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第2章 幼なじみのせいで暑い夏
04 熱中症
しおりを挟む五時間目の体育の授業は、真昼の太陽の下行われていた。
「この時期に外での体育ってダメだと思います!」
「涼……多分、七月とか九月とかのほうが暑くて干からびるよ。今が六月だってこと忘れてない?」
「六月じゃないってーこの暑さ六月じゃなーい!」
俺たちの学校は授業前にグラウンドのトラックを走る。
涼は文句を言いながら白線の内側を走り、少しでも距離を短く済ませようとしていた。
炎天下の中の体育は最悪だ。だらだらとしゃべりながら前を走っている女子たちも、髪型が崩れるや日焼けするなど文句をたれていた。
「……涼、何やってんだ」
「昊、お前の恋人だろう。お前が世話しろ」
「はあ~凪さあ。お前と違ってオレは世話しねえの。恋人って世話する、されるとかじゃねえんだよ」
「別に俺も夏芽に世話をしてもらっているつもりはないぞ」
俺たちの後ろを、凪と昊がついてくる。
二人が何の会話をしているか分からなかったが、振り返ればすぐに凪と目が合った。しかし、俺は午前の出来事がよみがえり顔を逸らしてしまう。
「ありゃ、何。ナギと喧嘩したの?」
「喧嘩してないよ……」
「訳ありみたいですな~?」
涼は面白い話をゲットした、と言わんばかりにわざと並走し、肩をぐりぐりと押し付けてきた。
いうんじゃなかった、と後悔しつつ俺は涼のほうをちらりと見る。
「凪ってモテるじゃん」
「ん? まあ、モテんね。ナギかっこいいもんね」
「でしょ!?」
「うわっ、びっくった……ナツ、そんな声出せるんだ」
意外だな、といいながら涼も後ろをそれとなく見る。
二人はまた何か言いあっているらしく、時々昊の呆れたような声が聴こえる。基本的に昊は、四人でいるときは常にツッコミ役だ。だが、凪の言葉足らずに呆れている姿をたびたび見て、そのたび「夏芽任せた!」と俺に凪の面倒を押し付けてきた。
「それで、モテるって話とナツと何か関係あるの? あっ、あれ? もしかして、嫉妬ってやつ?」
「し、嫉妬? なんで?」
「いやいや、今ナギはナツの恋人だし。モテるから嫉妬してるのかな~って」
「分かんない。その、さっき、凪が女子たちに何か話してて。俺、てっきり後で告白するからみたいな……あれかと思った」
「おわーお。ナツめっちゃ飛躍な想像してんじゃん」
涼は「マジか~」と、何が「マジか」なのか分からない言葉を口にしながら、一人うんうんと腕を組み頷いていた。しかも、その状態で走るものだからあまりにも滑稽で、腹が痛くなってくる。
(確かに、飛躍してるかもだけどさ……)
女子と話しているから告白されるんだーなんて普通は思わないだろう。俺も冷静になって考えれば、その通りだなと思う。ただ、女子の態度が少し気になって、もしかしたら……とこの発想に至ったのかもしれない。
そもそも、凪がクラスの女子と話しているところなんて久しぶりに見た気がする。
(え……でも、なんで俺は勘違いした?)
凪だって女子としゃべることくらいあるだろう。でも、いつもは俺にべったりで、何かするときもだいたい涼と昊を含めた四人で行動していた。
だから、そもそも凪は女子としゃべる機会なんてこれまでなかった。
そこまで考えたが、それは俺の勝手な思い込みだと踏みとどまった。
凪があまりに人としゃべらないとはいえ、授業でのペアワークでは隣の席の人と普通にしゃべるし、他の人に対しても無視することはない。これまでにだって、俺がしらないだけで女子としゃべったことなんて何度もあるだろう。
(そっか……俺が凪のこと気にしてるから)
凪は、俺に見すぎだといった。でも、それはあながち間違いじゃなくて、俺は凪のことを必要以上に見ていた。目で追っていた。
恋人だからか、最近凪に振り回されているからか。幼なじみという関係ではなく、恋人になったからか。
俺は、凪のことを前よりもよく見るようになった。そのため、見えてくるものがいっぱいになって、変な想像が膨らんでいく。モヤッとした気持ちが心の中に生まれては、思考を鈍くしていった。
「ちゃんとナギのこと見てんだね。僕のおかげかな?」
「自分で言う? でも、そうかもしれない。前よりも、凪のことよく見てるかも……てか、目が離せないっていうか」
ずっと一緒にいすぎて、近くにいすぎて凪の周りのことを気にしなかった。
俺はいつの間にか四人だけの世界に入り込んでいたし、周りのことをそこまで気にしていなかった。
でも、世界は俺たち四人だけじゃなくて周りに人がいて、当たり前に会話するし、挨拶だってする。それはいたって普通のことだ。
(けど、俺は凪が他の人としゃべっているところを見てモヤッとした……)
これじゃあ、まるで凪のことを支配しようとしているみたいじゃないか。俺以外と話すなって、俺は周りにイライラしている。
「そんで、ナツはナギが他の人と話していることに嫉妬したんだ」
「……これが、嫉妬っていうの?」
「そーなの! ナツはたま~に変なふうに想像膨らましちゃうよね。それ単純に嫉妬! よく考えてみ? ナギが他の人と話してるとこ見て、モヤッとした! それ、嫉妬!」
「嫉妬……」
「別に、汚い感情とかじゃないよ。自分の大切な人が、自分以外としゃべってるーってやっぱちょっとモヤッちゃうから」
「涼もそう?」
「あったりまえじゃん。まあ、僕よりも昊のほうが嫉妬深いみたいだけど……ね。ナツ。でも、そんだけナギのことが大事ってことでしょ? 特別でしょ?」
涼はどうなの? と、俺に聞いてくる。
俺は、走りながら少しだけ後ろに顔を向けた。振り返れば凪と目が合ってしまい、また顔に熱が集まってくる。
凪のことをどう思っているか。
そんなの、当たり前に大事に決まっている。でも、特別かといわれたらすぐに答えられない。特別ってなんだろうか。
「まあ、ゆっくり知っていけばいいんじゃない? 後、一押し! って感じ」
「何が一押しなんだよ……」
「ナツの鈍感さでも、気づけるまであと一押しってこと。さあさあ、走って準備体操しよー!」
先に行くね、と涼はスピードを上げて走っていく。先ほどまで、だらだらと走っていたくせによくもまあ体力が残っているなと感心する。俺は、昼に食べた弁当が腹の中で暴れていて、少し横腹が痛い。
それに、涼の背中を追いかけて走っていると、視界がぐにゃりと歪んだ。足には鉛の枷がはめられたように重くなる。
(あ……れ…………?)
