追憶の探偵

兎束作哉

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第2章 逆恨みの探偵

case09 某推理小説

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 ご注文のオレンジジュースでございます。ごゆっくりどうぞ。

と、店員が運んできたグラスをテーブルの上に置いて帰っていったのを確認し、目の前の少年と向き合った。


 少年は緊張しているのか小さくなって俺たちと目線を合わせようとしなかった。
 あの後、チラシを拾いあげ詳しい話が聞きたくなった俺は少年の許可を得てファミレスに来ていた。神津は、また奢らせるきかと冗談を言っていたが、さすがにこれ以上神津に金をたかると罰が当たりそうな気がして、ジュース一杯分ぐらいは自分で出そうと思った。


「店員さん、イチゴパフェお願いします」
「おい、神津。まさか、俺のおごりとかいわねえだろうな」
「え~どうしよっかなあ」


と、わざとらしく悩む素振りを見せる神津を俺は睨みつける。神津はそれすらも楽しんでいるようで、口元を緩ませている。


「あ、あのっ」


 そんな俺たちの会話を聞いてか、それまで黙っていた少年が口を開いた。
 俺たちは、一旦言い合うのをやめて少年の方を向き直る。彼は、俺たちが聞く姿勢にはいるとまた途端に小さくなって俯いた。


「お前のために頼んでやったオレンジジュースだから、飲んでいいからな」
「は、はい、ありがとう、ございます」


 さすがに命令口調過ぎたかと、自分の発言に後悔しつつどうにか少年が話しやすいような空気を作ってあげなければと言葉を探す。
 すると、神津が助け舟を出すように少年に声をかけた。


「さっきの紙にうつってた子、もしかして探してるの?」


 そう神津がにこやかな笑顔で尋ねれば、少年は肩を大きく上下させ、消えるような声でそうです。と答えた。
 そんな少年の様子を見て、俺と神津は顔を見合わせた。

 少年が持っていた大量の紙には「この子を探しています」という文字とその子の写真が印刷されていた。それは、俺たちが今探している少女たちと、誘拐犯が狙っている少女の特徴に当てはまる子だった。そして、随分と前から探しているところを見ると五人の内の一人ということになる。


「あ、えっと……あの、僕は何でここに連れてこられたんですか。後、貴方たちは一体……」


と、少年は警戒するような視線を向けた。

 そういえば、その紙にうつっている女の子について話が聞きたいと言っただけで名乗ることも目的も何も話していなかったなあと今更ながらに気がついた。そりゃあ、警戒されても仕方がないし、俺たちが不審者に見えても仕方がない。まだ、彼も8歳ぐらいと見えるし、8歳だったとしてもこんな日中にうろうろしている大人がいたら怪しむのも無理がない。


「そうだな、自己紹介が遅れて悪かった。俺は、明智探偵事務所所長で、探偵をやっている明智春っていうんだ。それで、こっちは俺の相棒の神津恭」


 俺は、胸ポケットから名刺を取りだし少年に渡した。少年はそれを手にとってまじまじ見ると、今度は俺の顔をじっと見つめた。


「探偵さん?」
「ああ」


 彼の中で珍しい職種だったのか、はたまた興味がそそられる触手だったのかは分からないが、彼は目をキラキラと輝かせた。その純粋な目を見て、何故か良心が痛んだ。


(……うっ、そんな格好いいことしてねえのに)


 俺の心を察してか、隣にいた神津は付け加えるように俺の方を指さして、「でも、猫探しばっかりしてる猫探偵さんだよ」などと余計なことを付け加えた。 
 確かに、俺の元に来る依頼は猫を探すことばかりだが、それはあくまで仕事であって、決して趣味ではないし、猫探偵という名前も勝手に神津が付けただけだ。
 俺はテーブルの下で神津の足を蹴りながら、咳払いをして誤魔化すと、改めて少年に話しかける。


「それで、少年。お前の名前は?」


 少年の名前を尋ねると、彼はまた小さくなりながらも答えてくれた。


「小林です。小林永遠、です!」
「小林っていうのか」
「とわ君っていうんだ」


と、神津はニコニコしながら少年の名を呼んだ。

 俺が小林のことを名字で呼んだことに対し、神津は小林のことを下の名前で呼んだのだ。別に何の違和感もないし、此奴は下の名前で呼ぶことが多いためいつもの事と流す。小林は若干俺たちの名前の呼び方に戸惑っていたようだったが、どちらでもいいと意思を示すように頷いた。


(つか、明智と小林ってまるで某推理小説だな)


 かの有名な文豪の推理小説にも同じ苗字の探偵と助手がいた。俺はあの推理小説が大好きだったから、つい重ねてしまう。自分は全く足下にも及ばない探偵ではあるが。

 俺は、一度息を吐き出し気持ちを落ち着かせると、早速本題に入ることにした。


「それで、小林。あの紙に書いてあった少女を探してんのか?」
「はい、同級生の子で……数日前にいなくなってしまって。あ、あの紙はその子のお母さんが印刷したもので、僕も手伝えることがないかなあって思って、配ってたんです」


 でも、一向に見つからなくて。と、小林はうなだれた。
 それを聞いて、やはり間違いないと、俺たちが負っている事件だと確信する。


「誘拐の可能性があると?」
「は、はい……明智、さんは知ってると思うんですけど、今女の子を狙った誘拐事件が立て続けに起っているって。多分その犯人に攫われたんじゃないかって……」


と、小林はいうとギュッとズボンを握りしめて、自分は無力だというように俯いた。

 そりゃ、仲のいい子がある日突然攫われたと思うと、この年じゃ動揺も恐怖も、ぐちゃぐちゃになってしまうだろう。
 俺は、小林を落ち着かせるために立ち上がり彼の頭を撫でてやった。


「一緒に探してやるから、小林の知ってる情報教えてくれ。俺たちが絶対探し出してやるから」
「明智、さん」


 俺がそう笑えば、神津は頬杖をつきため息をついた。


「あーあ、春ちゃんの悪い癖だ」


 そう言いつつ、神津は俺と目を合わせ力を貸すという意を込めた微笑みを送ってきた。


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