あたしは『のび太』に初恋を奪われた

藍条森也

文字の大きさ
17 / 25

一七章 あたしがイジメに……?

しおりを挟む
 あたしは、そのことに気がついていなかった。
 それどころじゃなかったから。
 「夏と言ったらサマーフェスティバル! 音楽の祭典の季節だ。それに合わせて、八月になったらYouTube上でデビューしよう!」
 野々村ののむらさんがそう言いだして、武緖たけお先生も賛成したから。
 「そうね。デビューするにはいい時期だわ。でも、そうとなったら覚悟しなさい。八月までもう日がないんだから、いっそう厳しくレッスンするわよ」
 「まだ五月ですよ。三ヶ月もあるじゃないですか」
 「アイドルのレッスンに三ヶ月なんてあっという間よ。いますぐ特訓に入るから準備しなさい」
 「はい!」
 と言うわけで、武緖たけお先生のレッスンはますます厳しく、容赦のないものになっていた。だから、気がついていなかったのだ。まわりの人たちがどんどん、よそよそしくなっていることに。あたしのまわりから人がいなくなっていることに。誰もが遠巻きにあたしを見て、まるで、さわってはいけないものに対するような目で見ていることに。
 八月のデビューで頭がいっぱいになっていたあたしはそのことに全然、気がついていなかった。
 でも、ある日、そのことを思い知らされた。
 それは、次の授業のために廊下を移動しているときに起こった。
 あたしの前から歩いてきた、ふたり連れの女子生徒。同学年のその女子生徒のひとりが急にあたしの方によってきた。そして――。
 ドン!
 音を立てて、あたしの肩にぶつかった。
 驚いた。
 まわりに人がいたわけでもないのに急に身をよせてきたことといい、その勢いのよさといい、あきらかにわざとぶつかってきたのだ。唖然として振り向くあたしに向かい、その女子生徒は表面だけは丁寧に言った。
 「あら、ごめんなさい」
 その言い方。
 それが、あたしには大きなショックだった。
 その声、その言い方、その表情。
 あたしはそれを知っていた。スクールカースト上位の生徒が、下位の生徒に向ける勝ち誇った態度だ。自分の優位を確信し、相手を見下すときの態度だ。
 なんで?
 どうして、あたしがそんな目に?
 あたしはスクールカースト最上位で、誰からもそんな目に遭わされることはないはずなのに。
 そのためにいままで必死に、カーストの位階を守るための努力をしてきたのに……。
 あたしは混乱した。わけがわからなかった。
 でも、そのときからたしかに、あたしの中学生活はかわった。かわってしまったのだ。
 あたしはまちがいなく学校のなかの有名人であり、人気者だった。あたしのまわりにはいつだって人がいたし、みんな、あたしに近づきたがった。それなのに――。
 いつの間にか、あたしのまわりには誰も近づかなくなっていた。気がついたとき、あたしはボッチで教室のなかでポツンと孤立していた。
 誰も近づいてこない。
 誰も話しかけてこない。
 こっちから近づいても、話しかけてもみんな、さわってはいけないものに対するような表情を浮かべて、そそくさと立ち去ってしまう。
 親友の紗菜さなでそえ、そうだった。というより、紗菜さなが一番だった。他の人はあたしが話しかけてはじめて、戸惑った表情を浮かべて言い訳しながらどこかに行ってしまう。そんな感じだったのに、紗菜さなときたら、あたしが話しかける間もないように距離をとっていた。あたしが近づくとすぐにそれと察して席をはなれ、どこかに行ってしまう。
 あたしは親友のその姿に途方に暮れるしかなかった。そして――。
 そんなあたしを見るクラスメイトの目。それはまちがいなく、スクールカースト下位の生徒を嘲笑う目だった。
 プークスクス。
 昼日中の教室のなかで、あたしをわらう目があたしを囲み、あたしをわらう声があたしを囲んでいた。大勢の生徒がいるはずの教室。そのなかで――。
 あたしはボッチで孤立していた。
 いつの間にか、そうなっていた。
 なんで?
 どうして?
 いくら、考えてみてもわからない。そんな扱いを受けるきっかけなんてなかったはずなのに。でも、現にあたしはいまや、クラスのなかで攻撃される側だった。
 そして、体育の授業のあと、決定的なことが起こった。
 体育の授業でもあたしはすっかりボッチだった。ペアを組むよう言われても、相手がいない。みんな、あたしをさけて、逃げてしまう。
 いままで、一度だってこんなことはなかった。紗菜さなはいつだって側にいたし、あたしと組みたがる子はいくらでもいた。スクールカースト最上のあたしとペアを組むことは、そこまでの地位にない子たちにとってステータスだったのだから。
 それなのに、いまやあたしは誰ともペアを組んでもらえないカースト最下位だった。
 先生もそのことには気がついていたらしく、戸惑った表情を浮かべていた。でも、なにも言わなかったし、なにもしようとはしなかった。
 当然よね。先生たちになんとかできるならイジメも、スクールカーストも、こんなに問題になるわけない。学校側にはどうしようもないからこそ、こんなに広まり、定着しているんだから。
 それでも、とにかく、あたしは体育の授業を終えて、教室に戻った。すると――。
 いったい、誰の仕業か、あたしの席の上に小さな花瓶が置いてあった。仏前に供える花を生けて。
 あまりのショックに、あたしはその場で固まってしまった。
 あたしをわらう目があたしを囲んでいた。
 あたしをわらう声があたしを囲んでいた。
 大勢のクラスメイトたちに囲まれながら、あたしはひとり、ひとりきりだった。
 あたしは唇を噛みしめた。あふれそうになる涙を必死に堪えながら席に近づいた。花瓶をひっつかみ、花ごとゴミ箱に叩き込んだ。
 唇を噛みしめたまま席に着く。どんなに堪えようとしてもどうしても涙は浮いてしまう。
 ――涙なんて、拭いてやるもんか。
 あまりの悔しさにあたしはそう想った。唇を噛みしめたまま、あふれる涙をそのままにしておいた。それは、あたしのせめてもの意地だった。
 ――そうよ。こんなことぐらいであたしは、絶対に……。
 あたしには紗菜さながいるんだから。紗菜さなだけは絶対に、あたしの味方でいてくれる。紗菜さながいてくれれば、どこの誰かになにをされたって気になんてするもんか。
 そうよ。なんとしても、平然にやり過ごしてやる。
 そう思い、授業の準備をするために席のなかに手を入れた。そのあたしの指先になにかがふれた。不審に思いながら取り出してみると、それは一枚の紙片だった。
 広げてみると、女子らしい遠慮がちな字で一言、
 ――SNSに悪口があふれてるよ。
 そう書いてあった。
 あたしはあわててスマホを取り出した。授業時間は迫っていたけど、そんなことを気にしていられる場合じゃない。とにかく、紙に書かれていたことが本当がどうか確かめなくちゃ……!
 答えはすぐに見つかった。
 操作したスマホの画面。そこにはこんな文章が表われていた。

