Memoria ~復讐の夜想曲は密やかに~

鏡上 怜

文字の大きさ
4 / 12

陽光に芽生える

しおりを挟む
 アリシアの婚礼の日は、刻一刻と近づいていた。
 侯爵家からはアリシアの夫となる侯爵その人の肖像画が贈られ、そしてサーカルクレ領からは多額の持参金が必要となった。しかし、これについてはあまり大きな課題とはならなかった。

 元々この領邦ではたくさんの鉱物資源が採れ、それを元手にすればかなりの大金を得ることができたのである。
 また、その商いのノウハウも、ここを訪れる商人たちから授けられている。
 そして、領主代行になったのが生来素直な性格をしているアルシウスであることも、「繋がり」という点でのサーカルクレ領発展に一役買っているのは否定しようのない事実だった。
 仕える者たちや、ガイウスとの関わりからここを訪れる学者らの意見も柔軟に取り込んだ政策により、近隣の領邦とも極めて――名君と謳われたものの時に後ろ盾の存在を当てにした強引な面も目立ったガイウスの時代以上に――良好な関係を築けてもいる。

 そうして築かれた協力関係は、侯爵家との婚姻で必要な資金を揃えることすら容易にした。
 領邦の統合がその“協力関係”の最たるものだろう。

 無論、王国の中でも辺境に位置するサーカルクレ領周辺には王都の体制に馴染めずにいる集落もあったが、そした地域以外には交易路を拡大することにも成功している――所々に安定した中継地を設けることで、森にいる獣などによる食料の補給・また狩りを生業とする者にとっても獲物を渡すのと引き換えに調味料など王国内では希少な品々を得るという互いに旨みのある関係を築くと同時に、それがなかったがために足を伸ばせずにいた地域にも物品が行きわたるようにも計らったのである。
 これによって、サーカルクレ領の属する地域ではほぼ全ての領邦に優れた物品が渡り、サーカルクレを盟主とする1つの共同体が作られるような流れになり始めてもいる。既に交易面・経済面では徐々に統合が始まっており、いくつもの中小規模領邦によるバックアップの下、持参金は拍子抜けするほど容易く揃えられたのである。

 しかし。
 日が経つにつれて、アリシア本人の気持ちは沈んでいた。
「アリシア様も、もう侯爵夫人様になられるのですね」
「まさか、こんな辺鄙へんぴな場所から大貴族様の仲間入りなんてねぇ」
「小さい頃から見てた子が、遠くに行くと思うと寂しくなるなぁ!」
 周りからかけられる、祝福とも哀惜ともとれる言葉。
 しかし、まだ自分はここにいる。そんなうちから、どうしていなくなる言葉をかけられなければならないのか、と思わずにはいられなかった。

「きっと、皆は何を言ったらいいかわからないのですよ。アリシア様がここを離れるなど――それも遠く離れた王都への輿入れなど、思ってもみなかったでしょうから」

 私室で物憂げな顔をしていたアリシアに、優しく微笑みかけるテオドール。彼の淹れてくれたハーブティーからは、セントジョンズワートの鼻を抜けるようなスッキリした香りがしている。
 飲むと、少し苦味はあるものの、決してクセはなく飲みやすい口当たりだった。
 それがこのハーブの味なのか、それを淹れた人物――目の前で微笑んでいる青年のおかげなのかは、アリシアにはわからないことだった。
 テオドールは、一口飲むその様子を優しげな笑みで見守ってから、口を開く。
「私は、あと少しとなったこの地で、貴女にはたくさんの思い出を作っていただきたいと思っております。思い出の力は強いですから。あの日の貴女が下さった思い出のおかげで、私は……」
「い、いいの! あなたには今があるのだから、それでいい! 過去のことは、ここだけにしておきましょう?」
  少し声の調子を落としたテオドールに、慌てて言い繕うアリシア。
 の話は、2人にとってあまり気持ちのいいものではない。
 特に、テオドールにとっては。
 彼を傷付けたのでは?
 泣きそうな顔になったアリシアに、「構いませんよ」と微笑むテオドール。

「貴女との思い出で生きてこられたと、そう言いたかったのです。時には世界を呪いたくなることもありましたが、今はとても幸せなのですから」
「あぁ、テオ……っ!」

 その言葉を受けて、テオドールの胸に飛び込み、そのまま涙を流すアリシア。
 その涙には色々なものが混ざっていた。
 不用意に過去を思い出させてしまった罪悪感、それでも尚笑ってくれている彼の優しさへの感謝、そんな彼から離れていくことへの苦しさ。
 だから、彼の顔を見ることはできなかった。
 代わりに、落ち着くまでの数分間、華奢に見えてもやはり大きい手の温もりを背中に感じていた。

 数日後、アリシアはサーカルクレ領を発った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完】はしたないですけど言わせてください……ざまぁみろ!

咲貴
恋愛
招かれてもいないお茶会に現れた妹。 あぁ、貴女が着ているドレスは……。

明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。

四季
恋愛
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

処理中です...