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青天の霹靂すらも、その思惑に
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サーカルクレ領。
ハプスブルビア王国の辺境に位置する、小さな領邦である。ただし、これは領邦そのものの大きさでは、という話であり、その持てる国としての力は周囲に並ぶ広大な領邦を遥かに凌いでおり、ハプスブルビアを治める王家に近い血筋と言われる大貴族の直轄地として、手厚い庇護も受けている。
川に近い肥沃な土地は、周囲の緊迫した情勢によって行商人たちにとって数少ない自由に行き来できる場所となっており、政争によって疲弊している周囲の領地よりも遥かに豊かな地となっている。また、先の大戦時、大陸全土を巻き込むようなその争いの中で、前領主――アリシアの父であるガイウスは戦局を見極めることによって莫大な財を己のものとし、功績までも手中に収めた。
そのうえ、この地はかねてより鉱脈に恵まれている場所だった。
ハプスブルビアという国によって統一されるより以前には、その類稀なる資源産出力によって領民の生活における充足はもちろんのこと、当時はまだ貴重であった鉄をふんだんに使用した武具の整備によって周囲を威圧することもできており、死病やどこからともなく感じられていた戦禍の気配によって緊迫していた地域にあって、サーカルクレ領は幾分か平和で、安定した暮らしを領民たちは送っていた。
また、その暮らしを支えたのは、道を開放していたことで訪れた多くの行商人の存在だった。
彼らはそれぞれの国から様々な品を持ち込み、時には領主へ献上することによって特例的な待遇を求めることもかつてはあったようだ。
彼らから授けられたものは物品だけではなく、文化や技術といった不定形のものも含まれる。
それによって、近隣地域にはない優れた築城技術や狩猟技術、その他の文化が混ざり合った結果、その長所といえる部分を凝縮した領邦に変わった。鉱山から利用できる鉄鉱石を増やす採掘技術の向上も、彼らによってもたらされたものであることは言うまでもない。
現体制で国土が統一されてからは、戦時の功績や元々の豊かさから、更に躍進していったこの領邦。
その現領主の娘であり、そして現在療養中である彼に代わってサーカルクレ領を治める領主代行・アルシウスの姉でもある少女アリシアは、ふと物憂げに空を見上げた。
「どうしました、姉上?」
政務の手伝いをしている最中に姉が突然深い溜息とともに外を見たことを気にしたのか、アルシウスが声をかけてくる。
「いえ、どうもしないけれど……」
そう言いかけて、首を振る。
「ねぇアルシウス。お父様のご病状はまだよくならないけれど、この先どうしたらいいのかしら?」
彼も薄々察してはいたのだろう、「あぁ」と頷き、まだ幼さの残る顔を曇らせる。
「都市大学から医師も呼んでおりますが、あまり芳しくないようです。テオドールの薬もあまり効いていないようだし……」
頭を抱えるアルシウス。
そこにはもちろん、サーカルクレ領の窮状を思う苦悩も見られたが、その他にも「テオドールが調合した薬でも治らないなんて……」という気持ちがあることは、アリシアには見て取れた。
テオドール。
長年いくつもの領邦を放浪していたらしい出自不明の青年。
2,3年前にこの領邦を訪れたとき、彼はまっすぐに当時はまだ辛うじて政務のできる状態であった領主ガイウスを見据え、言ったのだ。
「ご領主様、私はこの地方を――いいえ、国をよりよい方向へ導きたい! その為に、どうか私をお傍に置いてください!」
その眼には偽りなどない――それがアリシアの心象だった。
そしてその言葉通り、テオドールは騎士として一家に仕え、そして旅先で手にしたという様々な技術や知識によって領民たちの生活を助けてきた。
何より……。
【ある理由】からアリシアはテオドールに恋をしている。
その想いは届いていないが、彼の1番近くにいることができている。そんなもどかしさと仄かな幸福に満ちた日々の中、アリシアは弟ともに領を治めている。
しかし、そんな日々は、唐突に終わった。
アリシアを呼び出したアルシウスの顔は、少しだけ曇っていて。
