転生腐女子、筆一本で大正ロマンを征く!〜美少年よ、吾が筆に舞え〜

中岡 始

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第9章 創作、それは誓い〜“蒼と榊原”完結編

一行を書ききる、その意味

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夜の静寂の中、ひかるは机に向かっていた。

原稿用紙の束は、もう十分な厚みを持っている。  
ページは積み重なり、物語は確かに終盤に差しかかっている。  
蒼と榊原は再び出会い、互いをまっすぐに見つめ、  
これまでの沈黙を経て、確かな選択を交わそうとしている。

だが、最後の一文だけが、どうしても決まらなかった。

ふたりを歩ませる未来は、もう描けていた。  
けれど、それをどんな言葉で締めくくるべきかが分からない。

愛している――  
その言葉を使うことはできなかった。  
いや、使いたくなかった。

それを言わせてしまえば、あのふたりが背負ってきた沈黙や、  
微細な気配の重なりすら、言葉ひとつに回収されてしまうようで。

榊原の視線、蒼の呼吸、交わらぬ言葉と、それでも共にあった時間。  
それらの全てが、「愛している」の一言に回収されるには、惜しすぎた。

ひかるは万年筆を置いて、額を押さえた。  
いくら考えても、筆が進まない。  
この一文を、どう紡ぐかで、全てが決まってしまうような気がした。

ふたりの未来を明るくしたい。  
でも、光の中に放り出すような描写ではだめだった。

いつものように、机の隅のノートを開いた。  
蒼と榊原の初期構想、妄想の走り書き、深町の挿絵、すずえのコメント、  
あらゆるものがそのページの上に存在していた。

それでも、答えは出なかった。

その翌日、ひかるは春鏡社を訪ねた。  
呼ばれていたわけではない。  
ただ、どうしてもこの迷いを誰かに言葉として伝えたくて、  
そして、言葉にすることで自分の中の何かが変わるのではないかと、どこかで期待していた。

三条は、変わらず静かな応接室に迎えてくれた。

「執筆、順調ですか?」

その問いに、ひかるは正直に首を横に振った。

「最後の一文が書けないんです。  
愛している――って言わせたくなくて。  
でも、それに代わる言葉が出てこない。  
わたし、あのふたりを、どこに着地させてあげればいいのか分からないんです」

三条は少し驚いたような顔をして、それから柔らかく笑った。

「あなたが、言葉を選び続けてきた理由がよく分かる気がします。  
でも……」

彼は一冊の見本誌を手に取り、パラパラとめくりながら言った。

「言葉にしない想いが、読者に伝わると思いますか?」

ひかるは黙って、その問いに向き合った。  
胸の奥に、何かが音を立てた。

「……伝わってほしいとは、思っています」  
ひかるの声は少し震えていた。

「ずっとそういうふうに書いてきました。  
言葉にしないことで、逆に浮かび上がる関係性があるって信じてました。  
でも、それが伝わっていないかもしれないと考えると、  
最後くらい、ちゃんと“言葉にするべきなのか”って、悩んでしまって」

三条は静かに頷いたあと、こう言った。

「でも、あなたがその“言葉にならない想い”を書き続けてきた人ではないですか。  
あなたの文章を読んで、行間に心を揺らす人がこんなにもいる。  
だからこそ、最後の一文にも“語らないこと”の強さが宿ると思うんです。  
きっと、大丈夫です。  
あなたが迷いながら書いた言葉なら、それは読者にも届きますよ」

その言葉を聞いたとき、ひかるの中で何かが静かに収まった。

わたしは、語らなさを書く作家だ。  
それを信じていいのだ。  
語らないことで、確かに何かを届けてきたはずだった。

夜。  
風籠荘の部屋に戻り、再び原稿用紙の前に座る。  
深呼吸を一つ、ふたつ。  
そして、ペンを取った。

原稿の最終ページ。  
あと一行だけが、まだ空白のままだった。

ひかるは、蒼と榊原の姿を想像する。  
互いに向き合うふたり。  
けれど、言葉は交わさない。  
ただ、同じ方向を見ている。

その景色の中に、わたしは未来を託すのだ。

そして、書いた。

「言葉を交わさずとも、彼らは同じ風を見ていた。」

その瞬間、万年筆の音が止まった。  
ひかるは紙面を見つめたまま、ふっと息を吐いた。

胸の中にあったものが、ようやく流れ出していくような、  
それでいて、何かが深く満ちていくような感覚だった。

書けた。

もう何も加える必要はない。  
これで、物語は閉じられる。  
けれど、それは決して終わりではない。  
読む人の中で、ふたりは何度でも出会い、何度でも見つめ合う。

その静けさに、ひかるは身をゆだねた。  
そして、小さく微笑んだ。

その表情は、これまでの創作のどの瞬間よりも、穏やかで静かだった。
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