【完結】それより俺は、もっとあなたとキスがしたい

佑々木(うさぎ)

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ep.09 言ったら最後

(1)

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 週明け月曜日、出社すると吉田は深刻な顔で俺に近付いてきた。
 こんな顔をするのは、滅多にないことだ。

「どうした? 何かあったのか?」

 俺が聞くと、怒ったように目を吊り上げ、眉根を寄せる。

「何かあったかじゃねえよ! お前さ、木曜日に行ったきり、電話もしてこなかっただろ」
「……あ、そうだった」

 そういえば、美浜には知らせていたが、それ以外には誰にもまだ言っていない。
 契約した本数は非公開でも、成立したかどうかくらいは伝えられたはずだ。

「悪かったよ。とりあえず、俺からはまだ言えない。察してくれ」

 すると、吉田はまじまじと俺の顔を見て、ポンと肩を叩いた。

「了解。察したよ。お疲れ」

 本当に察したのか、これじゃあわからない。
 だが、こっちから突っ込んで聞けば藪蛇だ。
 俺はそれ以上、その件について話すのはやめにした。

「それより、こっちはどうなったんだ?」
「サクラから追加注文が入ったよ。前回の5倍だってさ」

 サクラというのは、コンビニチェーンの大手だ
 首都圏を中心に展開していて、契約はしたものの前回受注の際には渋っていた。
 最初の発注で売れ行きがあまり良くないこともあり、追加注文はないかと思っていた。そこに吉田はもう一度訪ねていき、再発注を促したらしい。

「やっぱり別行動にして良かったな」
「うん、オレもそう思う」

 その後も、いなかった時の話を聞き、ミーティングの時間ギリギリまで、今週の計画を立てていった。
 時間になって、慌ててミーティングルームに行ったものの、なぜか中はざわついていた。
 何が起きたのかと思っていると、仲本が一人で現れた。そして、ドアが閉まり、美浜の欠席を知らされる。
 ミーティングルーム内は始まってからもざわついていた。
 美浜の欠席について憶測が飛び交っていて、ひそひそと喋る声が聞こえてきた。

「もしかしてもう、からり晴れに見切りをつけたのかな」
「次の商品の開発で忙しいのかも」

 そんなはずはない。
 俺には心当たりがあった。
 今頃美浜は、八田と話し合っているのだろう。

 ランピックホテルとの契約を機に、このプロジェクトはまた大きな節目を迎える。
 スーパーマウンテンとからり晴れ。
 両方に使われているホップ、KAGURA。
 それが増産できるかどうかで、からり晴れの今後が決まる。

 大阪のホテルの売り上げが、追い風になればいい。
 これだけ発注される未来のある商品を、さすがの八田も無視できないはずだ。
 俺は仲本の話を聞きながら、心の中ではずっと美浜のことを考えていた。
 俺がやれることはここまでだ。
 美浜なら必ず上層部と渡り合ってくれる。
 そう信じている。

 美浜は多くは語らないが、それでも俺にはわかる。
 からり晴れについて語る表情や、契約について連絡した際の声、大阪まで来た時のあの姿。
 美浜は誰よりも真剣で、からり晴れに全力を注いでいる。
 だからこそ、当初あんなに営業部に対して当たりが強かったんだろう。

 からり晴れには商品力がある。
 それなのになぜここまで逆風にさらされているのか。
 きっと、 忸怩じくじたる思いを抱いていたに違いない。
 美浜の言うことは、何一つ間違いではなかった。
 ただその印象だけで、こっちが頑なに美浜の言い分を受け入れなかっただけだ。
 俺は、ミーティングが終わったところで席を立ち、吉田と一緒に外回りに出かけた。