「姉上。王都に住むシュヴァイツ侯爵家との縁談が、決まりました」
平穏な……【仮初めの】日々は、遂に終わる。
ハプスブルビア王国の辺境に位置する、小さな領邦である。ただし、これは領邦そのものの大きさでは、という話であり、その持てる国としての力は周囲に並ぶ広大な領邦を遥かに凌いでおり、ハプスブルビアを治める王家に近い血筋と言われる大貴族の直轄地として、手厚い庇護も受けている。
川に近い肥沃な土地は、周囲の緊迫した情勢によって行商人たちにとって数少ない自由に行き来できる場所となっており、政争によって疲弊している周囲の領地よりも遥かに豊かな地となっている。また、先の大戦時、大陸全土を巻き込むようなその争いの中で、前領主――アリシアの父であるガイウスは戦局を見極めることによって莫大な財を己のものとし、功績までも手中に収めた。
そのうえ、この地はかねてより鉱脈に恵まれている場所だった。
ハプスブルビアという国によって統一されるより以前には、その類稀なる資源産出力によって領民の生活における充足はもちろんのこと、当時はまだ貴重であった鉄をふんだんに使用した武具の整備によって周囲を威圧することもできており、死病やどこからともなく感じられていた戦禍の気配によって緊迫していた地域にあって、サーカルクレ領は幾分か平和で、安定した暮らしを領民たちは送っていた。
また、その暮らしを支えたのは、道を開放していたことで訪れた多くの行商人の存在だった。
彼らはそれぞれの国から様々な品を持ち込み、時には領主へ献上することによって特例的な待遇を求めることもかつてはあったようだ。
彼らから授けられたものは物品だけではなく、文化や技術といった不定形のものも含まれる。
それによって、近隣地域にはない優れた築城技術や狩猟技術、その他の文化が混ざり合った結果、その長所といえる部分を凝縮した領邦に変わった。鉱山から利用できる鉄鉱石を増やす採掘技術の向上も、彼らによってもたらされたものであることは言うまでもない。
現体制で国土が統一されてからは、戦時の功績や元々の豊かさから、更に躍進していったこの領邦。
その現領主の娘であり、そして現在療養中である彼に代わってサーカルクレ領を治める領主代行・アルシウスの姉でもある少女アリシアは、ふと物憂げに空を見上げた。
「どうしました、姉上?」
政務の手伝いをしている最中に姉が突然深い溜息とともに外を見たことを気にしたのか、アルシウスが声をかけてくる。
「いえ、どうもしないけれど……」
そう言いかけて、首を振る。
「ねぇアルシウス。お父様のご病状はまだよくならないけれど、この先どうしたらいいのかしら?」
彼も薄々察してはいたのだろう、「あぁ」と頷き、まだ幼さの残る顔を曇らせる。
「都市大学から医師も呼んでおりますが、あまり芳しくないようです。テオドールの薬もあまり効いていないようだし……」
頭を抱えるアルシウス。
そこにはもちろん、サーカルクレ領の窮状を思う苦悩も見られたが、その他にも「テオドールが調合した薬でも治らないなんて……」という気持ちがあることは、アリシアには見て取れた。
テオドール。
長年いくつもの領邦を放浪していたらしい出自不明の青年。
2,3年前にこの領邦を訪れたとき、彼はまっすぐに当時はまだ辛うじて政務のできる状態であった領主ガイウスを見据え、言ったのだ。
「ご領主様、私はこの地方を――いいえ、国をよりよい方向へ導きたい! その為に、どうか私をお傍に置いてください!」
その眼には偽りなどない――それがアリシアの心象だった。
そしてその言葉通り、テオドールは騎士として一家に仕え、そして旅先で手にしたという様々な技術や知識によって領民たちの生活を助けてきた。
何より……。
【ある理由】からアリシアはテオドールに恋をしている。
その想いは届いていないが、彼の1番近くにいることができている。そんなもどかしさと仄かな幸福に満ちた日々の中、アリシアは弟ともに領を治めている。
しかし、そんな日々は、唐突に終わった。
アリシアを呼び出したアルシウスの顔は、少しだけ曇っていて。
「姉上。王都に住むシュヴァイツ侯爵家との縁談が、決まりました」
平穏な……【仮初めの】日々は、遂に終わる。
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