あたしは『のび太』に初恋を奪われた

藍条森也

文字の大きさ
19 / 25

一九章 もう、学校なんて行けない

しおりを挟む
 もう、何日目だろう。
 あたしは自分の部屋で頭から布団をかぶり、まんじりともしていなかった。
 布団のなかにこもったまま身動きひとつできず、かと言ってもちろん、呑気に眠れるはずもなく、布団をギュッとつかみ、唇を噛みしめ、あふれる涙を拭うばかり。
 学校にも行けず、もちろん、武緖たけお先生のレッスンを受けるどころじゃない。『のび太』にも会っていない。スマホはしょっちゅう、着信音が鳴っていたし、『のび太』や武緖たけお先生から電話って言う声も何度も聞いた。あたしはそのすべてを無視していた。というより、心が反応できなかった。
 ご飯を食べる気力もなく、居間に出ていくこともできない。パパがそっと部屋のドアの前に置いておいてくれるご飯をごくたまに食べるだけ。
 ――こんなことじゃいけない。
 そんなことはわかってる。
 パパとママに死ぬほど心配させていることもわかってる。
 なにしろ、ひとり娘がある日突然、学校から帰ってくるなり部屋に飛び込み、布団をかぶって出てこなくなったのだ。
 心配していないはずがない。
 気が狂うほどハラハラしているに決まっている。
 それでも、それでも、あたしはそうしているしかなかった。布団から出ることも、まして、事情を説明するなんてどうしてもできなかった。
 ――紗菜さなが……あの紗菜さながあんなことを言うなんて。
 他の誰に同じことを言われたって、こんなにショックを受けたりはしなかった。こんなことにはならなかった。ならなかったはずだ。
 でも、紗菜さな。幼稚園の頃からずっと一緒だった紗菜さな。一生の友だち、親友だと思っていた紗菜さな。世界中があたしの敵にまわってもこの子だけは味方でいてくれる。そう思っていた紗菜さな。その紗菜さなが、自分の立場のためにあたしを利用していただけだなんて……。
 あたしはもう頭のなかがグチャグチャになってなにもわからなかった。ただただ、布団のなかで唇を噛みしめ、涙を流していることしかできなかった。
 部屋のドアがノックされた。
 ママの声がした。
 「宏太こうたくんが見えられたわよ」
 ――『のび太』が……?
 ママの声を聞いた瞬間――。
 あたしが感じたのはとてつもない怒りだった。

 「全部、ぜんぶ、あんたのせいよ! あんだかよけいなことを言ってくるから!」
 部屋にやってきた『のび太』に向かい、あたしは思いきり怒鳴り散らした。学校でのイジメ、紗菜さなの思いがけない言葉。そのすべてを怒鳴り散らし、『のび太』に叩きつけていた。
 心配したパパとママが部屋の外からそっと様子をうかがっていることはわかっていたけど、すべての思いを『のび太』に叩きつけずにはいられなかった。結果として、パパとママにもすべての事情を伝えることができたわけで、あとから思えば良かったことなんだろう、きっと。
 「……あんたのせいよ。あんたのせいであたしはなにもかもなくしたのよ」
 涙をボロボロと流しながら、あたしは『のび太』をそう責めつづけた。『のび太』はメガネの奥の目でじっとあたしを見つめていた。やがて、言った。
 「話はわかったよ、内ヶ島うちがしまさん。でも、それがなんだって言うの?」
 「な、なんだ……?」
 「学校での居場所をなくしたからって、それがなんだって言うのさ。学校は自分のために行くところだ。誰かに行かされるところじゃない。だったら、自分のためにならないと思えば行かなくていいんだ。当たり前のことじゃないか。道なんていくらでもあるし、居場所なんていくらでも作れるんだ。
 そして、内ヶ島うちがしまさんにはもうすでに『太陽ソラドル』っていう居場所があるじゃないか。そこには、僕がいて、武緖たけお先生もいる。これから先、活動範囲を広げていけば新しい友だちも、仲間も、どんどんできる。内ヶ島うちがしまさんにはちゃんと学校以外の道があって、学校以外の居場所があるんだ。それなのに、学校での居場所をなくしたからって、それがなんだって言うんだ」
 『のび太』――野々村ののむらさんは、あたしの目を見ながらキッパリとそう言いきった。か弱い見た目とは裏腹な力強いその言葉に、あたしは呆気にとられた。
 「それにね、内ヶ島うちがしまさん」
 野々村ののむらさんは口調を少し柔らかいものにかえて、話しつづけた。
 「『アイドルになる』って言われて、わらわれたのは君だけじゃないよ。普通じゃないことを目指す人はみんな、わらわれるんだ。白葉しろはだってそうだ。さんざんわらわれて、それでも、アイドルを目指したんだ」
 「白葉しろはが……」
 野々村ののむらさんはスマホを操作して、あたしに手渡した。
 「これを読んでおいて。白葉しろはのブログだよ。『アイドルを目指す』と言った白葉しろはがまわりからどんな態度をとられたか、どうやってそれを乗り越えたか。それが書いてあるから」
 野々村ののむらさんはそう言って、帰って行った。
 野々村ののむらさんが帰ったあと、パパとママがふたりしてやってきた。ドアの外からあたしに話しかけた。
 「静香しずか。パパたちも宏太こうたくんと同じ思いだよ。学校は静香しずかが自分のために行く場所であって、行かされる場所じゃない。学校に行くことで静香しずかが傷つくなら行かなくていいんだ」
 「道なんていくらでもある。居場所なんていくらでも作れる。本当、その通りよ。あなたは幾つもある道のなかから自分に合った道を選べばいいの。たとえ、時間がかかってもね。わたしたちは静香しずかの味方よ」
 パパとママのその言葉に――。
 あたしは涙がにじんだ。
 スマホを見た。そこにはたしかに、白葉しろはの思いがつづられていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

私がガチなのは内緒である

ありきた
青春
愛の強さなら誰にも負けない桜野真菜と、明るく陽気な此木萌恵。寝食を共にする幼なじみの2人による、日常系百合ラブコメです。

推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

田古みゆう
恋愛
推し活女子と爽やかすぎる隣人――秘密の逢瀬は、推し活か、それとも…? 引っ越し先のお隣さんは、ちょっと優しすぎる爽やか青年。 今どき、あんなに気さくで礼儀正しい人、実在するの!? 私がガチのアイドルオタクだと知っても、引かずに一緒に盛り上がってくれるなんて、もはや神では? でもそんな彼には、ちょっと不思議なところもある。昼間にぶらぶらしてたり、深夜に帰宅したり、不在の日も多かったり……普通の会社員じゃないよね? 一体何者? それに顔。出会ったばかりのはずなのに、なぜか既視感。彼を見るたび、私の脳が勝手にざわついている。 彼を見るたび、初めて推しを見つけた時みたいに、ソワソワが止まらない。隣人が神すぎて、オタク脳がバグったか? これは、アイドルオタクの私が、謎すぎる隣人に“沼ってしまった”話。 清く正しく、でもちょっと切なくなる予感しかしない──。 「隣人を、推しにするのはアリですか?」 誰にも言えないけど、でも誰か教えて〜。 ※「エブリスタ」ほか投稿サイトでも、同タイトルを公開中です。 ※表紙画像及び挿絵は、フリー素材及びAI生成画像を加工使用しています。 ※本作品は、プロットやアイディア出し等に、補助的にAIを使用しています。

処理中です...