「ここが正念場だな」

 常にないほどに真剣な声で吉田は言った。

「ああ、今日も誠心誠意、勤しみますか」

 俺はそう言って、吉田に負けない強さで背中を叩き、最初の営業先に向かった。



 その日は、朝から雲一つない青空で、コートがいらなく思える陽気だった。
 俺は、吉田と別れてスーパーの店舗を回り、最近の状況について聞いていた。

「できれば、もっと大きな 什器じゅうきを貸してもらいたいんですよね」
「たしかに、売り場面積から考えると、これでは小さいですね」

 スーパーのディスプレイに付いて店長と話し、俺は事務所を出た。
 そして、遅めの昼飯を食べに駅前を歩いていた時だ。
 俺のスマートフォンに、電話がかかってきた。

 ポケットから取り出して見てみると、画面には美浜の名前が表示されている。
 慌てて出ると、「一ノ瀬か」と確認された。

「はい、そうです」

 何かあったのかと問う前に、美浜は落ち着いた声で言った。

「KAGURAの増産が決まった」

 俺は、すぐに頭では理解できたが、実感が湧いてこなくて何も言えない。

「一ノ瀬? 聞こえているか?」

 黙り込む俺に、美浜は不審に思ったのだろう。
 俺はそこで、ようやく感情が追い付いた。

「──良かった」
「ああ、良かったな」

 それ以上、俺からは何も言えなかった。
 そこから美浜は、いくつか指示を出してきて、俺はメモを取りながら聞いた。

「わかりました。吉田にもそう伝えます」
「よろしく頼む」

 そして、あとは電話を切るだけという時に、俺は意を決して告げた。

「美浜さん、金曜日ですが。もう、俺は行きません」

 すると、電話の向こうで息を呑む気配がする。
 だが、それだけだ。
 美浜はそれに対して何も言おうとはしない。
 だから俺は、さらに続けた。

「こんな時に言うことではないですが、どうしても今言わないと──」
「一ノ瀬、会って話したい」
「無理です。会えば俺は」

 きっと、決心を くつがえしてしまう。
 今でさえ、こんなに胸が痛いのに、美浜を前にして言えるわけがない。
 すると、美浜は一度言葉を切り、数秒後に尋ねてきた。

「理由くらい、言ったらどうだ」

 厳しい声に、俺は黙っていられなくなった。

「俺は……あなたが、好きなんです」

 通話口から、音が何もしなくなる。
 美浜は何も言おうとせず、二人の間に沈黙が降りた。
 俺は、美浜が言う前に続けた。

「また、月曜日に」
「一ノ瀬」

 通話を切る瞬間に、美浜が俺の名前を呼ぶ声がした。
 だが俺は、待つことなく通話を終わらせる。

 なぜ、好きだなんて言ってしまったのか。
 既に後悔し始めていたが、結果的に良かったのかもしれない。
 美浜はきっと、俺の行動の理由を理解したはずだ。
 それならもう、向こうから連絡してくることもない。

 俺はポケットにスマートフォンをしまい、電車に乗って次の営業先に向かった。
 夕方近くになって、空腹を感じたところで気付いた。
 あれから、取引先を回っていて、昼飯を食べていない。
 美浜と話したことで、すっかり忘れてしまっていたらしい。
 俺は、チェーンのカフェに入って、コーヒーとサンドイッチを頼んだ。
 そういえば、美浜とも何度もコーヒーを飲んだ。
 俺は、薄いコーヒーを飲みながら、ホテルで初めて迎えた朝のことを思い返していた。

 ──「来週もここで、コーヒーを飲まないか?」

 美浜はどういうつもりで、あんなことを言ったんだろう。
 男同士でしたことはなかったと言っていたのに。
 だが、そんなこと、今更聞けない。
 
 俺は、サンドイッチを食べ切り、コーヒーを飲み終わると、返却口に置いてから店を出た。
 このあとは、会社に戻ってデスクワークだ。
 長門課長がいるうちに、相談したいこともある。
 俺は、手に持っていたコートを羽織り、カバンを持ち直して会社に帰った。
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