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一九章 もう、学校なんて行けない
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もう、何日目だろう。
あたしは自分の部屋で頭から布団をかぶり、まんじりともしていなかった。
布団のなかにこもったまま身動きひとつできず、かと言ってもちろん、呑気に眠れるはずもなく、布団をギュッとつかみ、唇を噛みしめ、あふれる涙を拭うばかり。
学校にも行けず、もちろん、武緖先生のレッスンを受けるどころじゃない。『のび太』にも会っていない。スマホはしょっちゅう、着信音が鳴っていたし、『のび太』や武緖先生から電話って言う声も何度も聞いた。あたしはそのすべてを無視していた。というより、心が反応できなかった。
ご飯を食べる気力もなく、居間に出ていくこともできない。パパがそっと部屋のドアの前に置いておいてくれるご飯をごくたまに食べるだけ。
――こんなことじゃいけない。
そんなことはわかってる。
パパとママに死ぬほど心配させていることもわかってる。
なにしろ、ひとり娘がある日突然、学校から帰ってくるなり部屋に飛び込み、布団をかぶって出てこなくなったのだ。
心配していないはずがない。
気が狂うほどハラハラしているに決まっている。
それでも、それでも、あたしはそうしているしかなかった。布団から出ることも、まして、事情を説明するなんてどうしてもできなかった。
――紗菜が……あの紗菜があんなことを言うなんて。
他の誰に同じことを言われたって、こんなにショックを受けたりはしなかった。こんなことにはならなかった。ならなかったはずだ。
でも、紗菜。幼稚園の頃からずっと一緒だった紗菜。一生の友だち、親友だと思っていた紗菜。世界中があたしの敵にまわってもこの子だけは味方でいてくれる。そう思っていた紗菜。その紗菜が、自分の立場のためにあたしを利用していただけだなんて……。
あたしはもう頭のなかがグチャグチャになってなにもわからなかった。ただただ、布団のなかで唇を噛みしめ、涙を流していることしかできなかった。
部屋のドアがノックされた。
ママの声がした。
「宏太くんが見えられたわよ」
――『のび太』が……?
ママの声を聞いた瞬間――。
あたしが感じたのはとてつもない怒りだった。
「全部、ぜんぶ、あんたのせいよ! あんだかよけいなことを言ってくるから!」
部屋にやってきた『のび太』に向かい、あたしは思いきり怒鳴り散らした。学校でのイジメ、紗菜の思いがけない言葉。そのすべてを怒鳴り散らし、『のび太』に叩きつけていた。
心配したパパとママが部屋の外からそっと様子をうかがっていることはわかっていたけど、すべての思いを『のび太』に叩きつけずにはいられなかった。結果として、パパとママにもすべての事情を伝えることができたわけで、あとから思えば良かったことなんだろう、きっと。
「……あんたのせいよ。あんたのせいであたしはなにもかもなくしたのよ」
涙をボロボロと流しながら、あたしは『のび太』をそう責めつづけた。『のび太』はメガネの奥の目でじっとあたしを見つめていた。やがて、言った。
「話はわかったよ、内ヶ島さん。でも、それがなんだって言うの?」
「な、なんだ……?」
「学校での居場所をなくしたからって、それがなんだって言うのさ。学校は自分のために行くところだ。誰かに行かされるところじゃない。だったら、自分のためにならないと思えば行かなくていいんだ。当たり前のことじゃないか。道なんていくらでもあるし、居場所なんていくらでも作れるんだ。
そして、内ヶ島さんにはもうすでに『太陽ドル』っていう居場所があるじゃないか。そこには、僕がいて、武緖先生もいる。これから先、活動範囲を広げていけば新しい友だちも、仲間も、どんどんできる。内ヶ島さんにはちゃんと学校以外の道があって、学校以外の居場所があるんだ。それなのに、学校での居場所をなくしたからって、それがなんだって言うんだ」
『のび太』――野々村さんは、あたしの目を見ながらキッパリとそう言いきった。か弱い見た目とは裏腹な力強いその言葉に、あたしは呆気にとられた。
「それにね、内ヶ島さん」
野々村さんは口調を少し柔らかいものにかえて、話しつづけた。
「『アイドルになる』って言われて、嗤われたのは君だけじゃないよ。普通じゃないことを目指す人はみんな、嗤われるんだ。白葉だってそうだ。さんざん嗤われて、それでも、アイドルを目指したんだ」
「白葉が……」
野々村さんはスマホを操作して、あたしに手渡した。
「これを読んでおいて。白葉のブログだよ。『アイドルを目指す』と言った白葉がまわりからどんな態度をとられたか、どうやってそれを乗り越えたか。それが書いてあるから」
野々村さんはそう言って、帰って行った。
野々村さんが帰ったあと、パパとママがふたりしてやってきた。ドアの外からあたしに話しかけた。
「静香。パパたちも宏太くんと同じ思いだよ。学校は静香が自分のために行く場所であって、行かされる場所じゃない。学校に行くことで静香が傷つくなら行かなくていいんだ」
