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最終話 勇者死す

五一章 ハリエットの提言

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 「熊猛ゆうもう紅蓮隊ぐれんたいは敗北し、熊猛ゆうもう将軍しょうぐん閣下かっか死去しきょ鬼部おにべとの戦いはまさに風雲急を告げております。この戦いに負ければ我々人類は鬼部の餌となるしかない。そんな未来を受け入れるわけには参りません。なんとしても持ちこたえ、反撃に出なければならない。ですが、わたしは戦いに関しては素人。どうすれば良いのかわかりません。そこで、戦いの専門家であるあなた方にお願いします。どうか、今後どうすればいいのか教えてください」
 ハリエットはそう言うと、居並ぶ面々に向かって頭をさげた。
 ハリエットたちの作りあげた新しき国。その執務しつむしつのことである。
 『執務室』と言えば聞こえは良いが、その実体はあいかわらず、廃墟に最低限の修復を加えただけの『掘っ立て小屋』と言っても良いような代物である。
 ――最優先すべきは集まった民の生活を守ること。
 そのハリエットの意思によって国民の住居と防衛設備の建築に全力を傾けている分、『王宮作り』などにはまったく手が回らないのである。
 城もなければ王宮もない。となれば、『国』としては威風いふう尊厳そんげんに欠けるのはいかんともしがたい。しかし、ハリエット自身、自分には威風だの尊厳だのは似合わないと思っているし、この場に集まった面々は、そんな建物の有無とこの国の価値とは関係ないと知っているので問題はないのである。
 いま、この場にはハリエットの他、自警団長ジェイ、副団長アステス、スミクトルの宿将しゅくしょうモーゼズ、ポリエバトルの雌豹めひょう将軍しょうぐんバブラク、オグルの烈将れっしょうアルノスの五人が出席していた。いずれも戦いの専門家であり、たい鬼部おにべ戦役せんえきにおいて人類の命運を握る面々である。
 ハリエットはその面々に頭をさげて教えをうた。レオナルドたちとちがい、よけいなプライドをもたないハリエットは自分の欠点を素直に認めることが出来たし、その欠点を補うために他人の教えを受けることが出来た。
 そのためには自ら頭もさげる。
 お願いもする。
 その謙虚けんきょで素直な態度は、ハリエットにはなにかとキツく当たるアステスでさえ認めていた。まして、もともと好意的であった他の面々にとってはなおさらである。
 ハリエットの言葉を受けて最初に発言したのはジェイである。
 「ジェイから申しあげます、陛下。まずは熊猛紅蓮隊を再編成するべきです」
 「再編成? 熊猛紅蓮隊を?」
 「御意ぎょい。敗れたとは言え熊猛紅蓮隊は全滅したわけではありません。かなりの数が鬼界きかいとうより帰還しております。その面々を集め、いま一度、精鋭軍として作りあげるべきです」
 「ですが、鬼界島での戦いは凄惨せいさんなものであったと聞いています。せっかく、そんな戦いから生還した人たちにもう一度、戦うことを強いたりして良いものでしょうか」
 「陛下」と、アステス。
 『陛下』という呼び方にはっきりとわかる棘がある。
 「戦士たるものを馬鹿にしないでください。熊猛紅蓮隊に選ばれるほどの戦士であれば皆、武勇にも精神にも優れたものばかり。人類のために戦おうという気概きがいは陛下以上。敗戦から帰ったからこそ、再び人類のために戦おうとの意欲に燃えているはずです」
 「アステス。陛下にたいたてまつり失礼だぞ」
 仮にも『自分たちの』女王たる身に対し、敬意を感じさせないアステスの言い草にジェイが釘を刺した。
 「なぜ、お前はいちいち陛下に突っかかる? 他のものにはそんな態度はとらないというのに。らしくないぞ」
 「そ、それは……」
 アステスは口ごもった。『紅顔こうがんの美少年』という表現そのままの若々しく愛らしい顔を朱に染めてそっぽを向いた。
 「いえ、いいのです。ジェイ団長」と、ハリエット。
 「たしかに、わたしの発言は一命を賭して人類のために戦おうという戦士の方々に対し、失礼でした。よく指摘してくれました、アステスさま。感謝いたします」
 「いえ……」
 ハリエットに頭をさげられて――。
 アステスはますます頬を赤く染めて横を向いてしまった。
 「その件じゃが……」
 スミクトルの宿将モーゼズが発言した。
 「わしもアステスどのに賛成しますぞ。わしは熊猛紅蓮隊に参加した我が国の将兵たちのことをよく知っておる。皆、人類のために生命を懸けて鬼部と戦おうとの気概をもった勇士ばかり。一度や二度の敗北で心が折れるような、そんな甘っちょろいものたちではござらん。指揮するものさえいれば必ずや再び、鬼部との戦いにはせ参じましょう」
