転生腐女子、筆一本で大正ロマンを征く!〜美少年よ、吾が筆に舞え〜

中岡 始

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第9章 創作、それは誓い〜“蒼と榊原”完結編

物語を渡す、そして残す

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雑誌『言葉の灯』、秋号。  
発売日当日の朝、ひかるは風籠荘の玄関先に積まれた新聞紙にくるまれた献本をそっと開けた。  
少し厚みを増した誌面。  
目を引く金茶色の表紙には、風にそよぐすすきの挿絵があしらわれていた。  
その第一特集に、大きく組まれていたのは――

『連作完結記念・風の誓い 桃野ひかり』

その文字を目にした瞬間、ひかるはしばし息を呑んだ。  
あれほど悩み抜いて書いた物語が、ここにある。  
文字が整い、挿絵が入り、章立てが美しく配されている。  
深町が描いたラストの挿絵は、夕暮れの風の中にたたずむふたりの後ろ姿。  
顔は描かれていない。  
けれど、それでも、誰が誰であるかが分かる。

頁をめくりながら、ひかるは静かに何度も頷いた。  
ここに至るまでの、すべての時間と感情が、今ようやく一つに結ばれたのだと実感できた。

掲載から数日。  
春鏡社を通じて、読者からの感想が次々に届けられはじめた。

「最後まで、言葉にならない想いが流れていた。  
それなのに、なぜか涙が出ました」

「この二人の生き方が、私の支えになります。  
ただそばにいてくれる存在が、人の心を強くすると教えてくれました」

「“何も起きていない”のに、こんなに満たされる物語は初めてです。  
読むたびに、ページの余白から風が吹いてくるようです」

ひかるは、それらの手紙を何度も読み返した。  
一文一文が、自分の書いた物語を、別の誰かが“自分のもの”として受け取っている証だった。  
彼らは今、もうひかるだけの蒼と榊原ではない。  
読者たちの中で生き始めていた。

風籠荘の離れには、久しぶりに“蒼の書”の面々が集まっていた。

「やっぱり雑誌になると、存在感が違うわねえ」  
すずえが誌面をぱらぱらとめくりながら、いたずらっぽく言った。  
「でもさ、いまの流行ってやつが、ちょっと分かる気がするのよ。  
萌えは伝染するのよ。  
これぞ、推しカプ布教の完成形ね」

「わたしの挿絵が、本屋さんで売られてるって、まだ信じられないです……」  
深町が赤ら顔で小さく笑う。  
「でも……彼らの物語が終わったことで、ようやく彼らを“物語の中に”置いておける気がします。  
ずっと追いかけてきたのに、ようやく彼らが帰る場所を見つけたような」

「終わりを与えることで、物語は永遠になる」  
小田切が深く頷いた。  
「読者の心の中で繰り返し再生されるのは、結末を持つ物語だけです。  
あなたは、それをやり遂げた」

彼らの言葉が、ひかるの胸にゆっくりと染みていく。  
同人誌の頃からの仲間たちが、こうして商業誌の読者としても作品を受け取り、さらに“蒼と榊原”を愛し続けてくれている。

すでに、春鏡社の応接室には「蒼と榊原ファンの集い」と名づけられた小さな読者交流会が、自然発生的に生まれていた。  
最初は文藝帳時代からの読者が二人、次いで『言葉の灯』の読者が数名。  
彼らは語った。  
なぜ蒼の沈黙に惹かれたのか。  
榊原の手紙がなぜ胸に残るのか。  
そして、なぜ最後の一文――

「言葉を交わさずとも、彼らは同じ風を見ていた」

――が、彼らの記憶に長く残るのか。

ひかるは、その全てを受け取りながら、ようやく「渡せた」のだと実感した。  
これは、ただの発表ではなかった。  
自分がずっと抱えてきた物語を、誰かの心にそっと置いてきたようなものだった。

そして、それは終わりではなく、別の読者の中でまた始まっていく。  
別の解釈、別の萌え、別の言葉で――。

すずえが言った。

「ひかる。あんたの物語、きっとまだ誰かの中で育ってるよ。  
萌えって、そういうもんだから。  
ひとりで生むものじゃない。  
みんなで膨らませていくものよ」

ひかるは静かに頷いた。

創作とは、誓いだった。  
書き手が、物語を信じ続けるということ。  
そして、それを手渡すことで、誰かがまた自分の物語を歩き出せるようにすること。

机の上には、文藝誌とともに、昔の同人誌『誓い録』が並べられていた。  
装丁も、紙質も、厚みも違う。  
けれど、どちらも“蒼と榊原”の物語だった。  
変わらぬ関係、変わる場所。

最後に小田切が言った。

「作品とは、届けることで完成する。  
そして、“誰かに読まれる”ことで永遠になる。  
あなたの蒼と榊原は、もう誰かの中に在り続けます。  
これからも」

ひかるは、満ちるような静けさの中で微笑んだ。

物語は、終わった。  
けれど、それは消えたのではない。  
今、この手から離れ、世界へと広がっていく。

渡したこと。  
残せたこと。

それが、今の彼女にとって、何より確かな創作の証だった。
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