【完結】乙女ゲームの女主人公の兄なので、ちょっと僕を狙わないでもらえますか?

佑々木(うさぎ)

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第四章 未知

海の魔法

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 バッヘム城は、高い塔を有する優美な白い建物だった。
 ガラス窓がたくさん嵌め込まれていて、陽光に輝いている。
 中央の屋根にはためいている旗には、国旗とはまた違う紋章が描かれていた。
 きっとあれが、アインハルト独自の紋章なんだろう。
 
 城の中に入ると、入り口傍にあるテラスにイェレミーとデュークがいた。
 窓から庭を眺めながらゆったり寛げるスペースのようで、二人ともチェアに座って話していた。僕たちの到着に気付くと、イェレミーは立ち上がって近付いてくる。

「待っていたよ。ようこそバッヘム城へ」
「それは、俺の台詞のはずなんだが」

 アインハルトの言葉にイェレミーはくすりと笑う。
 僕たちが挨拶を交わしている間に、城の人が荷物を下ろしてくれていた。

「部屋は一人ずつあるそうだ。案内させるからついてきてくれ」

 ぼくたちはぞろぞろと城の中を歩き、それぞれの部屋を確認する。
 浴室は各階にあるということで、その使い方も教わった。

「アルフォンス・オーベリン様がご到着でございます」

 アルフォンス、と言われて一瞬誰のことかわからなかったが、先生のファーストネームのようだ。

 城の一階に下りると、オーベリン先生は右手を軽く上げる。

「闘技場を確認してきたんだ。そこを使うのもいいが、せっかくだ。海での訓練も行うとしよう」
「え! いいんですか!?」

 嬉しそうに聞き返したのはセレスだ。
 海辺にある城とはいえ、海に行ける可能性はないだろうと思っていた。
 遊びに来たわけではなく、先生まで来るとなると、闘技場に籠もりっきりになるに違いないと予測していた。

 城の裏手に回ると、そこからは遮るものなく海が一望できた。
 波が穏やかに沖から浜へと寄り、満ち引きに応じて砂の音がしている。
 僕たちは、木造りの階段を使って海へと降りた。

「わー! 海!! ひろーい!」
「危ないですわよ、セレス。足元も見ないと」

 エメラルドグリーンの海は、遠浅になっていて、遥か遠くまで歩いて行けそうに見えた。
 海面の下で泳ぐ魚の姿が確認できるほどに透明度が高い。
 セレスは靴を脱いで、躊躇することなく海の中へと入っていく。
 ベアトリスも、セレスに続いて海水に足を入れた。

「土属性が使えたら、砂も利用できただろう」

 ぽつりと呟く声を耳で拾い、僕は顔を向けた。
 風になびく銀色の髪を押さえ、足先で砂を弄る。
 そして、顔を上げて、眩しい水の照り返しに銀色の目を細めた。
 陽に焼くには惜しいほどの白い肌は、日差しのせいか、いつもより少し上気している。

 半袖シャツから覗く上腕に目を奪われていると、砂を踏み締める音がした。
 振り返った先にはイェレミーがいて、長いプラチナブロンドをひとまとめに結わえながら歩み寄った。

「イェレミーさんは、砂が使えますか?」

 どの属性が使えるかはっきりわからないが、もしかしたらと思い聞いてみると、不敵な顔で笑う。

「どっちだと思う?」

 聞き返されて、僕はそのヴァイオレットの瞳の奥を探る。

「ええと……使えます」
「だといいね」

 どちらにも取れる言い方をして、イェレミーは僕を追い越して波打ち際に向かう。
 僕は、イェレミーの底知れなさをまた感じて、うーんと唸った。

 エドゼル学長より年上かもしれないという話は、真実なのかもしれない。
 僕程度の経験値では、測り知るのは難しい。
 それにしては、10代にしか見えない。──その瞳を除いては。