「道なんていくらでもある。居場所なんていくらでも作れる。本当、その通りよ。あなたは幾つもある道のなかから自分に合った道を選べばいいの。たとえ、時間がかかってもね。わたしたちは静香の味方よ」
パパとママのその言葉に――。
あたしは涙がにじんだ。
スマホを見た。そこにはたしかに、白葉の思いがつづられていた。
あたしは自分の部屋で頭から布団をかぶり、まんじりともしていなかった。
布団のなかにこもったまま身動きひとつできず、かと言ってもちろん、呑気に眠れるはずもなく、布団をギュッとつかみ、唇を噛みしめ、あふれる涙を拭うばかり。
学校にも行けず、もちろん、武緖先生のレッスンを受けるどころじゃない。『のび太』にも会っていない。スマホはしょっちゅう、着信音が鳴っていたし、『のび太』や武緖先生から電話って言う声も何度も聞いた。あたしはそのすべてを無視していた。というより、心が反応できなかった。
ご飯を食べる気力もなく、居間に出ていくこともできない。パパがそっと部屋のドアの前に置いておいてくれるご飯をごくたまに食べるだけ。
――こんなことじゃいけない。
そんなことはわかってる。
パパとママに死ぬほど心配させていることもわかってる。
なにしろ、ひとり娘がある日突然、学校から帰ってくるなり部屋に飛び込み、布団をかぶって出てこなくなったのだ。
心配していないはずがない。
気が狂うほどハラハラしているに決まっている。
それでも、それでも、あたしはそうしているしかなかった。布団から出ることも、まして、事情を説明するなんてどうしてもできなかった。
――紗菜が……あの紗菜があんなことを言うなんて。
他の誰に同じことを言われたって、こんなにショックを受けたりはしなかった。こんなことにはならなかった。ならなかったはずだ。
でも、紗菜。幼稚園の頃からずっと一緒だった紗菜。一生の友だち、親友だと思っていた紗菜。世界中があたしの敵にまわってもこの子だけは味方でいてくれる。そう思っていた紗菜。その紗菜が、自分の立場のためにあたしを利用していただけだなんて……。
あたしはもう頭のなかがグチャグチャになってなにもわからなかった。ただただ、布団のなかで唇を噛みしめ、涙を流していることしかできなかった。
部屋のドアがノックされた。
ママの声がした。
「宏太くんが見えられたわよ」
――『のび太』が……?
ママの声を聞いた瞬間――。
あたしが感じたのはとてつもない怒りだった。
「全部、ぜんぶ、あんたのせいよ! あんだかよけいなことを言ってくるから!」
部屋にやってきた『のび太』に向かい、あたしは思いきり怒鳴り散らした。学校でのイジメ、紗菜の思いがけない言葉。そのすべてを怒鳴り散らし、『のび太』に叩きつけていた。
心配したパパとママが部屋の外からそっと様子をうかがっていることはわかっていたけど、すべての思いを『のび太』に叩きつけずにはいられなかった。結果として、パパとママにもすべての事情を伝えることができたわけで、あとから思えば良かったことなんだろう、きっと。
「……あんたのせいよ。あんたのせいであたしはなにもかもなくしたのよ」
涙をボロボロと流しながら、あたしは『のび太』をそう責めつづけた。『のび太』はメガネの奥の目でじっとあたしを見つめていた。やがて、言った。
「話はわかったよ、内ヶ島さん。でも、それがなんだって言うの?」
「な、なんだ……?」
「学校での居場所をなくしたからって、それがなんだって言うのさ。学校は自分のために行くところだ。誰かに行かされるところじゃない。だったら、自分のためにならないと思えば行かなくていいんだ。当たり前のことじゃないか。道なんていくらでもあるし、居場所なんていくらでも作れるんだ。
そして、内ヶ島さんにはもうすでに『太陽ドル』っていう居場所があるじゃないか。そこには、僕がいて、武緖先生もいる。これから先、活動範囲を広げていけば新しい友だちも、仲間も、どんどんできる。内ヶ島さんにはちゃんと学校以外の道があって、学校以外の居場所があるんだ。それなのに、学校での居場所をなくしたからって、それがなんだって言うんだ」
『のび太』――野々村さんは、あたしの目を見ながらキッパリとそう言いきった。か弱い見た目とは裏腹な力強いその言葉に、あたしは呆気にとられた。
「それにね、内ヶ島さん」
野々村さんは口調を少し柔らかいものにかえて、話しつづけた。
「『アイドルになる』って言われて、嗤われたのは君だけじゃないよ。普通じゃないことを目指す人はみんな、嗤われるんだ。白葉だってそうだ。さんざん嗤われて、それでも、アイドルを目指したんだ」
「白葉が……」
野々村さんはスマホを操作して、あたしに手渡した。
「これを読んでおいて。白葉のブログだよ。『アイドルを目指す』と言った白葉がまわりからどんな態度をとられたか、どうやってそれを乗り越えたか。それが書いてあるから」
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「道なんていくらでもある。居場所なんていくらでも作れる。本当、その通りよ。あなたは幾つもある道のなかから自分に合った道を選べばいいの。たとえ、時間がかかってもね。わたしたちは静香の味方よ」
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