどいま、ひかるははっきりと感じている。  
語ることで、物語は広がるのだ。  
言葉を通して、他者の視点を知ることで、想像が深まっていく。

その日の夕方、園田つばきに思い切って相談してみた。  
少しだけ照れながら、「手紙をくれた方々と、文芸の話をしてみたくて…」と伝えると、つばきはすぐに頷いた。

「まあ、それは素敵ね。  
あの離れなら空いてるし、土曜の午後なら使っていいわよ。  
お茶菓子くらいは出してあげるから、心配しなくていいわ」

「……ほんとうに、いいんですか?」

「若い人たちが、言葉でつながろうとするのは、いつの時代も尊いものよ」

そのやさしい言葉に、ひかるは胸が熱くなった。

週末、風籠荘の離れの座敷に、小さな布団机と湯呑み、茶菓子が並んだ。  
障子からは午後の光が差し込み、畳の上に柔らかな影を落としていた。  
机の中央には、一枚の紙が置かれている。

「文芸茶話会 第一回(主題:関係性の描写について)」

書かれた字はひかるのものだが、その筆圧は心なしか震えているようだった。

約束の時間が近づき、足音がぽつぽつと聞こえはじめた。  
最初に来たのは、細身の眼鏡をかけた少女。  
その後ろには、分厚いノートを抱えた真面目そうな子と、襟を詰めた制服姿の快活そうな子。  
さらに、黒帽子を深く被った人物が静かに足を踏み入れる。  
顔はよく見えなかったが、その所作にはどこか見覚えのある雰囲気があった。

全員が座ると、ひかるは深く息を吸い、声を出した。

「本日は、お越しくださってありがとうございます。  
えっと……文芸、という名を借りておりますが、  
きょうは、皆さんが感じた“関係性の美しさ”について、  
語っていただけたら、と思っています」

沈黙が一瞬流れた。  
そして、眼鏡の少女が口を開いた。

「主従関係における“礼”の持つ象徴性について、ずっと考えていました。  
あれは単なる形式ではなく、“感情の器”ですよね」

快活な少女が笑いながら答える。

「私はあの二人の“触れなさ”にむしろ萌えを感じました。  
あと一歩で触れそうで、触れない。あの張り詰めた空気、もう大好きです」

ふたつ目の声が響いたとき、ひかるはもう確信していた。  
この人たちは、間違いなく、自分と同じ沼にいる。

語られる萌え。  
語りたくてうずうずしていた熱量が、ここに集まりはじめている。

ひかるの内心に、ぽうっとまたひとつ、新しい光が灯った。  
それは、誰かと同じ熱を共有するという、未体験の喜びだった。
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