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二二章 今夜は祭りだ!

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 「さあ、召しあがれ!」
 多幸たゆが天使な笑顔と共に両腕を広げる。
 その言葉と共にパーティーははじまった。
 工場の道具類を片付けて作った即席のパーティー会場。その中央に鎮座まします大テーブル。その上に並ぶのは多幸たゆの心づくしの料理の数々。
 鶏肉とリンゴとカシューナッツの炒め物。ハーブの利いたミネストローネ。トウガラシがピリリと利いたトマトとゆで卵の辛みサラダ。それに、立食パーティーと言うことで食べやすさを考えたのだろう。ご飯ではなく、サンドイッチ。BLT、ツナタマゴ、ハムチーズなど、定番のサンドイッチがズラリと並ぶ。さらに、大きなデコレーションケーキまで。
 一流レストランのような豪華絢爛さがあるわけではないが、心のこもった家庭料理の数々。見ているだけで、その暖かさに涙がこぼれてきそう。漂う咆哮に鼻腔をくすぐられ、腹が大きく鳴き、涎が口のなかいっぱいに広がる。そして――。
 豆乳。
 やはり、豆乳。
 成分無調整の一リットルパックがテーブルの上にズラリと並んでいる。
 すべての女子の合い言葉、
 「おいしそうだけど、あとの体重計が怖い……」
 も、今日ばかりは銀河系の外まで蹴り飛ばし、愛情たっぷりの食事を堪能する。
 育美いくみは鶏肉とリンゴとカシューナッツの炒め物を口にして目を丸くした。いままで、リンゴと肉の炒め物なんて食べたことがなかったので、どんな味なのか想像もつかなかった
 しかし、これがうまい。味付けは塩とコショウだけだが、それが逆に素材本来の旨味を引き出している。肉の旨味と酸味の利いたリンゴのジューシーさがマッチして、なんとも心地よい味わい。カシューナッツのコリコリした食感とほのかな甘味もいいアクセント。
 「こんなの、はじめて食べたけど……肉とリンゴって合うんだなあ」
 育美いくみが言うと、多幸たゆが嬉しそうに答えた。
 「でしょう? 日本では果物は生で食べる場合がほとんどだけど、食事として調理してたベルクにも多いのよ。とくに、ペルシア料理は果物を使うことが多いわね。ピラフとかに入れてご飯と一緒に食べることも多いのよ」
 「ペルシア料理? そんなものまで知ってるのか」
 育美いくみは大いに感心した。
 『ペルシア』と聞いただけでなにやら、幻想的で高級なイメージが感じられる。
 「まだ小学生なのに、ペルシア料理なんて知ってるなんて。多幸たゆちゃん、本当にすごいな」
 言われて、多幸たゆは少し照れたようだった。はにかんだ――そして、やたらとかわいい――笑顔を浮かべながら答えた。
 「そんなことないよ。ちょっと調べれば、なんでもわかるもの」
 「いやいや、その『ちょっと調べる』をする時点ですごいって」
 以前の仲間たちとシェアハウスで暮らしていた頃は、家事は当番制だった。当然、育美いくみも料理することがあったわけだがいちいち、料理法を調べたりはしなかった。とくに、仕事が軌道に乗ってからは、そちらの方がいそがしくて料理に割く時間がなかった。必然的に『栄養補給になればいい』という考えで一致し、食事には手を抜くことが多くなった。
 まともに『料理』と呼べるものを作るのはもともと料理好きだったゆいぐらいで、もうひとりの女性である今村いまむら聡美さとみの得意料理は冷凍食品をレンジでチン、海路かいじの定番は山と積まれたカップ麺にグラグラと煮え立つ湯。チームリーダーの大悟だいごにいたっては、それだけの手間も惜しんでコンビニ弁当。
 「どこが料理当番だ!」
 と、ツッコまれるのが定番だった。
 それに比べれば、心づくしの手料理が並ぶこの光景はまさに『天使の食卓』。感動のあまり、涙がちょちょ切れそう。
 「多幸たゆちゃんはほんと、理想の嫁だなあ」
 「い、いきなり、なに言ってるの、育美いくみちゃん⁉」
 多幸たゆは真っ赤になって叫んだ。
 育美いくみはそんな多幸たゆに真顔で畳みかけた。
 「いや、本当に。多幸たゆちゃんはかわいいし、優しいし、なにより、こんなおいしい料理を作ってくれるんだから。本当に理想の嫁だよ」
 真面目に、真剣に、そう言われて多幸たゆはますます赤くなる。すると、三人の姉たちがよってきて『たらし』をたしなめた。
 「ちょっと、育美いくみさん。小学生に手を出さないでください」
 希見のぞみが長女らしく咎めると、次女の志信しのぶが睨みつけた。
 「このロリコン」
 すると、三女の心愛ここあが、
 「小学生に手を出すのは犯罪。手を出すならわたしに」
 「中学生だって、犯罪だ!」
 希見のぞみ志信しのぶの叫び声が同時に炸裂した。
 姉たちにそろって言われて、育美いくみはあわてて答えた。
 「そ、そんなんじゃないって。心から思ったからそう言っただけで、変な下心とか、他意とかは、断じて、一切、これっぽっちもないって。多幸たゆちゃんは本当に理想の嫁だよ」
 「も、もういいってば、育美いくみちゃん!」
 多幸たゆは真っ赤になって両手を振りまわし、育美いくみを押しとどめようとした。
 「あらあら、賑やかで楽しそうねえ」
 聞き覚えのある声がした。
 「パーティーだって聞いたから差し入れ。よかったら、みんなで食べて頂戴」
 と、中学生の息子を荷物持ちに徳田とくだあおいがやってきた。息子の手にした大きなパックのなかに詰め込まれているものは、クリスマスかと見まがうかのような大量のフライドチキン。
 「ほら」
 と、顔を背けながらそっけない態度で心愛ここあにフライドチキン入りのパックを差し出すその姿は、まわりのおとなたちから見れば内心が見え透いていた。
 差し入れしてくれたのは嬉しいが、多幸たゆの用意した料理だけでも食べきれないほどなのだ。そこに、こんな大量のフライドチキンまで持ち込まれてはさすがに四葉よつば家だけでは食べきれない。なにより、こんな量の揚げ物を前にしては、銀河系の彼方まで蹴り飛ばしたはずの『あの言葉』が戻ってきて飛びまわり、警報を鳴らしてまわる。そこで、希見のぞみは言った。
 「こうなったら、ご近所さんも全員、招待してパアッといきましょう!」
 「おおっー!」
 と、その場にいた全員が腕を突きあげて歓迎したのは言うまでもない。
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