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ep.01 とりあえずコーヒーでも
(2)
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飲み会は嫌いだ。
ストレス発散になるからと誘われて仕方なく出席したが、結局まったく楽しめていない。酒自体は嫌いじゃない。むしろ、大好きだし強い方だ。種類は何でもいい。ビールでもワインでも、ウイスキーでも何なら梅酒でも。
だが、酔うのは好きじゃない。
酒と同じ美味しさで、酔わずに済むならそれに越したことはないと考えている。
「おい、ちゃんと飲んでるか?」
席を立って喫煙所でタバコを吸っていると、吉田が現れた。
「お前より飲んでいるよ」
じろりと睨めば、相手は顔を真っ赤にしてニヤケ面だ。
どうやら、隣に座った看護師と打ち解けて、相当嬉しいらしい。
「一ノ瀬は、ほんと酔わないよな」
そして、バシバシと背中を叩いて続ける。
「酒を飲んで酔わないなんて、肉球のない猫と遊ぶようなものだろ」
「なんだそれ」
俺は、猫の肉球をよく見たこともなければ、触ったこともない。だから、肉球のある猫の良さもわからないわけで。吉田の考えは肯定も否定もしない、というかできない。
「悪い、俺帰るわ」
カバンから財布を出して「いくらだ」と聞くと、すっと指を三本立てた。
思ったより安いと思いながら3千円手渡すと、一瞬目を見開いてから笑う。
「学生の居酒屋じゃないんだぜ。3万だよ、3万」
「……は? 嘘だろ」
にわかに信じられなかったが、吉田はうんうんと頷いて、手をちょいちょいと動かす。仕方なく3万払ったが、どうも腑に落ちない。
「こういうとこではさ、大体男が全額払うの」
「それ、先に言え」
わかっていたら、最初から飲みには来なかった。
だが、もう参加してしまった以上、どうしようもない。
俺は、そこで吉田と別れて、店を出た。
確かに酒はうまかった。
酒をよく飲む俺でも、心底美味しい酒に出会うのはなかなか難しい。
北海道に新しく出来た酒造メーカーらしく、米と水がいいのか後味までいい。あとで個人的に通販して、部屋で飲みたいと思ったくらいだ。
でも、それは最初の店で飲んだ酒だ。
そこから、二次会、三次会と場所を変えていくうちに酒の質は下がっていき、出てくる料理もイマイチだった。こんなことなら、一次会で帰っておくべきだった。
俺は、空を見上げて白い息を吐いた。
「ったく、どこだよここは!」
飲み始めた店からかなり離れたのは覚えているが、幹事に任せていたせいで場所がよくわからない。とりあえず今出た店の名前を検索して、自分のマンションからの位置を調べてみる。
「えっと? 直線距離で……40キロ!? は……?」
これではどうやっても歩いては帰れない。歩けたとしても、夜明けになるんじゃないのか? せめて最寄りの駅までにしようと、歩きながら調べてみたが、そっちはもう終電の時間が過ぎている。
「……詰んだな」
どう考えても帰れそうにない。帰宅難民というやつか。
タクシーで帰ることも考えたが、そんな贅沢はできない。
なんせ、さっき3万払ったばかりだ。
ホテルに泊まれば、少しは安上がりだろうか。
ぶつぶつ悪態を吐きながら、とにかく足を動かす。
少しでも家に近づこうと、方向だけは間違えないようにする。
そうして、30分ほど歩いたところだろうか。
俺は、薄暗いバス停の前に座る人物に気がついた。
最初は、ただのシルエットでしかなかった。街灯に照らされて、項垂れた人間であることはすぐにわかった。それから、少しずつ歩いていくにつれて、スーツを着た男であることも見て取れた。
チャコールグレイのコートをベンチの上に置き、男はスーツの上下だけの格好で座っている。風に吹かれて、前髪が揺れるのが見えるようになったところで、俺はピタリと足を止めた。腕を組んで俯く顔には、見覚えがある。
毎週の定例ミーティングで、俺の売り上げ報告に文句を言い、先日は差し出した書類を長机に放り投げた男だ。
『何だ、この数字は。話にならないな』
フンと鼻で笑い、立ち上がって書類ケースを手に会議室を出ていった。
そいつの顔を、忘れられるわけがない
「……美浜、部長」
ベンチに座っていたのは、うちの会社の商品開発部の部長である美浜だった。
弱みなんてあるのかと思わせるほどに、いつだって高慢で鼻持ちならない。
これまで他人に虐げられたことも、劣等感を抱いたこともなさそうな、完璧なエリート。
そんなパーフェクト人間が、今この古びた人気のないバス停のベンチで居眠りをしている。──あり得ない。
俺は、何も見なかったと、くるりと踵を返して一度は立ち去ろうとした。だが、これではマンションと逆方向だ。余計に遠ざかってしまう。せっかくここまで歩いてきたのが台無しだ。