「冷たいっ!」
「氷なのだから、冷たいに決まっている」
「もうちょっと海を堪能させて!」
「十分堪能しただろう」

 セレスとアインハルトは訓練を始め、海水を氷に変えている。
 ベアトリスは、その傍に立ち、風で飛ばされそうになった大きな帽子を片手で押さえて笑っていた。
 
「海水だと上手く行かないものだな」

 デュークは膝まで海に浸かり、魔力を水に流して感触を確かめているようだ。
 開襟シャツは濡れたせいで透けていて、身体のラインがはっきり見えている。
 だが、本人は特に気にした様子もなく、何度も海水で矢を作り出そうとしていた。

 やがて、アインハルトとセレスが、模擬戦をやり出した。
 
「きゃっ!」

 セレスが、砂に足を取られて転び、頭から海水を被ったようだ。
 潮水に噎せるセレスの背中を、ベアトリスが撫でて介抱してあげている。

「セレスが心配か?」

 海にくるぶしまで入ったものの、それ以上は進まずに見ていた僕に、珍しくデュークの方から声を掛けてきた。いつの間にか濡れたシャツは脱いだようで、素肌に薄い上着を羽織っている。
 引き締まった腹筋が目に留まり、顔が熱くなる。
 不自然にならないように目を逸らし、遠くにいるセレスに視線を向けた。

「セレスの方が、いつだって心配する側だと思います」

 セレスにとっては、僕は頼りない兄だろう。
 そう思って答えると、デュークが微かに笑う気配がした。

「仲が良い」

 いつもより柔らかな声に僕は付け加えた。

「双子というのもあるのかもしれません」

 歳の差がない分、普通の兄弟以上にお互い遠慮がない。
 すると、間を置いてデュークは言う。

「双子でも、仲が良いとは限らない」

 その一言にハッとした。
 セレスが言っていたじゃないか。
 二人で話していることに気を取られて、つい配慮が足りないことを言ってしまった。

「私には、5つ年上の兄がいる。──双子なんだ」

 そして、濡れた前髪を撫でつけて、水平線の向こうを見るような遠い目をした。

「君たちとは違い、外見は良く似ている。私からすると、内面にも共通点はあると思えるのだが。だからこそ、嫌悪し合うのかもしれない」

 僕は口を挟まず、デュークの横顔を見た。
 冴えた眼差しに反して、表情が曇っている。
 兄二人に、デュークが心を寄せているのがわかる、憂いを帯びた表情だ。
 きっと、これまで幾度も、歯がゆい思いをしてきたんだろう。

「兄たちも、学生時代は仲が良かったと聞く」

 僕はその言葉を聞いて、初めて問いを挟んだ。

「お兄さんも、フォーシュリンド王国に留学していたんですか?」
「いや、留学したのは私だけだ」

 セレスとアインハルトが水魔法で戦っている音が邪魔をして、話が途切れた。
 これで話はおしまいだろうと思っていると、音が止んだところでデュークは続ける。

「兄とは母が違う。私の母はフォーシュリンドの人だった。だから、私にだけ魔力が発現したんだ」

 フォーシュリンドの民のほとんどに、魔力が発現する。
 だが、他国の民の間では、かなり珍しいことだとゲームでも言われていた。
 だから、このグリューン魔法学院に、遠方からわざわざ留学してくる生徒がいる。
 デュークもそうなのだろうかと思っていると、僕の心を読んだかのようにこちらを向いて付け加えた。

「母の国だから、一度は来てみたかった」

 それが、この国に来た理由の一つでもあるのか。
 僕はそこで、デュークに問いかけた。

「デューク王子には、この国はどう見えていますか?」
「──まだ、わからない」

 デュークは慎重に答えてから、微かに自嘲の笑みを浮かべる。
 
「アインハルトくらい、わかりやすければな」

 それは、現国王のことだろうか。
 そう感じたけれど、僕からそれ以上問うことはしなかった。

 海での授業は夕暮れ時まで続き、僕は心の中で、この合宿を提案してくれたアインハルトに感謝した。
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