 「おらも賛成するぞ」
 ポリエバトルの雌豹将軍バブラクが力強くうなずいた。
 「おらたちポリエバトルの勇士たちはこの程度のことでくじけりはしねえ。何度でも戦いの場に出向く」
 「同感」
 と、オグルの烈将アルノスが短く呟いた。
 「わかりました」
 居並ぶ面々の言葉にハリエットも決意を込めてうなずいた。
 「戦いの専門家であるあなた方が口をそろえてそうおっしゃるのならまちがいないでしょう。熊猛紅蓮隊の生還者たちには再び対鬼部の前線に立ってもらいます。ですが、その将はどなたに?」
 「ジェイ団長に決まっています!」
 アステスがハリエットの言葉に間髪かんぱつれずに答えた。若々しい頬が先ほどまでとはちがう理由で真っ赤に染まっている。
 「ジェイ団長は最前線の町エンカウンで鬼部相手の戦いを繰り広げてきました。いまの世界で、ジェイ団長ほど鬼部との戦い方を知り尽くしている将はいません。最初から、ジェイ団長こそが人類最強軍を率いているべきだったのです」
 そうしていれば、あんな無様ぶざまな負け方をしたはずがない。
 アステスは熱っぽくそう語った。熊猛紅蓮隊の敗北と熊猛将軍の死を知ったときには、
 「当たり前だ。情報の価値も理解せず、補給の大切さも認めず、ただただ蛮勇ばんゆうに頼って突き進むばかり。そんないのししに軍将など務まるものか。敗死する羽目になって当然。愚将ぐしょうに付き合わされて死ぬ兵がいなくなるのだからありがたいぐらいだ」
 そう吐き捨ててのけた人物である。国王三きょうだいに対する批判は誰よりも激しい。
 「もし、陛下がそのことをご理解されず、他の誰かを将にされるというなら、国王としての資格がうたがわれるというものです」
 わざわざそう付け加えるあたりがジェイの言う『らしくない』ところなのだった。
 ハリエットは腹を立てるどころか、気分を害した素振りさえ見せずに答えた。
 「もちろん、ジェイ団長の能力と経験はわたしも信頼しております。ですが、他の方々はどう思われますか? ジェイ団長が人類最強軍を率いること、ご承知くださいますか?」
 「むろんじゃ」と、モーゼズ。
 「アステスどのの言うとおり、エンカウンの町を守り抜いた実績にはなにも言えん。ジェイどのになら我が軍の将兵たちを安心して任せられる」
 「おらも賛成だ。ジェイ団長がいる間、決して陥落かんらくしなかったエンカウンがジェイ団長がはなれた途端、陥落したも同然のありさま。この一点だけでジェイ団長の有能さは明らかだからな」と、バブラク。
 「任せよう」と、アルノス。アルノスらしく必要最小限の言葉だけでジェイへの信頼を示した。
 「ありがとうございます、皆さん。信頼していただき嬉しく思います。ジェイ団長。聞いての通りです。再編される人類最強軍の指揮、お願いできますね?」
 「無理ですな」
 思い掛けない言葉にハリエットは目を丸くした。ジェイはそんなハリエットに厳しい視線を向けた。
 「陛下。あなたは一国の王なのです。王たるものは『お願い』などしてはいけません。『命令』するのです。命令することで、すべての責任は自分が負うと宣言するのです。それができないようでは一国の王たる資格はありません」
 そう言われて――。
 ハリエットの清楚せいそ可憐かれんな顔が朱に染まった。
 「……たしかに、その通りですね。仮にも一国の王となったというのにその自覚が足りませんでした。では、改めて命令します。自警団長。新設される人類最強軍の将となり、人類の勝利のために全力を尽くしなさい」
 「御意!」
 「うむ。良い返事だ」
 と、まるで孫の成長見守る祖父のような態度でモーゼズが破顔して見せた。
 「では、わしからも進言させていただこう。当面は攻勢に出るのは避け、守りに徹するのがよかろうと思う」
 「守りに、ですか?」
 「さよう。たしかに、敗戦の規模の大きさのわりには多くの将兵が帰還した。しかし、被害が甚大じんだいなのもたしか。このままズルズルと戦いをつづけていれば際限さいげんのない消耗戦に引きずり込まれ、壊滅かいめつ憂き目う めを見よう。そんなことになれば、鬼部どもの餌とされた孫子まごこの恨みを聞くことになる。それよりも、思いきって守りに徹し、腰を据えて新兵の育成に尽力し、正真正銘の精鋭軍を編成すべきと存ずる」
 モーゼズはいったん、言葉を切ってからつづけた。
 「幸い、アーデルハイドどのの尽力じんりょくによってレオンハルト王国の国境線に沿う形で食糧の生産拠点が配置されつつある。それらの拠点を城塞じょうさいし、つなげることで、戦線を構築こうちくできる。その線を最終防衛線として規定し、鬼部の侵入を断固、阻止。その間に後方で新兵を育成し、真の精鋭軍をそろえるべきじゃ」
