【完結】乙女ゲームの女主人公の兄なので、ちょっと僕を狙わないでもらえますか?

佑々木(うさぎ)

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第五章 人質

旅路の果てに

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 馬の蹄の音で目を覚ますと、デュークは先に起きて身構えていた。
 やがて人の声も聞こえてきて、さっと緊張が走る。

「デューク!」
「デューク殿下!」

 聞き覚えのある声を耳にして、僕はホッと胸を撫で下ろした。

「僕が引き上げます。掴まってください」

 デュークが僕を抱き締めてきて、掴まるとはそういう意味じゃないと反論したくなった。
 だが、そんな猶予はないと思い直し、僕は風魔法で谷の上まで飛ぶ。

 僕たちの出現に兵士はざわつき、ルドビークでさえ驚きに目を見開いている。
 状況を手短に説明すると、黙って相槌を打って聞き、最後に眉を下げた。

「我々が必死に捜索している間、そのような不埒な真似をしていたとはな」
「不埒な真似などしていない」

 即座にデュークは否定したが、当たらずとも遠からず、だ。
 不埒な一夜でなかったかと問われれば、僕は返答に窮するだろう。

 周囲には、ルドビークの姿だけで、ルカーシュはいないようだ。

「ルカーシュは、今事態の収束に当たっている」

 こんな場所に、王子が3人も揃ったら危険極まりない。
 奇襲をかけられたら終わりだ。

 今回の事件の首謀者であるシュミット侯爵は、次の宰相になるはずだったという。
 そんな重鎮の謀となれば、王侯貴族たちの動揺も計り知れない。
 こればかりは、秘密裏に収めることはできないだろう。
 それに、炙りだしたということは、裏で暗躍していた者がまだ多くいるはずだ。
 事前に防げたとはいえ、王太子暗殺を企てたのは重罪だ。
 事態がすべて収まるには、まだ混乱と波紋が付きまとうに違いない。

「このまま、フォーシュリンドに向かう。もう、当面の危険はない」

 フォーシュリンドとの国境への出兵が、シュミット侯爵たちの企みであったとわかれば、フォーシュリンド側の誤解も解ける。しかもそれを、第三王子であるデュークが直々に報せに来たとなれば尚更だ。

「わかった。ただ、フォーシュリンド国王と話がついたら帰ってこい。父に会わせたい」

 ルドビークはそこで初めて、父について触れた。
 デュークは、ルドビークの瞳を見つめ返し、慎重に尋ねる。

「父上は、無事なのか?」

 今回の騒動の間、王は一度として顔を見せなかった。
 もしや、双子によって幽閉でもされているのか、と一瞬思いもした。
 だが、双子に接しているうちに、僕はその可能性を消した。
 この王子たちは、自身の親にそんなことをする人じゃない。
 だからこそ、王の不在を余計に不思議に思っていた。

 ルドビークはデュークの問いに、にこやかに答える。

「ああ、ぴんぴんしている。朝食にりんごがあっただろ。あれは父上の果樹園で収穫したりんごだ」
「……果樹園?」

 王城ではなく、果樹園にいるとはどういうことなのか。
 問い返したデュークの肩に、ルドビークは手を乗せて掴んだ。

「話は帰ってからにする。まずは報告に行ってこい」

 そして、ポンと叩いてから顔を引き締める。

「終わったら帰国しろ。第三王子であるお前を、いつまでもフォーシュリンドに貸してやるわけにはいかない」
「わかっている」

 終わったら。
 ということは、ゆくゆくはデュークはアルヴェストに帰るつもりでいるのか。
 そんな当たり前のことに、今まで考えがいかなかったなんて。
 ずきりと胸が痛み、まだ別れたわけではないというのに激しい喪失感に襲われる。

