転生腐女子、筆一本で大正ロマンを征く!〜美少年よ、吾が筆に舞え〜

中岡 始

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第9章 創作、それは誓い〜“蒼と榊原”完結編

終わらせたくない、でも終わらせたい

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春鏡社から届いた封筒は、これまでと同じように白く、厚みがあり、角がわずかに潰れていた。  
しかし、ひかるの胸に走る感覚は、これまでとは明らかに違っていた。

開封すると、中には手紙と依頼書、そして三条の手書きの短い文が添えられていた。

「次号にて、“蒼と榊原”連作の完結編を掲載したく、お願い申し上げます。  
最終稿の締切は、来月二十日。  
蒼と榊原に、ふさわしい時間を託していただけたらと願っています。」

その文を読んだとき、ひかるの手はしばらく動けなかった。  
わかっていたことだった。シリーズが好評で、完結を望む声が増えているのも、編集部の判断で締めに向かうことも。  
けれど、いざ「終わりを書いてください」と言われると、胸の奥が詰まったようになった。

原稿用紙の束を机の上に置いたまま、ひかるは数日間、筆をとることができなかった。  
構想は頭の中にある。情景も浮かんでいる。  
蒼と榊原が、互いにまっすぐ視線を向け合い、  
過去でも未来でもなく、「今」の想いを交換する場面。

そこにたどり着かせるための道筋も、ある程度は見えている。  
けれど、どうしても筆が進まなかった。  
ペン先が、紙に触れようとするたびに、  
“これを書いてしまったら、本当に終わるのだ”という声が、胸の奥から響いた。

ひかるにとって、蒼と榊原は物語の登場人物である以前に、創作の核そのものだった。  
どんなに疲れていても、どんなに不安に襲われても、  
ふたりを思えば筆が動いた。  
ふたりの関係を想像すれば、世界が豊かに広がった。

そのふたりに、“終わり”を書く。

それは、自分の創作人生の一章に、しるしを刻むようなことだった。

夜、風籠荘の部屋の中で、ひかるは三条に手紙を書いた。  
一気に書き上げることはできなかった。  
何度も書き直し、紙を破り、ようやく出せたのは、数行の短い文章だけだった。

「どうしても、最後の一行が書けません。  
書けば、ふたりが終わってしまうような気がするのです。」

数日後、返信が届いた。

三条の字は、いつもと同じく丁寧で、少しだけ滲んだような柔らかさがあった。

「桃野ひかり様

終わりを書くことは、彼らの関係を否定することではありません。  
物語が終わるとは、登場人物が“これからも在り続ける”ための余白を与えることだと、私は思っています。

読者の誰かが、ページを閉じたあとも、蒼と榊原のことを思い出してくれる。  
彼らの背中や沈黙を、何度も読み返してくれる。  
それは、物語が息をしている証です。

あなたの描いてきた彼らは、すでに多くの人の中に生きています。  
どうか、その最後の一行で、彼らに“これから”を贈ってあげてください。」

ひかるは、何度もその手紙を読み返した。  
目を閉じると、蒼の姿が浮かんだ。  
榊原が、夜汽車の窓に映る蒼の影を見つめるあの場面。  
あの物語の続きが、ずっと心の中に残っている。

ふたりは、まだ言葉を交わしていない。  
けれど、それでもお互いを見ている。  
見ていて、離れがたく思っている。

それなら――

筆をとる。

最初の一文は、思いがけないほどするりと出てきた。

「目をそらさなかった。それだけで、すべてが始まった。」

その言葉を書いた瞬間、ひかるはゆっくりと息を吐いた。

ああ、もう恐れる必要はない。  
ふたりは終わらない。  
書き終えることは、消してしまうことじゃない。

ページを綴じるのは、ただ一度だけだ。  
それ以降は、読む人の中で、ふたりは何度でも出会い、すれ違い、また想われる。

終わることで、彼らは在り続ける。  
それを、今なら信じられる。

ひかるは筆を進めた。  
蒼と榊原が、ようやく同じ時間の中で、同じ言葉を探している。

それは告白ではない。  
名前を呼び合うような言葉でもない。

ただ、「ここにいる」と互いに示すような、静かな息づかいの重なり。

創作とは、願いを書くことだった。  
語れなかったものを、形にすることだった。  
そして今、こうして筆をとる自分自身に、もう一度誓っていた。

どんなかたちになっても、わたしは物語を手放さない。  
それが誰かの中で、違う色で読まれたとしても、  
書いたことの意味は、決して消えない。

机の上の原稿用紙は、少しずつ埋まりはじめていた。  
紙の上には、もうひとつの風が吹いていた。  
終わりを迎えるためではなく、続いていくことを願うための、物語の風だった。
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