おもくてあまくてにがいもの

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 電話が来てからきっちり30分後、入店を知らせるベルの音が響いた。
 彼らは案外時間を守る。そして店に入るときは必ず裏の入口からだ。理由は簡単で人通りの多い箇所を彼らは好まないということと、うちの裏手は少し離れた場所に駐車場があるからだ。もちろんそこに停めている訳ではない。

 店の景観を損なわない場所に止めていて、その車を下っ端さん達に見させているという具合だ。
 ベルが鳴って一番に入ってくるのは決まって下っ端の男だ。年齢は俺とそう変わらないと思うけど目つきがあまりにも鋭すぎる。初めて会った時はナイフかと思った。
 その目力ナイフ男と目が合って俺が「いらっしゃいませ」と声を掛けて足早に近づく。この人たちの接客をする従業員は決まっている。俺か社員の誰かか店長だ。

「席は」
「こちらです」

 裏口から一番近い場所に作っておいたテーブルに案内すると男は満足そうに頷いて一度店から出る。それから1分も経たないうちに見えた人影にドアの側で待っていた俺は招き入れるようにそこを開けた。

「いらっしゃいませ」
「いつも悪いなあユウキ君、今日も8人頼むわ」

 ふわりと香る香水の中に混ざった煙草の匂い、声の余韻が消えるよりも前に俺の頭に手が乗ってぽんぽんと優しく撫でられた。

「…だからタツさん、こういうのは」
「すまんすまん、もう癖なんじゃこれ」

 俺は別に背が低い訳じゃない、この人の背が高いだけなのだ。
 見上げる俺に悪戯っ子のように口角を上げたやけに顔の整った派手な男はひらりと手を振って店の中を進む。その後ろからぞろぞろと人相の悪い男たちが7人続き、店内は異様な雰囲気に包まれた。

「注文は?」
「もうしてあります」
「おー、よおやった。後で小遣いやるわ」

 背の高くて派手な男、タツさんが煙草を咥えるとすぐ様隣に座った舎弟みたいな人が火を付ける。深く吸い込んでから紫煙を吐き出す様がこんなに似合う人を俺は他に知らない。

「ユウキ、持っていけ」

 店長の低い声と一緒にカウンターにココアとチョコパフェが乗る。
 俺はそれをトレイに乗せて伝票にチェックマークを付け、異様な団体の方に足を進めた。

「失礼します。ココアとチョコレートパフェをお持ちしました」
「おお」

 タツさんは薄黄色のサングラスの奥の目を子供みたいに輝かせて自分の前に置かれるメニューを見る。背が高くて顔が派手で体付きもしっかりしていていつでもオーダーメイドっぽいスーツを着こなしているタツさんだが、かなりの甘党だ。
 以前ストレスが溜まったらホイップクリームを直飲みすると聞いてちょっと引いた。

「…今日なんかチョコ成分多ない?」
「タツさん甘いの好きだから増やしときました。あ、やんない方が良かったっすか?」
「…いんや、最高」

 パフェから俺に視線を移したタツさんは嬉しそうに笑って「ありがとう」とお礼も言ってくれた。
 それに俺も笑顔で返してカウンターに戻ると次々上がってくるメニューを持っていく。
 時間の掛かるパフェを最優先にしたのはタツさんがこの8人の中で一番偉いからだ。厳しい縦社会らしいので下っ端さんたちはいつでもアイスコーヒーで順番も一番最後だ。

 下っ端さんたちは常に何があっても良いように椅子には浅く腰掛けていて、ほんの少しアクシデントがあったら飛ぶような速さでカウンターにまでやってくる。
 だが今日はそんなアクシデントもなくタツさんのパフェタイムが終了したようで7人は先に店の外に出てタツさんだけが残される。座ったままレジのある場所を見て、そこに俺がいるのを確認してから席を立ち歩いて来る。

「今日もうまかったわ、ごっそうさん」
「いーえ。そんじゃお会計っすね」

 この頃になると周りのお客さんも異質に慣れてくれていつもと変わらない喫茶カメリアの姿になる。日本人の順応力ってすげえなと俺は毎回思いながら慣れた手つきで会計を終わらせ、帰ろうとするタツさんを見てハッとする。

「あ、タツさんちょっと待って下さい」
「あ?」
「これ、返そうと思って」

 レジ下にある引き出しの中からクリアファイルに入ったチケットを取り出すとタツさんは一度瞬きをしてから俺の顔を見た。

「…都合でも悪なった?」
「いや、そういうんじゃなくてですね」
「ん?」

 俺相手にはいつも緩く口角を上げているタツさんから表情が消えた。
 ただ無表情になっただけなのにゾワ、と底冷えするような感覚が足元から這い上がってきて俺は唾を飲んだ。一度短く息を吸ってから口を開く。

「…やっぱり、お客さんからこういうの貰うのは良くないと思って。仕事中だし」

 へらりと下手くそに笑う俺をじっと見下ろしていたタツさんがぽつ、と零す。

「…プライベートならええんか」
「…ぇ?」

 小さすぎて聞き取れなくて首を傾げるとタツさんはいつもみたいに笑って首を振った。

「ならこれは下の誰かにあげようかの」

 チケットを受け取ってくれたことに内心安堵で胸を撫で下ろしていればタツさんの目がじっと俺を見ていることに気がついて思わず肩を跳ねさせるとタツさんの目がきゅうっと細くなった。

「な、なにか…?」
「んや。…じゃあまたな、ユウキ君」

 爬虫類を思わせる鋭い視線に心臓が嫌な跳ね方をして背中に汗が滲む。
 けどそんな空気も一瞬でなくなってタツさんはひらりと手を振って店を後にした。
 ベルの余韻が消え、有線から流れるジャズの音がやけに大きく聞こえる中誰かの息を大きく吐く音が響いた。
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