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陽光に芽生える
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アリシアの婚礼の日は、刻一刻と近づいていた。
侯爵家からはアリシアの夫となる侯爵その人の肖像画が贈られ、そしてサーカルクレ領からは多額の持参金が必要となった。しかし、これについてはあまり大きな課題とはならなかった。
元々この領邦ではたくさんの鉱物資源が採れ、それを元手にすればかなりの大金を得ることができたのである。
また、その商いのノウハウも、ここを訪れる商人たちから授けられている。
そして、領主代行になったのが生来素直な性格をしているアルシウスであることも、「繋がり」という点でのサーカルクレ領発展に一役買っているのは否定しようのない事実だった。
仕える者たちや、ガイウスとの関わりからここを訪れる学者らの意見も柔軟に取り込んだ政策により、近隣の領邦とも極めて――名君と謳われたものの時に後ろ盾の存在を当てにした強引な面も目立ったガイウスの時代以上に――良好な関係を築けてもいる。
そうして築かれた協力関係は、侯爵家との婚姻で必要な資金を揃えることすら容易にした。
領邦の統合がその“協力関係”の最たるものだろう。
無論、王国の中でも辺境に位置するサーカルクレ領周辺には王都の体制に馴染めずにいる集落もあったが、そした地域以外には交易路を拡大することにも成功している――所々に安定した中継地を設けることで、森にいる獣などによる食料の補給・また狩りを生業とする者にとっても獲物を渡すのと引き換えに調味料など王国内では希少な品々を得るという互いに旨みのある関係を築くと同時に、それがなかったがために足を伸ばせずにいた地域にも物品が行きわたるようにも計らったのである。
これによって、サーカルクレ領の属する地域ではほぼ全ての領邦に優れた物品が渡り、サーカルクレを盟主とする1つの共同体が作られるような流れになり始めてもいる。既に交易面・経済面では徐々に統合が始まっており、いくつもの中小規模領邦によるバックアップの下、持参金は拍子抜けするほど容易く揃えられたのである。
しかし。
日が経つにつれて、アリシア本人の気持ちは沈んでいた。
「アリシア様も、もう侯爵夫人様になられるのですね」
「まさか、こんな辺鄙な場所から大貴族様の仲間入りなんてねぇ」
「小さい頃から見てた子が、遠くに行くと思うと寂しくなるなぁ!」
周りからかけられる、祝福とも哀惜ともとれる言葉。
しかし、まだ自分はここにいる。そんなうちから、どうしていなくなる言葉をかけられなければならないのか、と思わずにはいられなかった。
「きっと、皆は何を言ったらいいかわからないのですよ。アリシア様がここを離れるなど――それも遠く離れた王都への輿入れなど、思ってもみなかったでしょうから」
私室で物憂げな顔をしていたアリシアに、優しく微笑みかけるテオドール。彼の淹れてくれたハーブティーからは、セントジョンズワートの鼻を抜けるようなスッキリした香りがしている。
飲むと、少し苦味はあるものの、決してクセはなく飲みやすい口当たりだった。
それがこのハーブの味なのか、それを淹れた人物――目の前で微笑んでいる青年のおかげなのかは、アリシアにはわからないことだった。
テオドールは、一口飲むその様子を優しげな笑みで見守ってから、口を開く。
「私は、あと少しとなったこの地で、貴女にはたくさんの思い出を作っていただきたいと思っております。思い出の力は強いですから。あの日の貴女が下さった思い出のおかげで、私は……」
「い、いいの! あなたには今があるのだから、それでいい! 過去のことは、ここだけにしておきましょう?」
少し声の調子を落としたテオドールに、慌てて言い繕うアリシア。
過去の話は、2人にとってあまり気持ちのいいものではない。
特に、テオドールにとっては。
彼を傷付けたのでは?