だんだんと、涼が遠くなっていく。
俺は必死に追いつこうと手足を動かしたが上手く動かなかった。
「――夏芽!」
身体ががくんと傾いたとき、誰かが俺の肩を支えてくれた。
目を開ければそこには、必死に俺に叫んでいる凪の顔があった。どうやら俺は倒れてしまったらしい。
水の中に入っているように、周りの音が遠く聞こえた。
「熱中症? 先生呼んでくる?」
「その前に、救急車じゃね」
「スマホ持ってないんだけど」
周りのクラスメイトが俺を囲みながら何かを言っている。
だが、ある時を境にみんな口を閉じ、なんとも言えない空気が漂い始める。一体何が起こったのだろうか。そう思っていると、ふわりと俺の身体が浮いた。
「俺、飛んでる……?」
「なわけないだろう……思考力がかなり鈍ってるな。夏芽、お前、熱中症だな?」
「ね、ちゅーしょう?」
「……っ、そうだ。今から俺が保健室にお前を運ぶ。今日の体育はお前は休みだ。いいな?」
ぼやぼやとした視界の中見えたのは、凪の顔だった。
彼は先ほどとは違いいたって冷静にそう言うと、俺の身体を抱きかかえたまま歩き出す。
「おい、凪。夏芽……どうした」
「ナツどうしたの!?」
「昊、涼……夏芽が熱中症でぶっ倒れた。水分量が足りてないし、この暑さだ」
「熱中症……確かにあちぃもんな。オレたちついていったほうがいいか?」
「いい。俺が運ぶ。お前らも気をつけろよ」
俺を心配してかやってきてくれた二人も不安げな声色で俺を見ていた。そんな二人に、凪は顔を向けず淡々と告げるとまた歩き始めた。
二人はついてくる気配はなかったし、他の人も騒ぐことなくトラックの周りを走っているみたいだ。その証拠に、グラウンドの砂を蹴るような音がまた聞こえ始める。
俺は安心して凪の体操服をきゅっと掴んだ。
「大騒ぎになってない?」
「なってない。夏芽は、こんな時まで周りの心配をするんだな」
「みんなの前で倒れたの恥かしいし、迷惑かけたくない……凪にだって、迷惑かけたくない」
「……そんなこと思わない。むしろ、お前からかけられる迷惑なら嬉しい」
「凪って、変……」
手のひらにはじんわりと汗がにじんでおり、これ以上凪の体操服を引っ張っていたら伸びるし、汗臭くなるんじゃないかと手を放す。
俺の体重は平均のはずなのだが、なぜこうも軽々持ち上げられるのだろうか。
うとうとするようなリズムで凪は俺を運ぶ。まるで、ゆりかごの中で揺すられているような気持だった。
空を見上げると、雲一つない晴天が広がっており、白い太陽を遮るものは何もない。ご飯もしっかり食べたはずなのに熱中症だなんて笑えないな、と俺は目を閉じた。
年を取るたび、凪に何かと迷惑をかけている気がする。最近も、俺を起こしに来てくれるし、荷物も持ってくれる。そんなことしなくていいといいたいのに、俺は、意地っ張りな凪の優しさにすっかり甘えてしまっていた。
凪が以前に言っていたように、俺も凪なしの生活なんて考えられなくなっていた。
「凪……凪は、どうしてそこまでしてくれるんだよ。幼なじみだから? それとも……恋人だから?」
回らない思考の中、頭の隅に追いやっていた疑問がわいてきた。
こんなこと聞かれても困るだろうな、と思うのに、俺の目はぱっちりと開いて凪を見ていた。
凪は、なにも難しい問題じゃないというようにきれいな形の口を開く。
「お前だから。夏芽だから……俺は、夏芽じゃなきゃこんなことしてない」
「…………やっぱり、凪って変だ」
「変でも構わない」
ついたぞ、と凪は保健室の前で止まる。それから、コンコンコンとグラウンドから保健室につながる扉をノックし、養護教諭が出てくるのを待っていた。
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