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第5章 萌えの沼には扉がある〜BL同人サークル「蒼の書」誕生
語る者たち、集いし午後
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座敷の中は、じわじわと熱を帯びていた。
初対面同士の集まりにもかかわらず、語りはじめた彼女たちはまるで、何年も前から同じ物語を読んできたかのようだった。
ひかるは、机の端に控えめに座りながら、その光景を目を丸くして見つめていた。
語られているのは、自分が書いた物語。
けれど、今ここにいる彼女たちは、それを読み、感じ、そして新たな形で受け取っている。
眼鏡の少女、小田切いろはは、まるで論文でも書くような口調で語る。
「蒼が榊原を“主”として認識していながら、どこかで対等であろうとするあの態度は、単なる敬意ではなく、“認めてほしい”という感情の裏返しです。あれは一種の反抗心でもありますよね」
その隣で、ぽわんとした雰囲気の深町さとは、紅茶を両手で包みながら小さく頷く。
「わたし、あのとき蒼が庭に咲いた椿を見ていたシーン、すごく好きでした。だって…椿って、“落ちるときに音を立てる花”なんですって。静かな蒼のなかに、音がある。そこが、たまらなくて…」
それを聞いて、伊藤すずえが勢いよく身を乗り出す。
「でも私、正直言うと榊原が“攻め”かどうか、ちょっと迷ってるのよね。むしろ蒼の方が…背が高くて、無口で、最後のシーンでも結局主導権握ってたでしょ?つまり、“静かなる攻め”ってやつなのよ」
「ちょっと、それは違うと思います」
ぴしゃりと声を出したのは小田切だった。
「攻め受けは体格では決まらないのです。“感情の先手を取る者”が攻めだと、私は考えています」
「先手…つまり、最初に傷つく覚悟をした方が?」
「ええ、そう。蒼は、傷つくことから逃げている。でも榊原は、距離をとることで蒼を守ろうとする。だから攻め」
「いや、それってただの自己完結じゃない?」
「そこが尊いんですよ。片想いって、そういうものですから」
話はあっという間に、攻受論の応酬に発展していった。
机の上には、すでに誰かの持参した関係図のスケッチや、感情曲線グラフまで登場しはじめていた。
ひかるは笑いをこらえながら、ふと障子の外を見た。
薄曇りの空から、少しだけ光が差し込んでいる。
まるでこの集まりを、そっと祝福しているかのようだった。
これまで、創作は“ひとりで昇華するもの”だった。
誰にも見せないまま、何度も書いて、悩んで、形にしてきた。
語ることはなかったし、語れるとも思っていなかった。
けれど今、自分の書いた物語が、こんなにも自由に語られている。
意図しなかった解釈に驚くこともある。
だけど、それが面白い。
誰かの視点で照らされた蒼と榊原は、少しずつ、ひかるの手から離れて、独立した存在になっていくようだった。
「それにしても、あの場面、ページをめくる音まで聞こえましたよね」
深町が呟いた。
「ふたりの間に流れていたあの時間が、ほんとうに目の前にあったみたいで…」
すずえが茶をすする音がひときわ大きく響く。
「この集まり、またやりたいね。次は“眼鏡主人公に宿る色気”特集でお願いしたい」
「それ、小冊子を作れるくらい語りたいわ」
小田切が即答する。
ひかるは、自分の胸の内がどんどんと広がっていくのを感じた。
この語らいが、たった数人の座敷の中で起こっていることなのに、心の景色がぐんと変わる。
何かを届けたくて書いた物語が、いま、こうして誰かの中で熱くなり、次の創作へと向かっていく。
それはもはや、自分のものだけではない。
言葉を交わすたび、ひかるの筆がまたひとつ、深くなっていく気がした。
この人たちとなら、もっと踏み込んだ物語が書ける。
誰にも話せなかった“萌え”を、ここでは隠さずに話せる。