泣きそうな顔になったアリシアに、「構いませんよ」と微笑むテオドール。
「貴女との思い出で生きてこられたと、そう言いたかったのです。時には世界を呪いたくなることもありましたが、今はとても幸せなのですから」
「あぁ、テオ……っ!」
その言葉を受けて、テオドールの胸に飛び込み、そのまま涙を流すアリシア。
その涙には色々なものが混ざっていた。
不用意に過去を思い出させてしまった罪悪感、それでも尚笑ってくれている彼の優しさへの感謝、そんな彼から離れていくことへの苦しさ。
だから、彼の顔を見ることはできなかった。
代わりに、落ち着くまでの数分間、華奢に見えてもやはり大きい手の温もりを背中に感じていた。
数日後、アリシアはサーカルクレ領を発った。
侯爵家からはアリシアの夫となる侯爵その人の肖像画が贈られ、そしてサーカルクレ領からは多額の持参金が必要となった。しかし、これについてはあまり大きな課題とはならなかった。
元々この領邦ではたくさんの鉱物資源が採れ、それを元手にすればかなりの大金を得ることができたのである。
また、その商いのノウハウも、ここを訪れる商人たちから授けられている。
そして、領主代行になったのが生来素直な性格をしているアルシウスであることも、「繋がり」という点でのサーカルクレ領発展に一役買っているのは否定しようのない事実だった。
仕える者たちや、ガイウスとの関わりからここを訪れる学者らの意見も柔軟に取り込んだ政策により、近隣の領邦とも極めて――名君と謳われたものの時に後ろ盾の存在を当てにした強引な面も目立ったガイウスの時代以上に――良好な関係を築けてもいる。
そうして築かれた協力関係は、侯爵家との婚姻で必要な資金を揃えることすら容易にした。
領邦の統合がその“協力関係”の最たるものだろう。
無論、王国の中でも辺境に位置するサーカルクレ領周辺には王都の体制に馴染めずにいる集落もあったが、そした地域以外には交易路を拡大することにも成功している――所々に安定した中継地を設けることで、森にいる獣などによる食料の補給・また狩りを生業とする者にとっても獲物を渡すのと引き換えに調味料など王国内では希少な品々を得るという互いに旨みのある関係を築くと同時に、それがなかったがために足を伸ばせずにいた地域にも物品が行きわたるようにも計らったのである。
これによって、サーカルクレ領の属する地域ではほぼ全ての領邦に優れた物品が渡り、サーカルクレを盟主とする1つの共同体が作られるような流れになり始めてもいる。既に交易面・経済面では徐々に統合が始まっており、いくつもの中小規模領邦によるバックアップの下、持参金は拍子抜けするほど容易く揃えられたのである。
しかし。
日が経つにつれて、アリシア本人の気持ちは沈んでいた。
「アリシア様も、もう侯爵夫人様になられるのですね」
「まさか、こんな辺鄙な場所から大貴族様の仲間入りなんてねぇ」
「小さい頃から見てた子が、遠くに行くと思うと寂しくなるなぁ!」
周りからかけられる、祝福とも哀惜ともとれる言葉。
しかし、まだ自分はここにいる。そんなうちから、どうしていなくなる言葉をかけられなければならないのか、と思わずにはいられなかった。
「きっと、皆は何を言ったらいいかわからないのですよ。アリシア様がここを離れるなど――それも遠く離れた王都への輿入れなど、思ってもみなかったでしょうから」
私室で物憂げな顔をしていたアリシアに、優しく微笑みかけるテオドール。彼の淹れてくれたハーブティーからは、セントジョンズワートの鼻を抜けるようなスッキリした香りがしている。
飲むと、少し苦味はあるものの、決してクセはなく飲みやすい口当たりだった。
それがこのハーブの味なのか、それを淹れた人物――目の前で微笑んでいる青年のおかげなのかは、アリシアにはわからないことだった。
テオドールは、一口飲むその様子を優しげな笑みで見守ってから、口を開く。
「私は、あと少しとなったこの地で、貴女にはたくさんの思い出を作っていただきたいと思っております。思い出の力は強いですから。あの日の貴女が下さった思い出のおかげで、私は……」
「い、いいの! あなたには今があるのだから、それでいい! 過去のことは、ここだけにしておきましょう?」
少し声の調子を落としたテオドールに、慌てて言い繕うアリシア。
過去の話は、2人にとってあまり気持ちのいいものではない。
特に、テオドールにとっては。
彼を傷付けたのでは?
泣きそうな顔になったアリシアに、「構いませんよ」と微笑むテオドール。
「貴女との思い出で生きてこられたと、そう言いたかったのです。時には世界を呪いたくなることもありましたが、今はとても幸せなのですから」
「あぁ、テオ……っ!」
その言葉を受けて、テオドールの胸に飛び込み、そのまま涙を流すアリシア。
その涙には色々なものが混ざっていた。
不用意に過去を思い出させてしまった罪悪感、それでも尚笑ってくれている彼の優しさへの感謝、そんな彼から離れていくことへの苦しさ。
だから、彼の顔を見ることはできなかった。
代わりに、落ち着くまでの数分間、華奢に見えてもやはり大きい手の温もりを背中に感じていた。
数日後、アリシアはサーカルクレ領を発った。
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