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14:捨てきれないもの
矛盾する心
しおりを挟むレオンハルト様がお部屋に来てくださった。
本当はお庭を散歩する予定だったのだけど、私が熱を出してしまってね。
そこまでは、まあ良い。良くないけど、良いの。予定を空けてくださった彼には申し訳ないけど、多分許してくださったし。問題は、そこから。
なぜか今、私はベッドの上でレオンハルト様に組み敷かれている。怖いよりも、距離が近すぎて心臓の音がものすごい。あの日、キスをした時と同じ距離感だわ。多分、集中していないと彼の言葉を聞き逃してしまいそう。
「……レオンハルト様?」
「~~~っ。……すみません、もっと怒ろうと思ったのですが限界です」
「……?」
「あまり、可愛らしい表情をしないでください。私は怒ってるのですよ」
「ご、ごめんなさい……」
「可愛い……。と、とにかくあまり他人を信用しない! 良いですね?」
「は、はい……?」
でも、そんな心配はすぐになくなった。
一瞬だけ静かになったかと思えば、レオンハルト様のキッとした表情が崩れたの。それに、体勢も。「怒ってる」と言いながら、なぜか腕を掴んでいた手は私の頭を撫でている。
……怒ってるんじゃないの? このお方は、怒りながら頭を撫でるの? よくわからないわ。
しかも、私に向かって温かな光を放ってくるし。
この光を、私はどこかで受けた気がした。でも、それがどこだったのか思い出せない。
「……これも異術ですか?」
「はい、癒しの異術です。少しは、体調が整うかと」
「癒しの異術は、生命を削るとお聞きしました。私なんかに使わないでください」
「大丈夫ですよ。ステラ嬢の側に居ると、消費が一切ないので。これも、貴女の異術だったんですね」
「……本当に、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ステラ嬢には、嘘はつきません」
「……じゃあ、まだ怒ってますか?」
「怒ってません、負けました。怖い思いをさせてしまい、申し訳ございません」
その光は、月光に負けない輝きを放ってくる。
温かく、それでいて、少しだけひんやりするの。その冷たさも、熱があるからか心地良い。癒しの異術ってすごいのね。
レオンハルト様は、ベッドの端に腰掛けたまま、私に向かって温かな光を授け続ける。どういう原理なのかが気になってジッと見てるけど、全くわからないわ。本当に、消費してないの? どこでそういうのを見れば良いのかしら。何か文字で書いてくれていれば、わかりやすいのに。
「レオンハルト様なので、怖くないです。ただ、キスした時のことを思い出してちょっとだけドキドキしちゃいました。それだけです」
「ぶっ!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
「はは、大丈夫です。……はは」
手から放たれている光を見ていると、それは唐突に消え去った。びっくりして彼の方を見たけど……お顔が真っ赤だわ。消費してないなんて、嘘じゃないの!
異術の仕組みがわからないけど、私もあんな光が出せればな。そうすれば、レオンハルト様を癒せるのに。
……それにしても、レオンハルト様はどうしてあんなことをしてきたのかしら?
怒ってますって言ってたわよね。でも、今は怒っていないとか。……謎々は苦手だわ。もう少しわかりやすいものにしてほしい。
「……レオンハルト様」
「はい、なんでしょうか」
「癒しの異術をありがとうございます。あと、先程はマナーがなっておらず不快な思いをさせてしまいまして申し訳ございませんでした。あの、他人を無闇矢鱈に信用しないようにしますので、嫌わないでいただけると嬉しいです。不躾ですみません」
「嫌うわけありません! 私は、ステラ嬢を愛していますから」
……本当に、このお方は。
どうして、私なんかのことを「愛してる」というのか全くもって理解ができない。
理解できないけど、嬉しい気持ちはもちろんある。
人に好かれて、嫌な気分になる人はそうそういないでしょう? ……愛されているうちは。
私は、先ほどから顔を赤くしては1人で落ち込むレオンハルト様に話しかけてみる。
「……愛されるのは、とても嬉しいです。胸の中がぽかぽかします。でも、私はそれだけじゃないんです」
「他に何が?」
「私は、その愛がいつか枯れることを知っています。あんなに愛してくださったお父様お母様だって、いつの間にか見向きもしなくなりました。身内でさえ、そうなのです。ましてや、他人であるレオンハルト様が、そうならない保証はありません。だったら、初めから愛なんていらないです。期待しちゃうからいらない、私はそういう人なんです」
次期侯爵様相手にいうことではないことは、十分承知よ。
でも、こうでも言わないとレオンハルト様がひとときの気持ちで後々後悔することになる。それを知ってるから、好きな人には私と同じ気持ちを味わってほしくないの。
レオンハルト様は、私の言葉を聞いて表情を一気に暗くした。
そうそう、この表情だわ。あの日、別棟に連れていかれる直前に見たお父様お母様のお顔は。
私に向かって「異術が宿る兆候はないか?」と聞いてきて「ないです」と答えた後の表情にそっくり。あの時はわからなかったけど、あれは私に失望した時のお顔だったのね。
レオンハルト様も、私に失望したのでしょう?
傷が浅いうちに離れましょうよ。私はもう、あんな寂しい日々を送るのはごめんだもの。
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