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ぬくもり
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そんな風にタツさんに抱かれて、甘やかされて、ぐずぐずにされて、一歩もタツさんの家から出ることを許されないまま数週間が経った。
バイトのこととか、家のこととか、気になる事は山のようにあるけど、口にするとタツさんが拗ねるからあまり言わないようにしていた。
ただただ愛されて甘やかされるだけの日々が続く。
どうやらタツさんは俺が寝ている間に外に出ているようで、抱き潰されて気絶して、そして目を覚ましたらスーツ姿だったとかっていうのがよくある。「俺にばっか構ってていいの」って聞いたら「ユウキ君以上に優先するもんなんぞない」って言われて蕩けそうになるくらい深いキスをされる。
きっと世間ではこれをアイジンというんだろう。
でも俺が何かしていないと不安になるのをわかっているらしくて、俺はこの家の家政夫みたいなことをしている。家事は一通り出来るし、食材とかはタツさんの弟分みたいな人が家の前に置いていってくれている。
もちろん俺はそれすら取りにいけない訳だけど、おかげで冷蔵庫の中は結構充実していて、タツさんは家事をしている俺の後ろをよく雛鳥みたいに追いかけて来る。
最初は混乱したし薄気味悪かったけど慣れるもんで、一週間もすればそれが普通になった。
スマホはいつの間にか解約されてた。どうやったのかなんて疑問を持つことも俺はもうしなくなっていて、数少ない俺の思い出とか交友関係も無くなってちょっと凹んだけど写真だけはタツさんがP Cに残してくれていた。
その時にどうしても店長にだけは連絡したいってお願いしたらタツさんは渋い顔でしばらく黙ったあと「しゃーない」そう承諾してくれた。その日も抱かれたけど、いつもより結構しつこかった気がする。
そんなこんなで俺はただタツさんに愛される為に生きている訳なんだけど、今日はいつもと状況が違った。
昨夜もぐずぐずになるまで溶かされて気絶するみたいに寝て、起きたら家の中に人の気配がしなかった。
昼だろうか、それに近い朝だろうか。スマホも持たず壁掛けの時計もないこの家で時間を知るにはテレビをつけるしかないのだが、俺はそれもしなかった。
タツさんがいない。
そのことに感じたことのない不安が足の裏から一気に全身を駆け回る。
風呂場、トイレ、クローゼットや人が入れそうな場所を全部開けて、ベランダも見た。そこにも、見える景色の範囲にもタツさんがいない。
「タツさん、タツさん…っ」
心臓が壊れそうなくらい脈打っている。呼吸を乱しながら玄関にまで行っても当然タツさんの靴はなくて、でも俺はその前にある扉を開けることも、ドアノブに手を掛けることすら出来ない。
探しに行かなきゃ。でもどこに?
外に行けばもしかしたら見つかるかも。普段あの人がどこにいるのかも知らないのに?
それに。
外に出たら嫌われる。
そう思った途端足が凍り付いたみたいにその場から動けなくなった。寒くてしょうがなくて、でもここから動けなくて、俺はその場にしゃがみ込んだ。
混乱してぐちゃぐちゃな頭の中でどこか冷静な、まるで他人みたいな自分が問いかけて来る。
「逃げるチャンスだろ」
その通りだと思った。けれど俺はここから逃げるという気持ちは微塵も無かった。
「店長にも店の人にも迷惑掛けてんだぞ。それに、それにもしかしたら親父だって帰ってるかもしれねえじゃん」
それも何度も思ったことだった。迷惑を掛けているという罪悪感に死にそうになった。もしかしたら親父が、なんて希望も持った。
だけど、と俺は首を横に振った。
「……タツさんに、嫌われたくない」
それを声に出してから頭の中の俺はスッと消えていった。
「…さいていだ…」
膝を抱えてその間に顔を埋め、何度も思った言葉を口に出す。
最低だ、最低なことをしている。人として取ってはいけない行動をしている。取ってはいけない人の手を取ろうとしている。
そんなこと全部わかってる、わかってるけど。
「はやく帰ってきてよ」
もう俺はあの人のぬくもりを手放すことが出来ない。
まだ冬ということもあって酷く寒い。体が震える。だけど俺はその場から離れようとは思わなかった。
だってここで待っていれば一番にタツさんを見つけられる。
そしたらきっと、あの派手な顔で思いの外優しく笑って俺を抱き締めてくれる。「ええ子」って褒めてもらえる。ここにいれば、欲しいものが与えられる。
膝を抱えたままどれくらい待っただろうか。
もう尻の感覚は無いし、寒くて逆に体が熱くなってきた。玄関は外の光が入らないから時間の経過もわからない。このままここで寝てしまおうかと目を閉じたその数秒後、外を歩く音が聞こえた。
どこかのマンションの最上階らしいこの階には他に部屋はなく、瞬時にタツさんが帰ってきたのだと理解して俺は床に手をついた。だけどずっと座り込んでいたせいか、寒さのせいか体が思うように動かず少しまごついてしまう。
ロックが外れる音がして、ドアノブが下がる。がちゃりと音がして扉が開いたのと立ち上がれたのはほとんど同時で、俺はそのまま顔も見ずに中に入ってきた人に抱き着いた。
