一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

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プロローグ

一年後に死ぬ予定の悪役令嬢

 来世があるなら平穏に生きたいと願っていたのだけど、どうやら今世もダメみたい。

 儀式を執り行うために着せられた、ウエディングドレスとはまた少し違う真っ白な衣装に身を包み、神父らしき男の退屈でよく分からない言葉を呪文のように聞かされ、私と同じ色の、青みがかったシルバーのタキシードを着た相手と手のひらを触れ合わされる。まるで、血のような真紅の髪を持った彼もまたつまらなそうに、儀式の言葉が終わるのを待っていた。
 パタンと閉じられた聖書のようなものが祭壇に置かれ、では、と神父らしき男が少し大きめに声を発した。


「――汝らは永遠に幸せであることをここに誓いますか?」
「はい」


 私は小さく頷くと、神父が私の方に顔を上げ、こう言った。


「では、ただ今より番契約の儀式を執り行います」


 ようやく、儀式に入るのか、と私は溜息が出そうになったがグッと堪えた。
 番契約。それは、婚約よりも重く、絶対的な繋がりで、一生涯逃れられないもの。婚約関係であれば、解消も愛人も作ることが出来るが(実際にやらなければいいというのは全くその通りなのだが)、番契約は愛人も解消も出来ないもので、番以外の人間と性交渉を行うと、男は不能に、女は子供が産めない身体になってしまう。また、番以外の人間に触れられるだけでも酷い吐き気と嫌悪感に見舞われる。番と愛し合えば、愛し合うほど、互いの感情が自分の中に流れてくるようになるとか。あとは、何処にいても見つけられるのだとか。番の解除方法は、相手を殺す事のみである。
 一度結んでしまえば、一生その相手と拘束されてしまう、そんな秘術的な魔法――

 私はちらりと横の男を見た。端整な顔立ちに、夕焼け色の切れ長の瞳、長く尾を引くような真紅の髪。フォルモンド帝国――第一皇子にして、皇太子であるアインザーム・メテオリート殿下は退屈そうに、ただじっと前を見据えていた。
 この人と番になるのか……と思いながら、私は何度目か分からない溜息を心の中で吐いた。
 番契約は、お互いを裏切らないために結ぶ、偽りのない愛があって成り立つ契約だ。なのに、どうして彼のことをよくも知りもしない私、公爵家長女、ロルベーア・メルクールが彼と番契約を結ばなければならないのか。それには深いわけがあって――


「指先をこちらに」


 神父らしき男がそう言うと、先程まで退屈そうにしていた男は私を見下ろした。ぞくりとする、その夕焼けの瞳に私は気圧されながらも、神父の男のいうとおり目の前に置かれた針に指先を置きグッと抑えた。痛みと共に血が流れ、その血を互いの唇に塗りつける。


「では、契約のキスを」


 もうここまで来てしまえば逃げることは出来ない。多分だけど、この儀式を執り行うに当たって身を清め、何日も彼と同じ部屋で過ごし、彼に触れずに過ごしてきた。多分、というのはここが小説の中の世界だと知っているから。そう、私は転生者なのだ。


「おい」


 ドスのきいた声と共に、ガッと顎を捕まれる。苛立ったように、こめかみをぴくぴくさせているアインザーム殿下は、早くしろと言わんばかりにグッと顔を近づけて来た。


「グズグズするな、さっさとしろ」
「……」


 本当にこれから番になる人間に言う言葉じゃないと、心底呆れる。でも、この男がこんな奴だっていうこともよく知っている。そして、彼が私を愛することはない、ということも……
 私は目を閉じて、殿下に口づけをする。何の愛もないこの契約を断れ無かったのは、今し方前世を思い出したから。よりによってこのタイミングで。もし、少しでも早く思い出していれば、回避できたかも知れないというのに。
 口の中に私じゃない血の味が広がっていく気がして、ゾッとした。自分の中に他者が流れてくる感覚に、身を震わせる。これが、番契約。逃れられない鎖を内側から染みこませていく。きっと、殿下も同じ感覚なのだろうが、彼は一切動じなかった。だって、彼はこの儀式が初めてじゃないから。
 長いキスの後、唇を離した彼は蔑むように笑った。


「これで、俺とお前は番同士なわけだ」
「……そう、ですね……」
「嬉しくないのか」


 嬉しくないのか。それは、こっちが聞きたい台詞だった。言葉とは裏腹に、全然嬉しそうじゃない殿下を見ていると、ああやっぱり、小説通りなのね、と思ってしまう。彼が私を愛することがない理由は、単純明快で、私がこの物語の悪役令嬢だから。
 私はそっと自分の唇を触れる。すると、殿下は私の顎に手を当てて無理矢理前を向かせた。彼の太陽のように真っ瞳の中に私が映りこんでいるのが見える。それがなんだか屈辱的で悔しくて顔を逸らしたいのに出来ないことに苛立ちを覚えた。


「精々俺を楽しませてくれよ。番様。俺の一年が意味あるものにしてくれよ。じゃなきゃ殺すからな」
「……殿下の手は患わせませんよ。どうせ、一年だけの関係ですから」


 私は彼の手を払って顔を逸らした。怒るかと不安だったが、意外にも殿下は何も言ってこなかった。


(意味のあるものね……)


 アインザーム・メテオリート殿下は呪われた皇太子。二十三歳の誕生日を迎えるときに死んでしまう呪いにかかった皇太子……その呪いは、番にも影響する。解除方法は一つ、真実の愛を見つけること、愛する人を作ること。そんなおとぎ話みたいな呪い。けれど、私じゃその呪いを解くことが出来ない。後に、この世界にあらわれるであろうヒロインと殿下は恋に落ち、ヒロインが愛以外の解除方法を見つけ、殿下の呪いを解く。そして、番である私の方の呪いはとかれず、唯一呪いを解除する方法である、殿下の殺害を目論み失敗、ならばとヒロインを殺害しようとして失敗。一年経ち、呪いによって命を落す……それが悪役令嬢である私、ロルベーア・メルクールの末路。

 どうせ、変わらない未来なら、私はこの男を愛さず、好きな事をして残り一年を謳歌する。前世のような、寂しくて辛い生活なんてこりごりだから。
 私は、彼に愛を求めない。愛されないって分かっているんだから、努力なんて無駄でしょ?
 私は、フッと笑って殿下を見て口を開いた。


「殿下、私は貴方を愛せませんので、どうか私を自由にして下さい。貴方には、必ず、呪いを解いてくれる人がこの一年の間に現われますから」


 番なんて名ばかりで、愛のない関係。
 これでいい、どうせ死ぬ運命なら、私は愛なんてもの望まない。そうここで、宣言し、私はもう一度にこりと殿下に笑みを向けた。


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