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06:夢の終わりに
自分が憎い
しおりを挟むお屋敷の小屋に押し込められて多分、2週間くらい経った頃。
仕事もせずにゴロゴロしていると、外が騒がしいことに気づいた。どうしたのかしら? いつもは使用人1人でゴミ捨てや食事の運搬に来るのに。
不思議に思い、起き上がって様子を見ていると、目の前のドアがバーンと音を立てて開く。
一瞬だけ、食事を持ってきてくれたのか、それとも靴? そんな差し入れを期待した。けど、そうじゃなかった。
「おい、お前! どういうつもりだ!」
「な、な……」
「仕事もせずに飯を食ってるとは、どういうことだ! お前のせいで、爵位継続が危うくなってるんだぞ!」
「うぐっ……」
扉の前にいたのは、しわくちゃのスーツを着たお父様だった。
小屋の臭いに顔をしかめつつも、私の方に向かって大股で歩いてくる。と、思った瞬間、首をものすごい力で締められた。
痛い! 痛い!
それに、苦しい。もがいている間も何か言われた気がしたけど、それを聞いている余裕はない。
「聞いてるのか! 早く、仕事をしろ! 親を惨めにさせて、何が楽しいんだ!?」
「ちょっと、貴方。死なない程度にやってちょうだい。後処理が面倒じゃないの」
「おっと、そうだな」
「ぷはっ、は、は、は……ゲホッガハッ」
首から腕が離れると、瞬時に体内へ大量の空気が入り込んでくる。それがまた、苦しい。息を吸っているだけなのに、肺のあたりがヒリヒリと痛む。
でも、吸わないと。本当に死んじゃう。
気がつくと、そこにはお母様もいらっしゃった。お父様のように小屋の中に入ってくることはないけど、いつもの派手なドレス姿で私を見下ろしている。
久しぶりに見た両親は、以前よりも顔つきがキツくなったように感じた。
「とにかく、仕事をしろ。じゃないと、食事の回数を減らしてやる!」
「は、はい……」
「あと、小屋を汚すな! ゴミ置き場だからって、糞尿を垂らして良い場所じゃない! 全く、そんなこともわからんとは教養がないから」
「ウッソ!? 貴女、ここでしてるの!? ちょっとやだあ、冗談きついわ。うふふ、面白い。後で、ソフィーに教えてあげましょう」
「……」
出て行って、出て行って。
早く、出て行って。仕事をするから。ちゃんと、サボらないでやるから。私を1人にして! これ以上、惨めにしないで!
その事実を知られてしまったからか、全身が熱を帯びるように熱い。先ほどまで感じていた寒さは、どこかに行ってしまった。
でも、両親はまだその場で楽しそうに私や小屋の様子を眺めている。
「ちょっと待って。あんた、どうしてサラシを巻いてないのよ!」
「ぇ……?」
「そんなだらしない乳出しても、男は寄ってこないからね! 次来るまでにしまっておきなさい! あー、嫌だ嫌だ。ちょっと、貴方! どこ見てるのよ!」
「い、いや、どこも」
「実の父親を誘惑するなんて! この、売女! 死ね!」
「カヒッ……!?」
「ほら、貴方行くわよ! そんな売女より、私の方が良いでしょう!」
「わっ、わかった、わかったから」
両手で首元を押さえていると、突然お母様が狂ったように悲鳴をあげてきた。
確かにサラシは巻いてないけど、お洋服で胸は隠れているし何の問題もないんじゃないの? 苦しくて、巻いたら本当に死んじゃうと思う。
何か言い返そうとしたけど、その前にいくつか硬い何かが身体を直撃した。驚いて頭を守るよう蹲るので精一杯だったわ。いくつか背中に当たって、結構痛い。
それに、何かヒステリックに叫んできたけどよく聞こえなかった。お母様は、こうなったら誰にも止められない。それは、優しかった昔もあったこと。
「……?」
急に静かになったなって思って身体を起こすと、ドアが開け放たれたままに誰も居なくなっていた。どうやら、お屋敷に帰ったらしい。
さっきの硬いのは何だったのかな……。首を動かすと、床に小石がいくつか落ちていた。これか。痛いはずだわ。
泣かない。
泣いちゃダメ。これ以上水分を出してどうするの。
「レオン、ハルト……さまぁ。レオンハルトさま。う、うあ……うぅううう」
わかっていても、悲しかった。
私は何か悪いことをしたのかしら。好きでこんな惨めな生活をしてるわけじゃない。
ドレスは盗んでいない。
レオンハルト様とお付き合いしていたのだって、彼の了承があった。お仕事も順調にこなしていたし、何が悪いのか……ああ、ひとつだけあったわ。
私には、異術がない。それが、一番の原因かもしれない。
憎い。
憎い。
異術を宿さない自分が憎い。歩けないのも、体力がないのも、胸が大きい自分も憎い。
こうなったら、死んだ方がマシでしょう。
私はその日、「仕事をやる」と言ったのにそのまま泣き疲れて倒れるように眠りについた。
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