 ――内ヶ島うちがしま静香しずかっているじゃん? あいつ、アイドル目指すんだって。バカだよねえ。ちょっとかわいいからって、田舎の中学生が勘違いしちやってさあ。

 あたしは自分がスクールカーストから転落した理由を知った。
 そして、気がついた。
 転落者は格好のイジメの標的であることを。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

私がガチなのは内緒である

ありきた
青春
愛の強さなら誰にも負けない桜野真菜と、明るく陽気な此木萌恵。寝食を共にする幼なじみの2人による、日常系百合ラブコメです。

推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

田古みゆう
恋愛
推し活女子と爽やかすぎる隣人――秘密の逢瀬は、推し活か、それとも…? 引っ越し先のお隣さんは、ちょっと優しすぎる爽やか青年。 今どき、あんなに気さくで礼儀正しい人、実在するの!? 私がガチのアイドルオタクだと知っても、引かずに一緒に盛り上がってくれるなんて、もはや神では? でもそんな彼には、ちょっと不思議なところもある。昼間にぶらぶらしてたり、深夜に帰宅したり、不在の日も多かったり……普通の会社員じゃないよね? 一体何者? それに顔。出会ったばかりのはずなのに、なぜか既視感。彼を見るたび、私の脳が勝手にざわついている。 彼を見るたび、初めて推しを見つけた時みたいに、ソワソワが止まらない。隣人が神すぎて、オタク脳がバグったか? これは、アイドルオタクの私が、謎すぎる隣人に“沼ってしまった”話。 清く正しく、でもちょっと切なくなる予感しかしない──。 「隣人を、推しにするのはアリですか?」 誰にも言えないけど、でも誰か教えて〜。 ※「エブリスタ」ほか投稿サイトでも、同タイトルを公開中です。 ※表紙画像及び挿絵は、フリー素材及びAI生成画像を加工使用しています。 ※本作品は、プロットやアイディア出し等に、補助的にAIを使用しています。

処理中です...