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執事は古巣よりも、同胞よりも、お嬢様が大事
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──森は何も語らない。
沈黙の中に、私は久しく忘れていた“記憶”を嗅ぎ取った。
湿った土の匂い、重く垂れこめる葉の陰影、微かに漂う腐葉土の甘い香り──それらすべてが、私の“原初”を蘇らせる。
──ここは蜘蛛の森。
かつて私が張り巡らせた無数の糸と、命の鼓動が交錯した場所だ。
しかし、そんな感慨に耽る暇などない。
「奴は……強すぎます……!」
呻くような声をあげる負傷した騎士たちが、私たちの前に倒れ込んでいた。
その姿は、敗北の惨状を如実に物語っている。鎧は無惨に裂かれ、血が乾いて赤黒く染みていた。
「……おい、大丈夫か……!」
男爵様が駆け寄り、一人の若い騎士の肩を支える。
「騎士たる者が……こんな無様な姿に……!」
若い騎士はうつろな瞳をこちらに向け、言った。
「……団長は……あの怪物と……一騎打ちを……している……!」
──なるほど。
そういうことか。
私は静かに目を閉じ、深呼吸をした。森の奥、風の行方の中に潜む気配を感じ取る。
聞こえてくるのは、無数の枝が軋む音と、わずかに震える糸の響き。
「クロード……行くぞ!」
男爵様が短剣を握りしめ、前へと進もうとする。しかし、私はその腕を掴んで止めた。
「……お待ちください、男爵様」
「何を言っている! アトラが危ないのだぞ!」
──その名前が、まるで胸を刺すように響く。
しかし、それでも私は優しく微笑んだ。
「お嬢様は、きっと無事です」
「……根拠はあるのか?」
男爵様の目には焦燥と不安が混じっていた。
彼は父親であり、一人の無力な人間であった。 その無力さが、彼を突き動かしている。
「根拠ならございます」
私は静かに周囲を見渡した。鳥たちはすでに飛び去り、風が途絶えている。蜘蛛が巣を張るとき、森は息を潜める──それを知っているのは、かつて蜘蛛であった私だけだ。
「──ここは、私の古巣です」
その言葉に、男爵様が驚いた顔をした。
「古巣……だと……?」
「ええ。私は……昔、この森の住人でしたから」
男爵様は言葉を失ったように私を見つめたが、すぐに問いを呑み込む。今は理解を求めるべき時ではないと悟ったのだろう。
「ですので、どうかご安心ください。お嬢様の血の匂いはしませんでした。私にはわかります」
そして、私はもう一度微笑んだ。
──この戦場に足を踏み入れることに躊躇はない。
なぜなら、私は蜘蛛だ。ただの執事などではない。
「……クロード、本当に……行くのか?」
男爵様の声は震えていた。私はそっとその手を外し、軽く一礼をした。
「お嬢様が悲しむのは、貴方が傷つく姿を見た時です」
そして、私は森の奥へ向かうべく、踏み出した。
──私は必ず、お嬢様を救う。
たとえ、かつての“同胞”を相手にしようとも。
この命を全て捧げてでも、守るべき糸の先がそこにあるのならば──迷いはない。
沈黙の中に、私は久しく忘れていた“記憶”を嗅ぎ取った。
湿った土の匂い、重く垂れこめる葉の陰影、微かに漂う腐葉土の甘い香り──それらすべてが、私の“原初”を蘇らせる。
──ここは蜘蛛の森。
かつて私が張り巡らせた無数の糸と、命の鼓動が交錯した場所だ。
しかし、そんな感慨に耽る暇などない。
「奴は……強すぎます……!」
呻くような声をあげる負傷した騎士たちが、私たちの前に倒れ込んでいた。
その姿は、敗北の惨状を如実に物語っている。鎧は無惨に裂かれ、血が乾いて赤黒く染みていた。
「……おい、大丈夫か……!」
男爵様が駆け寄り、一人の若い騎士の肩を支える。
「騎士たる者が……こんな無様な姿に……!」
若い騎士はうつろな瞳をこちらに向け、言った。
「……団長は……あの怪物と……一騎打ちを……している……!」
──なるほど。
そういうことか。
私は静かに目を閉じ、深呼吸をした。森の奥、風の行方の中に潜む気配を感じ取る。
聞こえてくるのは、無数の枝が軋む音と、わずかに震える糸の響き。
「クロード……行くぞ!」
男爵様が短剣を握りしめ、前へと進もうとする。しかし、私はその腕を掴んで止めた。
「……お待ちください、男爵様」
「何を言っている! アトラが危ないのだぞ!」
──その名前が、まるで胸を刺すように響く。
しかし、それでも私は優しく微笑んだ。
「お嬢様は、きっと無事です」
「……根拠はあるのか?」
男爵様の目には焦燥と不安が混じっていた。
彼は父親であり、一人の無力な人間であった。 その無力さが、彼を突き動かしている。
「根拠ならございます」
私は静かに周囲を見渡した。鳥たちはすでに飛び去り、風が途絶えている。蜘蛛が巣を張るとき、森は息を潜める──それを知っているのは、かつて蜘蛛であった私だけだ。
「──ここは、私の古巣です」
その言葉に、男爵様が驚いた顔をした。
「古巣……だと……?」
「ええ。私は……昔、この森の住人でしたから」
男爵様は言葉を失ったように私を見つめたが、すぐに問いを呑み込む。今は理解を求めるべき時ではないと悟ったのだろう。
「ですので、どうかご安心ください。お嬢様の血の匂いはしませんでした。私にはわかります」
そして、私はもう一度微笑んだ。
──この戦場に足を踏み入れることに躊躇はない。
なぜなら、私は蜘蛛だ。ただの執事などではない。
「……クロード、本当に……行くのか?」
男爵様の声は震えていた。私はそっとその手を外し、軽く一礼をした。
「お嬢様が悲しむのは、貴方が傷つく姿を見た時です」
そして、私は森の奥へ向かうべく、踏み出した。
──私は必ず、お嬢様を救う。
たとえ、かつての“同胞”を相手にしようとも。
この命を全て捧げてでも、守るべき糸の先がそこにあるのならば──迷いはない。
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