もうすっかり慣れてしまった煙草の香りとタツさんの匂いがして、凍り付いた体に血が巡っていく感覚がした。
バイトのこととか、家のこととか、気になる事は山のようにあるけど、口にするとタツさんが拗ねるからあまり言わないようにしていた。
ただただ愛されて甘やかされるだけの日々が続く。
どうやらタツさんは俺が寝ている間に外に出ているようで、抱き潰されて気絶して、そして目を覚ましたらスーツ姿だったとかっていうのがよくある。「俺にばっか構ってていいの」って聞いたら「ユウキ君以上に優先するもんなんぞない」って言われて蕩けそうになるくらい深いキスをされる。
きっと世間ではこれをアイジンというんだろう。
でも俺が何かしていないと不安になるのをわかっているらしくて、俺はこの家の家政夫みたいなことをしている。家事は一通り出来るし、食材とかはタツさんの弟分みたいな人が家の前に置いていってくれている。
もちろん俺はそれすら取りにいけない訳だけど、おかげで冷蔵庫の中は結構充実していて、タツさんは家事をしている俺の後ろをよく雛鳥みたいに追いかけて来る。
最初は混乱したし薄気味悪かったけど慣れるもんで、一週間もすればそれが普通になった。
スマホはいつの間にか解約されてた。どうやったのかなんて疑問を持つことも俺はもうしなくなっていて、数少ない俺の思い出とか交友関係も無くなってちょっと凹んだけど写真だけはタツさんがP Cに残してくれていた。
その時にどうしても店長にだけは連絡したいってお願いしたらタツさんは渋い顔でしばらく黙ったあと「しゃーない」そう承諾してくれた。その日も抱かれたけど、いつもより結構しつこかった気がする。
そんなこんなで俺はただタツさんに愛される為に生きている訳なんだけど、今日はいつもと状況が違った。
昨夜もぐずぐずになるまで溶かされて気絶するみたいに寝て、起きたら家の中に人の気配がしなかった。
昼だろうか、それに近い朝だろうか。スマホも持たず壁掛けの時計もないこの家で時間を知るにはテレビをつけるしかないのだが、俺はそれもしなかった。
タツさんがいない。
そのことに感じたことのない不安が足の裏から一気に全身を駆け回る。
風呂場、トイレ、クローゼットや人が入れそうな場所を全部開けて、ベランダも見た。そこにも、見える景色の範囲にもタツさんがいない。
「タツさん、タツさん…っ」
心臓が壊れそうなくらい脈打っている。呼吸を乱しながら玄関にまで行っても当然タツさんの靴はなくて、でも俺はその前にある扉を開けることも、ドアノブに手を掛けることすら出来ない。
探しに行かなきゃ。でもどこに?
外に行けばもしかしたら見つかるかも。普段あの人がどこにいるのかも知らないのに?
それに。
外に出たら嫌われる。
そう思った途端足が凍り付いたみたいにその場から動けなくなった。寒くてしょうがなくて、でもここから動けなくて、俺はその場にしゃがみ込んだ。
混乱してぐちゃぐちゃな頭の中でどこか冷静な、まるで他人みたいな自分が問いかけて来る。
「逃げるチャンスだろ」
その通りだと思った。けれど俺はここから逃げるという気持ちは微塵も無かった。
「店長にも店の人にも迷惑掛けてんだぞ。それに、それにもしかしたら親父だって帰ってるかもしれねえじゃん」
それも何度も思ったことだった。迷惑を掛けているという罪悪感に死にそうになった。もしかしたら親父が、なんて希望も持った。
だけど、と俺は首を横に振った。
「……タツさんに、嫌われたくない」
それを声に出してから頭の中の俺はスッと消えていった。
「…さいていだ…」
膝を抱えてその間に顔を埋め、何度も思った言葉を口に出す。
最低だ、最低なことをしている。人として取ってはいけない行動をしている。取ってはいけない人の手を取ろうとしている。
そんなこと全部わかってる、わかってるけど。
「はやく帰ってきてよ」
もう俺はあの人のぬくもりを手放すことが出来ない。
まだ冬ということもあって酷く寒い。体が震える。だけど俺はその場から離れようとは思わなかった。
だってここで待っていれば一番にタツさんを見つけられる。
そしたらきっと、あの派手な顔で思いの外優しく笑って俺を抱き締めてくれる。「ええ子」って褒めてもらえる。ここにいれば、欲しいものが与えられる。
膝を抱えたままどれくらい待っただろうか。
もう尻の感覚は無いし、寒くて逆に体が熱くなってきた。玄関は外の光が入らないから時間の経過もわからない。このままここで寝てしまおうかと目を閉じたその数秒後、外を歩く音が聞こえた。
どこかのマンションの最上階らしいこの階には他に部屋はなく、瞬時にタツさんが帰ってきたのだと理解して俺は床に手をついた。だけどずっと座り込んでいたせいか、寒さのせいか体が思うように動かず少しまごついてしまう。
ロックが外れる音がして、ドアノブが下がる。がちゃりと音がして扉が開いたのと立ち上がれたのはほとんど同時で、俺はそのまま顔も見ずに中に入ってきた人に抱き着いた。
もうすっかり慣れてしまった煙草の香りとタツさんの匂いがして、凍り付いた体に血が巡っていく感覚がした。
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