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15:心境の変化
フライパンの音
しおりを挟むふわふわ、ふわふわ。
この気持ち良さは、何かしら? 例えるなら、雲の上でお昼寝をしているような。
これは、レオンハルト様の匂いだわ。彼の優しい香りに包まれてるなんて、幸せだな。
私、今まで何をしていたのかな。……ああ、そうだ。お父様お母様に嫌われていたことがわかって、悲しいよりも「やっぱり」って気持ちの方が大きかったんだ。それは覚えてる。
それに、私の行動のせいでみんなに迷惑をかけちゃった。早く謝りたいけど……もう少しだけここに居たい。ここに……。
「ふぁあおぉぉ!?」
「やっと起きましたの?」
「あ……えっと、え」
心地良い時間は、耳元で唐突に鳴り響いた金属音によって終わりを告げた。
飛び起きると、そこにはフライパンとオタマ片手にこちらを睨みつける女性の姿が。どこかレオンハルト様に顔つきが似ていて、美少女という言葉がピッタリ合う。……彼を女性にしたら、こんな感じなのかも。どっちにしろ美しいって、やっぱりレオンハルト様は罪なお方だわ。
ところで、この美しい女性はどなたなの?
「いつまでお兄様のベッドを使っていらっしゃるの? 私だって使ったことがないのに!」
「……お、お兄?」
「まあ! 私のことをご存知ない? とんだアバズレだわっ! どうせ、お兄様の格好良さに鼻の下伸ばしてついてきただけでしょ!」
「え、あ……。ご、ごめんなさい」
「私、知ってるんだから。貴女が、ステラさんでしょう? お兄様ったら、毎日のように貴女に手紙を書いては出さずに机の2段目の引き出しにしまっているのよ! 一緒にお買い物した時だって、毎っっっっっっっ回貴女の髪色に合うアクセサリーとかお洋服とか探されて! 私にも似合うお洋服を探して欲しいのに! どうして、貴女だけ! その乳の半分くらい、私にも頂戴よ!」
「……え、っと?」
状況が良くわかってないのだけど、どうしてこの女性は怒ってるのかしら。
見た感じ、私と同じ年齢な気がする。というか、乳を頂戴はちょっと恥ずかしすぎるというか何というか。それに、レオンハルト様が毎日のように私にお手紙を書いてるって? 手紙なんて、誰からおもらったことないわ。お父様お母様からだって、もらったことない。
いえ、それよりも。
ここ、どこ? どうして、私はここに居るの? レオンハルト様の香りがしたのだけど、彼は居ない。
「こら、クラリス。起きたら教えるって約束でここにいさせたのに、なんださっきの音は」
「あら、レーヴェお兄様っ! 今日もイケメンですわっ!」
「……余計なこと言ってないだろうね」
「言ってないわ。お兄様が毎日この人に手紙を書いてるとか、2段目の引き出しにしまい続けてそろそろ閉まらなくなりそうだとか、お買い物の度にこの人に「それが余計だ!」」
「何よ何よ! お兄様なんて、お兄様なんて! ……はぅ、今日もイケメンですわあああ!」
「……」
「……」
と、これは何かの寸劇? 笑った方が良い? って感じの会話が繰り広げられている。いつから居たのか、扉の前に居たレオンハルト様は、今までにないほどお顔を真っ赤にさせて女性に向かってはしゃいでおられるし……。なんだか、ラファエル様とのやりとりに似ている気がする。
レオンハルト様に怒られた? クラリスさんという女性は、そのまま猛ダッシュで部屋から居なくなってしまった。フライパンとオタマは、ベッド傍のサイドテーブルに置きっぱなし。……大丈夫? 忘れてない?
そして、訪れる静寂……。
ちょっとだけ、気まずい。今気づいたのだけど、ここはレオンハルト様のお部屋だわ。だから多分、今の今まで眠っていた場所はレオンハルト様の毎日使っているであろうベッド……鳥肌がすごい。あっ、腕が重くなってきた。
「すみません、ステラ嬢。宮殿より、うちの方が近かったので。妹がご迷惑をおかけしました」
「妹さんなのですね、クラリスさん」
「はい。ステラ嬢は16歳ですよね? 同い年です」
「やっぱり。そんな感じがしました」
「ステラ嬢より、子どもっぽいですけどね」
「そんなことないですよ。って、すみません。いつまでもベッドに……今、おりますので」
そうよ、会話なんてここじゃなくてもできるじゃないの!
まずはここを降りましょう。これ以上、彼の香りに包まれていたらどうにかなってしまいそう。
カーペットに足をつけると、そこに自分の靴が並べて置いてあるのが見える。それに足を入れると、すぐにレオンハルト様が手を差し出してくださった。
「めまいなどは、大丈夫ですか?」
「はい、もう大丈夫です。体内にレオンハルト様の異力を感じるので、多分癒しの異術をかけてくださっていますよね。ありがとうございます」
「下級の術を少々かけましたが、そう言うのもわかるのですか。そういえば、以前もそんなことをおっしゃていましたね」
「レオンハルト様の気配は、間違えませんよ」
「ふふ、嬉しいことを言いますね」
「わっ!?」
靴を履き終えると、すぐに彼の手によって足が床から浮いた。
続けて「お父様お母様はどうなりました?」って聞こうと思ったのに、そのタイミングを逃しちゃった。それよりも、私はいつの間に着替えたのかしら。見覚えのないワンピースを身に纏っている。
ちょっと胸元がきついけど、サラシを巻いていた頃よりは全然苦しくない。
浮遊感が怖くなってレオンハルト様の背中に腕を回すと、またもや「可愛い」という言葉が返ってくる。
慣れないな、そう言われるの。顔が熱くなっちゃう。
「異力が安定しましたね、良かった」
「あの時はすみません。喋ると、異力が出そうになって」
「わかってましたよ、大丈夫です」
「それと、あの、お父様お母様は……」
見た感じ、先ほどからそんなに時間が経っていないと思う。外は明るいし、レオンハルト様は先ほどと同じ格好だし。
ソファの上に降ろしてくださったけど……ここって、あれよね。あの、キ、キ……あれよね。話に集中できなさそう。そして、レオンハルト様も心なしか顔が赤いような?
でも、離してはくれそうにない。ソファに座っても、「失礼します」と言ってピッタリ張り付くように隣へ来たし。思わず、反射的に私も彼の方に擦り寄ってしまったわ。
とりあえず、状況を聞きましょう。今の私は、それだけの余裕はあるもの。
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