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番外編3

ひとでなしのこい②

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 実は家康が、この寝室で夫である忠勝と会ったのは今日が初めてなのだ。
 いや、正確には、家康が寝た後に忠勝もこの部屋で寝てはいたようだから、家康の意識がある時には「初めて」という表現が正しいのだが。

 忠勝という男は、とにかく忙しい男だった。

 元々彼の家がやっていた事業を継いだだけでは飽き足らず、それを足掛かりにして新たな商売を始めたところそれが大当たりし、今では幾つもの会社を経営する若き実業家となり、あちこちを飛び回っているようなのである。  
 ようなのであるというのは、家康も忠勝本人から直接聞いたわけではなく、この家に何故だかちょくちょく顔を出してくる、忠勝の幼馴染だとかいう調子のよい優男から聞いた話だからである。
 それだけ忙しい男だから、毎日ほうぼうを飛び回っていて、この家で家康が彼の姿を見たことは数える程しかない。一応、新婚夫婦の寝室は一緒ではあったが、家康が寝る時刻に忠勝が帰宅している事はこれまで一度も無く、また朝も、家康が目覚める頃には、既に忠勝の布団はもぬけの殻、というのが常であった。
 ――これは、彼らの初夜も含めてのことである。
 とにかく、そんな一風変わった新婚生活であったから、夜中に偶然目を覚ました新妻が、同じ部屋の中に未だ殆ど顔を合わせた事のない夫の気配を感じて狼狽えたとしても、それはこの夫婦に限って言えば仕方のないことのようにも思われた。
 暫くぼんやりと、もぬけの殻の布団に目を落としていた家康だったが、やがて顔を上げると小さく首を傾げる。こっそりと床の中を抜けだして、用でも足しに行ったのかと思っていた忠勝が、いつまで経っても戻って来ないのだ。

「何だ、あいつ……。どこに行ったんだ?」

 不審に思った家康が障子を開けて縁側に出てみれば、廊下にも、目の前に広がる広大な庭にも忠勝の姿は無かった。
 きょろきょろと辺りを見回していると、ふと家康の視界の隅にうっすらとした光が過る。
 そうして家康は、庭の木々に埋もれるようにしてひっそりと建っている古めかしい土蔵の二階の窓に、ぼんやりとした灯りが点いているのを、その夜初めて目にしたのであった。 


 その夜以降も、家康の生活は表面上は何も変わらなかった。
 この大きな家で、忠勝とは殆ど顔を合わさず、大勢いる使用人たちとも特に打ち解ける事はなく、ただ時折ばったりと出くわす優男、ちなみに名前は榊原康政というらしい、と軽口を叩きあう以外は孤独な、だが平穏な日々を過ごしていたのだった。
 ただ一つ変わった事があるとすれば、あの夜の出来事を無意識下で意識しているのか、真夜中に目を覚ますことが多くなった。
 そんな時は大抵、隣に敷かれた布団の中に忠勝の姿はなく、稀に忠勝が寝ていることがあっても、あの夜のようにほどなくして布団を抜け出し、そのまま 家康が再び寝入る頃までには一度として戻って来る事はなかった。
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