転生腐女子、筆一本で大正ロマンを征く!〜美少年よ、吾が筆に舞え〜

中岡 始

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第9章 創作、それは誓い〜“蒼と榊原”完結編

すれ違いの果てに、視線が重なる

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万年筆の先が、原稿用紙の余白に触れた瞬間、ひかるはわずかに手を止めた。

静かすぎる部屋のなか、風籠荘の床板がゆっくりときしむ。  
時折、庭のどこかで小鳥の声がするたびに、何かが胸の奥からこぼれそうになった。

原稿用紙の一行目には、すでに言葉が置かれている。

「視線は交わった。けれど、まだ互いの名を呼んではいなかった。」

ひかるはその行を見つめる。  
蒼と榊原――  
これまでずっと、ふたりの「距離」を描いてきた。  
見つめること、沈黙すること、背中を見送ること。  
語らないことが、彼らの関係を成り立たせていた。

けれど、今ここで描こうとしているのは、その距離を越えていく瞬間だった。

ふたりは再会しない。  
再会するという言葉では足りない。  
ひかるが描きたいのは、再び出会うことではなく、「選び合う」こと。

それは、声に出さなくてもできること。  
時間をかけて、ゆっくりと、言葉のないままに「選び合う」ふたりのありよう。

ひかるは机の脇に置いてあったスケッチ帳を開いた。  
最初に蒼の後ろ姿を描いた、あのページ。  
榊原の指先、伏し目がちな横顔、視線の角度――  
すべてが、自分の中にあった「萌えの核」だった。

あの頃は、ただ愛でることしかできなかった。  
けれど、いま、ひかるは彼らを「生きさせたい」と思っていた。  
彼らに未来を与えたい。  
その未来は、明確な約束でも、劇的な展開でもない。

ただ、お互いの存在を、肯定し合うだけの時間。

彼らがその場に立ち、同じものを見て、同じ風を受けている。  
それだけで、充分なのだと信じられるほどに、ふたりの関係は成熟していた。

ペン先が再び動く。

「わたしが彼らを信じなければ、この先の関係は存在しない」  
その想いが、紙の上に重ねられていく言葉に宿っていく。

蒼の描写は、以前よりも柔らかい。  
榊原の動きは、少しだけためらいを含んでいる。  
その微細な変化を書き留めながら、ひかるは気づく。

自分は、今までこのふたりに支えられてきた。  
眠れない夜も、不安な朝も、ふたりの世界を想像することで、心をつないできた。  
同人誌を作っていた頃の仲間たちとの時間、  
手紙をくれた読者のまなざし――  
そのすべてが、この物語の礎だった。

ひかるは一度筆を止めて、引き出しの奥にしまっていた古い手紙の束を取り出す。  
あの「少女文藝帳」に載った最初の作品への、無記名の感想。  
「これは恋とは呼べない。でも、尊いと感じました」  
あの一文が、今も胸に残っている。

それから、すずえの手紙。  
「いつかあんたが描くふたりの最期が、幸せでありますように」  
茶目っ気の中に、確かな愛があった。

深町の詩、挿絵、小田切の論考。  
みんな、ひかるの蒼と榊原を一緒に育ててくれた同志だった。

書くことは、たったひとりの行為かもしれない。  
けれど、その物語を読み、語ってくれる誰かがいる限り、それは孤独ではなかった。

だから、書ける。

これは、わたし自身の誓いでもある。

彼らが歩んできた時間に、わたしは寄り添ってきた。  
そして、今ここに、「これから」を描くということは、  
この関係が終わるのではなく、  
“終わらない関係として肯定する”ことだ。

物語は、クライマックスへと進んでいく。

ひかるの筆は、蒼の視線を描く。  
榊原が、どこまでも真っ直ぐにそれを受け止める。  
たったそれだけで、ふたりの間に初めて「対等」が生まれる。

台詞は、ほんの数行しかない。  
でも、そこにはすべてが込められていた。

原稿用紙の余白が埋まっていくたびに、ひかるの中の何かが静かに輪郭を取り戻していく。  
不安も、迷いも、言葉にしてしまえば、もう恐れることはない。

夜が深まり、窓の外に星がにじむ。  
ひかるは一度ペンを置き、灯りを落とす。

机の上には、原稿用紙と妄想ノート。  
そして、そのあいだに置かれた、小さな写真立てのように立てかけたスケッチ帳。

蒼と榊原。  
言葉にならなかったふたりの関係が、今ここで、はじめて形を結ぼうとしている。

ひかるは静かに目を閉じて、心の中で確かに呟いた。

わたしは、彼らを信じている。  
だから描ける。  
描かずにはいられない。

それが、創作というものなのだ。  
そして、この物語は、誓いとして残る。  
わたしの、彼らへの、そして創作そのものへの。
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