一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

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第1部1章

06 気分転換に

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「お嬢様の変装魔法は、本当にレベルが高いですね。さすが、メルクール公爵家の一番星です」
「ありがとう、リーリエ。ついてきて貰って悪いわね」
「いえいえ、お嬢様のためならどこへでもお供しますよ! それに、たまには気分転換も大事ですから」


 番契約に、あのお茶会の後、家にいるとまたあの真紅の彼が来る気がして落ち着かず、私は屋敷を抜け出して街を歩いていた。一人ではなくメイドのリーリエを連れて。護衛の一人や二人つけるべきなのだろうが、変装魔法を施していれば、誰かに絡まれる心配もないだろう。髪の色は黒に、目の色も目立たない茶色にした。ロルベーアは魔力量が多く、基本どんな魔法でも使える。それも、その魔法の精度は高く、変装魔法なんかを使えば、皇族の側近魔術師しか気づかないほど上手く姿を帰ることが出来る。
 リーリエには村娘のような服を着て貰い、姉妹のように振る舞って貰うことにした。彼女は片間での三つ編みで、目はクリクリと大きい。メイドの中では一番若いのだが、働き者で、子爵家の出身らしい。そんな彼女を私は気に入っている。ロルベーアも何故かしら、彼女を侍女に任命し近くに置いていた。ロルベーアは嫌いそうなタイプだと思っていたが、以外にも、彼女にきつく当たったり、暴言を吐いたことはなかったという。それどころか、リーリエは、ロルベーアを慕っていた。もしかしたら、それがロルベーアにとっては癒やしで、自分をしたって……もっといえば愛して、誠心誠意尽くしてくれる彼女を気に入っていたのかも知れない。


「でも、変装してまで何がしたいんですか?」
「最近流行っているアクセサリーが見たくて」
「そんなの私か、他のメイドに頼めばよいじゃないですか」
「ふふ、普通の人としてお店に行くというのも一つの経験だわ。それに、実際に見なきゃ分からないものもあるでしょ?」
「さ、さすがお嬢様です!」


 キラキラと目を輝かせて信じてくれるリーリエを見ると、私も自然と頬が緩んだ。
 アクセサリーを見に来たのは、この間ミステルに自慢されたからである。あれくらい、公爵家の令嬢である私が変えないわけないのだ。ただ、ロルベーアは毎回オーダーメイドで作らせていたようで、流行には疎かったらしい。だから、流行っている中で一番高いものを買って見せつけてやろうと思ったのだ。この間で懲りて絡んでこなければいいのだが、また絡まれたときに抑圧になるんじゃないかと思った。


(――って、これじゃあ、ロルベーアと同じ思考ね)


 権力を振りかざして黙らせる。この身体だからか、そんな思考になりやすいのか。それとも私自身が、そういう持っているものを上手く活用しようとする思考をもっていたのか。どっちでもいいが、そんなアクセサリーを見に行くとき、一人では嫌だとリーリエを誘ったのだ。
 お店に入れば、店員に奇妙な目で見られた。というのも、普通の村娘が入れるようなお店ではなく、貴族令嬢がいくような高級な宝石店だったからだ。自分が変装魔法で身分を偽っていることを思い出し、私は店員にメルクール公爵家の家紋が入ったハンカチをみせた。すると、店員はすぐに「ごゆっくりどうぞ」と頭をぺこぺこと下げて下がって行った。


「これ、綺麗ね」
「ですね! これならお嬢様に似合います!」
「……あら?」


 ガラスケースの中に飾ってあった二つの指輪に目がいく。一つは朱色で、もう一つは赤みを帯びた金色をしている。それが太陽を反射して輝いているように見えたのだ。一目ぼれってやつだろう。それに値段も良心的だ。お金は有り余るほどあるだろうけど、お父様に小言を言われるのは嫌なので、これくらいがちょうど良いと思った。デザインが可愛いので私はこれにしようと思ったのだが、ケースから出して貰おうとするとリーリエが声を上げた。


「これ、皇太子殿下にプレゼントするやつですか?」
「え?」


 リーリエの言葉に私はハッと我にかえった。色が、赤であり、太陽を連想させるように輝いているということに。
 リーリエはきゃーと恋する乙女のように頬に手を当ててうりうりと身体をくねらせ始めた。


「この間、ロルベーア様が皇宮から帰ってきたときがあったじゃないですか。一日も何していたんだって考えていまして、もしかしてのもしかしてなのでは……と。め、メイドの分際で大変恐縮なのですが、既にロルベーア様と殿下はそんな仲に!? と思いまして。なので、これは、もしかして殿下へのプレゼントなのではと思った次第でございます」
「ち、違うわよ」
「言わなくても分かりますよ。お嬢様! リーリエ、感激です!」


 完全に誤解されてしまった。それだけじゃない、リーリエの脳内ではもう私が殿下に指輪を贈ることは確定されているらしい。リーリエは両手を上げて興奮し始めた。こうなったら買うしかないな、といらない出費をする事になった。リーリエの期待を裏切るわけにもいかず、そんなリーリエに甘い私に肩を落としつつも、店員を呼ぶ。
 それから、さらに、そのリングがペアリングであることを教えられ、ますますこの指輪を渡す気が失せてきた。こんなもの渡した日には、あの殿下の事だから誤解するだろう。いや、誤解というか、笑うというか……絶対に「やっぱり、公女も俺に気があるんだな」とか容易に頭に浮かんだから余計に腹が立った。
 ここに来たのは、あくまで自分用のアクセサリーを探しに。それが何故か、番へのプレゼントを買いに来た健気な公爵令嬢になってしまった。
 ご丁寧に包装された箱をリーリエはガラス玉を持つように慎重に抱え、通常の五倍くらい遅い足で私についてきた。


(というか、あの指輪……ペアリングな上に相手の位置が分かるようになっているそうじゃない……)


 番なら……愛し合っている番であれば、何処にいるか感じることができるらしいが、私達の間に愛はないためそんなことはできないだろう。だからこそ、この指輪を贈って互いにはめた際に、何処にいても私の居場所は殿下に筒抜けになってしまうということだ。こんなの絶対に贈れない。利用されそうなのだ。
 しかし、リーリエにかったところ見られている上に、お喋りなリーリエのことだから、周りに言いふらしてしまいそうでならない。リーリエには、私が伝えるからまわりにいわないで欲しいと釘を刺したのだが、ちょっと信用ならない。
 私はそんなことを思いながら、重い足取りで公爵邸に戻ることにした。後ろからリーリエがついてきているのを確認しつつ、私はふと足を止めた。


「……何?」


 ピンと頭の中で糸が張ったようなそんな不思議な感覚を覚えたのだ。そして、何かに引き寄せられるように、私は家と家の隙間の狭い道にむかって歩き出す。何かがそこにいる、そんな感覚がしてならないのだ。 
 そうして、光の差さない路地のようなところにつけば、下水の臭いと、ネズミが足の間を通り抜け、一気に鼻がもげそうなほどの臭いに襲われる。どうして、ここに来たのか私にも分からない。でも、何かに引き寄せられたのだ。
 そんなふうに、その場で立ち尽くしていれば、上から何かがもの凄い勢いで落ちてきたのだ。


「きゃあああっ!?」


 それが人だと気づいた瞬間、私は悲鳴を上げた。黒いローブに身を包んだ男が、頭から血を流してそこに倒れていたから。

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