 「防衛線の構築に関しては」と、ジェイ。
 「例の人形使いたちが『ゴーホーム』を広めることに熱意を燃やしております。各拠点をつないでゴーレムの壁、自ら鬼部と戦う『生きた壁』を作りあげるつもりとのこと。その壁が実現すれば史上最強の防衛線が構築できましょう。いかに鬼部たちとは言え、攻めるつど阻まれ、撃退されつづけるとなれば士気も落ちるでしょうし、疲れもするはず。しばし、防衛に徹するのは良き案と存じます」
 「各生産拠点にはすでにポリエバトルから連絡用の騎兵を送ってある」と、バブラク。
 「おらたちポリエバトルの騎兵が縦横じゅうおう無尽むじんに駆けまわり、各生産拠点に情報を行き渡らせれば、本当の意味で各拠点をつなげることが出来る。防衛線とするにはうってつけだ」
 「壁を築くまでの時間稼ぎは我がオグルが引き受けよう」と、アルノス。いかつい外見に似合わない貴公子然とした美声が響き渡る。
 「オグルの兵は敏捷さでは鬼部にかなわぬが、力なら負けん。居を構えての防衛戦こそ我らの本領」
 「防壁に設置する固定武器の開発はいまも進めています」
 アステスが付け加えた。
 「将来、攻勢に転じるためにも、人々を安全に守ることの出来る防衛線の構築は必須と言えます。いまはたしかに防衛線の構築に全力を傾けるべきでしょう。防壁内に引きこもるためではなく、あくまでも将来の攻勢に備えるために」
 「将来の攻勢のためと言うならば」
 アルノスが発言した。
 「いまのうちから鬼界島に斥候せっこう派遣はけんしておくべきだ」
 「斥候、ですか?」と、ハリエット。
 「そうだ。我々は鬼部のことをあまりにも知らなすぎる。鬼部がどれだけの数がいて、どのような暮らしを営み、なぜ、人の世を襲うのか。それらを知らねば対策の立てようもない。まして、鬼界島のことを知らなければ攻め込むことなど出来ん。『そのとき』がきてからあわてて調べるのではなく、いまのうちから手を打ち、詳細しょうさいな情報を得ておくべきだ」
 「それは確かに。ですが、鬼界島に乗り込み、鬼部の実態を探る。そんなことが出来る人物がいるのですか?」
 「心当たりならある」
 「心当たり?」
 「おれのいとこだ。『逃げ兎(注)』と呼ばれている」
 「逃げ兎?」
 「とにかく、臆病おくびょうで、魔物の気配に敏感でな。誰よりも早く気付き、誰よりも速く逃げる。おまけに、絵がうまい」
 「なるほど」と、ジェイ。深々とうなずいた。
 「敵の気配に敏感で、逃げ足が速く、しかも、絵がうまい。斥候としてはこれ以上ない逸材いつざいだな」
 「まさに」
 アルノスも力強くうなずいた。
 戦場ではまるっきり役に立たず、取り柄と言えば逃げ足だけ。
 そんな人物はウォルターやガヴァンのもとでは認められることなどないし、まして、活用されることなどあり得ない。しかし、自分の強さにおぼれ、戦い以外のすべてを軽視するウォルターたちとちがい、情報の大切さを知るジェイたちにとっては得がたい逸材である。
 一通りの意見が出そろったことを確認して、ハリエットがうなずいた。
 「わかりました。では、まとめましょう。まずは、アーデルハイドさまが築いた生産拠点をつなげて防衛線を構築。守りに徹しつつ、その後方で精鋭軍を育成。同時に、鬼界島に斥候を送り、鬼部の情報を集める。そういうことですね?」
 ハリエットの言葉に――。
 その場の全員がうなずいた。
 「付け加えるならば」と、ジェイ。
 「精鋭軍の育成にはあらかじめ期限を切るべきです。期限なしではいつまでたっても仕上がりに満足出来ず、ひたすら引きこもるだけ、となってしまう危険があります。明確な期限を設け、その間に精鋭軍を編成出来るよう計画を立てるべきです」
 「たしかに」と、ハリエットもうなずいた。
 「それでは、三年。人類はこれより三年の間、対鬼部戦役において守りに徹します。その間に反撃の準備を終えるのです」
 「御意!」
 「これで今後の計画は決まりましたね。それでは最後にわたしから提案したことがあります」
 「陛下から?」
 アステスが驚きに目を丸くした。
 いくさに関しては素人のハリエットが自分からなにかを提案するなどとは思っていなかったのだ。そのハリエットの言葉はその場にいる全員を驚愕きょうがくさせるものだった。
 「勇者一行を我々の側に引き抜こうと思います」

(注) 『逃げ兎』に関しては『自分は戦士じゃないけれど』第四話『我らが英雄、逃げ兎! ~前日譚~』を参照のこと。
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