俺は、仕方なくそろそろと部長の前を歩いて通り過ぎて行こうとした。
ストレス発散になるからと誘われて仕方なく出席したが、結局まったく楽しめていない。酒自体は嫌いじゃない。むしろ、大好きだし強い方だ。種類は何でもいい。ビールでもワインでも、ウイスキーでも何なら梅酒でも。
だが、酔うのは好きじゃない。
酒と同じ美味しさで、酔わずに済むならそれに越したことはないと考えている。
「おい、ちゃんと飲んでるか?」
席を立って喫煙所でタバコを吸っていると、吉田が現れた。
「お前より飲んでいるよ」
じろりと睨めば、相手は顔を真っ赤にしてニヤケ面だ。
どうやら、隣に座った看護師と打ち解けて、相当嬉しいらしい。
「一ノ瀬は、ほんと酔わないよな」
そして、バシバシと背中を叩いて続ける。
「酒を飲んで酔わないなんて、肉球のない猫と遊ぶようなものだろ」
「なんだそれ」
俺は、猫の肉球をよく見たこともなければ、触ったこともない。だから、肉球のある猫の良さもわからないわけで。吉田の考えは肯定も否定もしない、というかできない。
「悪い、俺帰るわ」
カバンから財布を出して「いくらだ」と聞くと、すっと指を三本立てた。
思ったより安いと思いながら3千円手渡すと、一瞬目を見開いてから笑う。
「学生の居酒屋じゃないんだぜ。3万だよ、3万」
「……は? 嘘だろ」
にわかに信じられなかったが、吉田はうんうんと頷いて、手をちょいちょいと動かす。仕方なく3万払ったが、どうも腑に落ちない。
「こういうとこではさ、大体男が全額払うの」
「それ、先に言え」
わかっていたら、最初から飲みには来なかった。
だが、もう参加してしまった以上、どうしようもない。
俺は、そこで吉田と別れて、店を出た。
確かに酒はうまかった。
酒をよく飲む俺でも、心底美味しい酒に出会うのはなかなか難しい。
北海道に新しく出来た酒造メーカーらしく、米と水がいいのか後味までいい。あとで個人的に通販して、部屋で飲みたいと思ったくらいだ。
でも、それは最初の店で飲んだ酒だ。
そこから、二次会、三次会と場所を変えていくうちに酒の質は下がっていき、出てくる料理もイマイチだった。こんなことなら、一次会で帰っておくべきだった。
俺は、空を見上げて白い息を吐いた。
「ったく、どこだよここは!」
飲み始めた店からかなり離れたのは覚えているが、幹事に任せていたせいで場所がよくわからない。とりあえず今出た店の名前を検索して、自分のマンションからの位置を調べてみる。
「えっと? 直線距離で……40キロ!? は……?」
これではどうやっても歩いては帰れない。歩けたとしても、夜明けになるんじゃないのか? せめて最寄りの駅までにしようと、歩きながら調べてみたが、そっちはもう終電の時間が過ぎている。
「……詰んだな」
どう考えても帰れそうにない。帰宅難民というやつか。
タクシーで帰ることも考えたが、そんな贅沢はできない。
なんせ、さっき3万払ったばかりだ。
ホテルに泊まれば、少しは安上がりだろうか。
ぶつぶつ悪態を吐きながら、とにかく足を動かす。
少しでも家に近づこうと、方向だけは間違えないようにする。
そうして、30分ほど歩いたところだろうか。
俺は、薄暗いバス停の前に座る人物に気がついた。
最初は、ただのシルエットでしかなかった。街灯に照らされて、項垂れた人間であることはすぐにわかった。それから、少しずつ歩いていくにつれて、スーツを着た男であることも見て取れた。
チャコールグレイのコートをベンチの上に置き、男はスーツの上下だけの格好で座っている。風に吹かれて、前髪が揺れるのが見えるようになったところで、俺はピタリと足を止めた。腕を組んで俯く顔には、見覚えがある。
毎週の定例ミーティングで、俺の売り上げ報告に文句を言い、先日は差し出した書類を長机に放り投げた男だ。
『何だ、この数字は。話にならないな』
フンと鼻で笑い、立ち上がって書類ケースを手に会議室を出ていった。
そいつの顔を、忘れられるわけがない
「……美浜、部長」
ベンチに座っていたのは、うちの会社の商品開発部の部長である美浜だった。
弱みなんてあるのかと思わせるほどに、いつだって高慢で鼻持ちならない。
これまで他人に虐げられたことも、劣等感を抱いたこともなさそうな、完璧なエリート。
そんなパーフェクト人間が、今この古びた人気のないバス停のベンチで居眠りをしている。──あり得ない。
俺は、何も見なかったと、くるりと踵を返して一度は立ち去ろうとした。だが、これではマンションと逆方向だ。余計に遠ざかってしまう。せっかくここまで歩いてきたのが台無しだ。
俺は、仕方なくそろそろと部長の前を歩いて通り過ぎて行こうとした。
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