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第1章 夜明けの一等星

06 寝ても覚めても強烈な

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「……痛っ」



 鏡を見て、昨日殴られた頬に触れる。
 鬱血した痣がそこに出来ており、何とも情けない顔になっていた。だが、表情は怒りを表していて、理不尽に殴られた機能のことを思い出している。



(やっぱ、痣になってるな……出会い頭に殴られたような物だし)



 はあ……と、溜息を零す。

 溜息なんかで、この鬱憤というか、モヤモヤとした気持ちは晴れるわけないのに、分かっている。
 出しっ放しの蛇口をひねり水を止める。節約……何て文字は今頭の中にないが、反射的にやってしまっているのだろう。



「琥珀朔蒔……か」



 彼奴の名前。

 真っ黒な髪に、恐ろしいほど黒い瞳を持つ少年の名前。響は最高に格好いいとか、バカみたいな思考が頭の片隅にはあった。が、それよりも、その顔と名前を一致させては、何処か心がざわつくのを感じていた。
 出会いは最悪だった。最悪で最低な物だったし、それ以外の言葉で表せないほど、本当に最悪だ。
 なのに、どうしてか心も頭も全部彼奴に持っていかれているのだ。
 俺の脳内では俺の事を楽しそうに無邪気な笑顔で殴る朔蒔の顔が浮かんでいる。最悪だ。最悪。



(ダメだ、寝ても、顔洗っても……彼奴のことばっかりだ)



 屈辱、不服。

 でてくる言葉はそんな物ばかりで、でもどこか心地よくて、不思議な感覚だった。



(嫌々、心地いとかないだろ……!? 殴られて、こっちはぼこぼこで……ときめきも何もねえし!)



 出会うべくしてで会ったみたいな、あの瞬間朔蒔の顔を見た瞬間、何となく知っているようななんとも言えない感覚にはなっていた。分かってる。
 でも、やっぱり思い出すと腹が立つ。
 俺は苛立ちをぶつけるように思いっきり拳を壁に叩きつけた。

 ドン! と鈍い音がして拳がジンジンと痛む。そして、俺は拳を押さえながら、はあ……とため息をつく。考えるのはやめよう。考えるだけ頭が痛い。

 結局頭がどうにもふわふわとしたまま学校に行くことにした。



「おはよ……」



 休むという選択肢は初めから俺の中にはない。
 痛みできしむ身体を引きずりながら学校に行き、教室のドアを開けると皆が一斉にこちらを向き、ヒソヒソと話し始めた。



(まぁ、そうだよな……)



 昨日の件で、俺のことが噂になっているのは知っていた。俺の事、というよりかは朔蒔のことなのだが、何人かのクラスメイトが俺の方に集まってきて、大丈夫だの痛くないのだの聞いてきたが、俺はそれを笑って受け流すことしか出来なかった。
 休むという選択肢もあったが、それもそれで父さんに迷惑をかけるし、何だか休んだら彼から逃げるようにも思えてしまいプライド的に許さず、こうして学校にきたのである。
 席に座り鞄を机に置くと、隣に座っている楓音が心配そうな顔で俺の方を見てきた。



「星埜くん大丈夫?」
「ああ、まあ……骨は折れてないし、痣にはなってるけど平気」



と、へらっと笑ってみせると楓音はほっとした表情を見せる。でも、すぐに頬を膨らませて「強がらなくていいんだよ」ともいってくれた。

 けれど、その言葉は何故か俺の心には響かずアクリル板に隔てられ跳ね返されるように地面に落ちていた。



(何だろ……強がりじゃないし、平気、平気だと思うんだけど……)



 心は晴れていなかった。
 きっと、昨日の件で朔蒔という普通コースの問題児に目を付けられてしまい、これから殴られる日々が始まるかも知れないというのに、俺の中には恐怖という感情も何もなかった。勿論、殴られるのが嬉しいとかそういう変な感情もないが、凪いでいる……というよりかは、何か、胸騒ぎのような。
 そんなことを考えながら窓の外を見ていると、ガラガラバンッ……! と音を立てて教室のドアが開いた。



「星埜――――ッ♥ おっはよ♥」



 その声で一瞬にして教室は静まりかえってしまった。
 そこには満面の笑みの朔蒔がいて、俺の姿を見るとまるで恋人に会ったかのように手を振ってきた。その行動は異常ともいえたが、周りの生徒達は唖然とし俺の方を一斉に向いた。
 何故なら彼は聞くところによると、入学式後早々に暴力沙汰を起こして、それからなんども停学を繰り返していた男だったからだ。それが、今朝になって突然態度を変え、しかもあんなにも愛想よく笑っているのだから驚くだろう。いや、元からああいういう性格なのか、それはどうでもイイのだが俺を見るなり主人を見つけた犬のように尻尾を振って寄ってくるのだから。



「なんで、おま……このクラスに……っ」
「えェ、だって俺このクラスだし。星埜と一緒」
「は……?」
「ンでェ、俺は星埜の後ろの席」



 いや、分かっていた。分かっていたが、認めたく無かった。

 最悪である。

 俺は頭を抱えたくなった。いや、もう抱えてるけど。問題児を教卓の前か、教室の端、つまり窓側の一番後ろの席にするかとか色々あるらしいが朔蒔はその後者であった。
 鞄を乱暴に置き俺の前までやってきた朔蒔は、ニコニコと笑いながらも目だけはギラついており、俺の顔に自分の顔を近づけた。



「昨日は楽しかったなァ、星埜。もっとお前のこと知りたくなったんだ。何ていうんだっけ、一目惚れって奴?」



と、朔蒔はうっとりとした顔で俺を見つめている。

 まるで、俺とお前は運命だろ? 見たいな事を言っているようで。
 こんなの脅迫以外の何ものでも無いだろうと、俺は朔蒔を睨み返した。


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