「帰ろう。フォーシュリンドへ」
「はい、デューク王子」

 僕の答えに、デュークは一瞬目を瞠り、次いで仕方がないとでも言いたげに苦笑した。
 そういえば、王子という敬称はやめてほしいと言われていたっけ。
 でも今は、そんなことを考える余裕もなかった。
 
 デュークが、アルヴェスト王国に戻ってしまう。
 僕は痛む胸を押さえ、馬車に乗り込んで国境を渡った。


 王都に着いた朝、僕たちは一度、宿を借りて着替えをした。
 足のケガも治癒魔法で治し、僕はホッと安堵した。
 こんなボロボロな格好で、王城に行くわけにはいかないと身支度を整えていると、デュークは臣下に言った。

「むしろ、見せてやるべきではないのか」

 だが、誰一人従わず、逆にデュークを諫める。

「王太子殿下のご下命です」
「何卒、御理解賜りますよう。デューク殿下」

 不服そうにデュークは言う通りにし、僕も用意された服に着替えた。
 そして、王城の開門時間に合わせて、僕たちは馬車で向かった。

「よく戻られた、デューク王子よ」

 そして、僕にも視線を向けてから深く頷く。

「だいぶくたびれているようだが、まずは無事の帰還、大儀であった」

 しっかり身なりを整えたというのに、王は僕たちを見てそう言った。
 要するに、この騒動を見抜いていることを、デュークに気づかせようとしているわけだ。

「フォーシュリンド王には、ご心配とご迷惑をおかけいたしました。王に代わり、謝罪と感謝を申し上げます」

 国王フェリクスは、そこで吐息で笑った。

「双子の兄の機嫌は、いかがか」
「おかげさまを持ちまして、つつがなく過ごしております」
「ほう? 随分と慌ただしく過ごしていると聞き及んでいたが、我らの勘違いであったか」

 どこまで知っているのか。
 僕は、頭を下げながら二人のやり取りを聞いていた。

「アッシュベルトよ。そなたから見て、どうであった?」

 王に直々に問われて、僕は顔を上げた。

「はい。まずは、学友の帰郷に同行する許可をいただいたこと、この場を借りて心から御礼申し上げます。美しい王都オースリンを見ることもでき、とても有意義な時間を過ごせました」
「それは上々」

 僕は一度頭を下げてから続けた。

「あの時あの場で陛下にお目にかかれた奇跡に、幾重にも感謝しております」

 すると、王は低く喉を鳴らすように笑う。

「フランツの息子だけのことはある」

 僕はその返答を聞いて、やはり偶然ではなかったのだと悟った。

 あの日、教室に王が現れ、その時を狙いすましたかのように伝令が来た。
 まるで、ファルコ・クラッセのメンバーに見せたかったかのような振る舞いだった。

 王は、僕たちを秤にかけ、最後にチャンスを与えた。
 もしあそこで、デュークを無為に行かせたのであれば、今度こそファルコ・クラッセを潰すつもりでもいたのだろう。だが、アインハルトを始めとした面々は、誰もがデュークを引き留めようとした。
 また、デュークに人徳がなく、誰からも引き留められるような人間でないと判断したら、王はそこでデュークを見限ったはずだ。
 すべての謀を、王は一度に済ませた。
 結局は、王の予測通りの動きであり、結果だったはずだ。

「次、また顔を見せに行きたくなったその時には、自由に国に帰るといい」

 それは、今回とは違い、次は好きに出入りしていいということだ。
 デュークは、顔を上げて王に向き直り、胸に手を当てた。

「私はここで、卒業まで学びたいと思っております」

 僕はデュークの一言に、思わず歓びの声を上げたくなって、息を呑み込んだ。
 デュークは、学院に戻ってくるつもりでいる。
 あとは、王次第だ。
 祈る想いで王を見ると、王は僕とデュークに向ける笑みを深くした。

「いつでも学びの扉は開かれている。そなたたち次第だ」

 僕は、その言葉を聞いて、初めて心から頭を下げた。
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