ひかるは胸の内で、そっとつぶやいた。
ここが入口なのだ。
萌えという沼の、その先へ進むための、最初の扉。
初対面同士の集まりにもかかわらず、語りはじめた彼女たちはまるで、何年も前から同じ物語を読んできたかのようだった。
ひかるは、机の端に控えめに座りながら、その光景を目を丸くして見つめていた。
語られているのは、自分が書いた物語。
けれど、今ここにいる彼女たちは、それを読み、感じ、そして新たな形で受け取っている。
眼鏡の少女、小田切いろはは、まるで論文でも書くような口調で語る。
「蒼が榊原を“主”として認識していながら、どこかで対等であろうとするあの態度は、単なる敬意ではなく、“認めてほしい”という感情の裏返しです。あれは一種の反抗心でもありますよね」
その隣で、ぽわんとした雰囲気の深町さとは、紅茶を両手で包みながら小さく頷く。
「わたし、あのとき蒼が庭に咲いた椿を見ていたシーン、すごく好きでした。だって…椿って、“落ちるときに音を立てる花”なんですって。静かな蒼のなかに、音がある。そこが、たまらなくて…」
それを聞いて、伊藤すずえが勢いよく身を乗り出す。
「でも私、正直言うと榊原が“攻め”かどうか、ちょっと迷ってるのよね。むしろ蒼の方が…背が高くて、無口で、最後のシーンでも結局主導権握ってたでしょ?つまり、“静かなる攻め”ってやつなのよ」
「ちょっと、それは違うと思います」
ぴしゃりと声を出したのは小田切だった。
「攻め受けは体格では決まらないのです。“感情の先手を取る者”が攻めだと、私は考えています」
「先手…つまり、最初に傷つく覚悟をした方が?」
「ええ、そう。蒼は、傷つくことから逃げている。でも榊原は、距離をとることで蒼を守ろうとする。だから攻め」
「いや、それってただの自己完結じゃない?」
「そこが尊いんですよ。片想いって、そういうものですから」
話はあっという間に、攻受論の応酬に発展していった。
机の上には、すでに誰かの持参した関係図のスケッチや、感情曲線グラフまで登場しはじめていた。
ひかるは笑いをこらえながら、ふと障子の外を見た。
薄曇りの空から、少しだけ光が差し込んでいる。
まるでこの集まりを、そっと祝福しているかのようだった。
これまで、創作は“ひとりで昇華するもの”だった。
誰にも見せないまま、何度も書いて、悩んで、形にしてきた。
語ることはなかったし、語れるとも思っていなかった。
けれど今、自分の書いた物語が、こんなにも自由に語られている。
意図しなかった解釈に驚くこともある。
だけど、それが面白い。
誰かの視点で照らされた蒼と榊原は、少しずつ、ひかるの手から離れて、独立した存在になっていくようだった。
「それにしても、あの場面、ページをめくる音まで聞こえましたよね」
深町が呟いた。
「ふたりの間に流れていたあの時間が、ほんとうに目の前にあったみたいで…」
すずえが茶をすする音がひときわ大きく響く。
「この集まり、またやりたいね。次は“眼鏡主人公に宿る色気”特集でお願いしたい」
「それ、小冊子を作れるくらい語りたいわ」
小田切が即答する。
ひかるは、自分の胸の内がどんどんと広がっていくのを感じた。
この語らいが、たった数人の座敷の中で起こっていることなのに、心の景色がぐんと変わる。
何かを届けたくて書いた物語が、いま、こうして誰かの中で熱くなり、次の創作へと向かっていく。
それはもはや、自分のものだけではない。
言葉を交わすたび、ひかるの筆がまたひとつ、深くなっていく気がした。
この人たちとなら、もっと踏み込んだ物語が書ける。
誰にも話せなかった“萌え”を、ここでは隠さずに話せる。
ひかるは胸の内で、そっとつぶやいた。
ここが入口なのだ。
萌えという沼の、その先へ進むための、最初の扉。
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