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第2章 真昼の一等星

12 曖昧な誕生日

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 梅雨が明ければ、からっとした夏が来る。

 そういえば、今年の梅雨入りって例年より早くて、短かった何てニュースをテレビで見た。誰もいない静かなリビングで。
 結局父さんとの仲は改善されないまま、ずるずるとここまで来ている。もう、一生このままなんじゃないかと少し諦めの気持ちも出てきた。諦めることが出来れば、楽になれるのかも知れないが、俺が目指していた正義がもう一度輝いている姿が見たい、なんて思いが捨てられなくて。馬鹿馬鹿しいって言われれば、その通りなのかも知れないが。



「星埜っ♥ おっはよー」
「いつも通りだな、朔蒔は」
「ハッハ~だって、星埜に今日も会えたし? それだけで、ラッキーデーじゃん」
「俺は、休まない」



 皆勤賞を狙っているわけじゃないが、体調管理も大事だと、俺は風邪をひかないように気をつけている。何より、高校の授業……それも、白瑛の授業は一日休んだだけでもかなり置いて行かれるため、休むわけにはいかないのだ。それでいて、予習復習は欠かさない。



「星埜くんおはよう。朔蒔くんも」
「はよ~楓音ちゃん」
「おはよう、楓音」



 梅雨明けの楓音の髪は、綺麗にとかされて、明るい茶色の髪は、夏の日差しを受けて輝いていた。制服も衣替えが終了し、爽やかな白と、紺色の半袖の生徒で溢れかえる。楓音は勿論、女性ものの夏用の制服だ。これも、ばっちり着こなしていて、ちらりと見えてしまった脇はむだ毛なんて一切無かった。そんなところ見ているって知られたら、変態だって思われそうだけど、見えただけ、決して見ては無い。
 下駄箱で靴を履き替えながら、楓音が思い出したかのように俺に声をかけてくる。



「そういえばさ、星埜くん、もう少しで誕生日じゃなかった?」
「あ、ああ。言ったけ、そんなこと」
「も~言ったよ。七月七日、誕生日だって。七夕で覚えやすいねって話したじゃん」
「そうだったかな。よく覚えてるな、楓音は」
「うん。だって、好きな人の誕生日なんだもん」



と、楓音は嬉しそうに言う。

 その、好きな人が、どの好きに当てはまるかは一旦考えずに、自分の誕生日を忘れていて、それで、友達に誕生日を覚えて貰っていたことが嬉しかった。まあ、自分の誕生日なんて、一年に一回しか来ないから、忘れちゃうけれど。
 そんな風に、朔蒔を空気にして、話を進めていれば、それが気にくわないというように、俺と楓音の間に割って入って朔蒔が顔を上げる。



「へェ、星埜誕生日近いんだ。今週じゃん?」
「まあ、今週……か。金曜日だな」
「誕プレ欲しい?」
「そう言うのって、聞く前にかうもんじゃないのか?」



と、俺が言えば、朔蒔は「俺、人の誕生日祝ったことねェからわからねーし」と頬を膨らました。少し可愛いなと思ったのは、ここだけの話。

 まあ、朔蒔だし、誕生日とか、祝ってそうにないよな……なんて、偏見も持ちながら、朔蒔が祝ってくれるかも知れない、なんて事実に、少し足が浮いてしまう。



「そういう、楓音は俺の十日後だったっけ」
「そう! 七月十七日生れ」



 覚えていて貰った事が、嬉しいのか、俺と同じような反応を見せる楓音。近いなあ、と若干親近感を覚えつつ、俺は楓音へのプレゼントを想像する。楓音の明るい茶色の髪に似合う髪飾りとかどうだろうとか、矢っ張り、可愛いものの方がいいよな、なんて考える。考え出すと楽しくなって、頭の中で、楓音を着せ替え人形のようにしてしまう。何を着ても、何をつけても、着こなすのが楓音だから。



(まあ、まだ時間はあるし、ゆっくり考えるか)



 そうして、この流れで、聞かないわけにはいかないと、俺は朔蒔の方を見る。朔蒔も、聞かれたそうに、俺を見て首を傾げている。わざとらしく。



「で、朔蒔は? いつ」
「俺? 俺、多分十一月九日」
「多分って……なんで、そんな曖昧なんだよ」
「祝われた覚えないから」



 そう朔蒔は吐き捨てた。本当に感情がゴトンと落ちたような言い方に、俺は違和感を覚える。それが、本当であるように聞えるから。



「そ……覚えておく」
「星埜、祝ってくれる系?」
「じゃなきゃ、聞かないだろ」



 なんて、返せば、さっきの落ちた感情を拾いあげたように、朔蒔は顔を明るくした。ころころ変わる表情を見ていると、本当に訳が分からなくなる。相変わらず訳分かんねえ素直な男だと。
 出会った当初の関係だったら、祝う気なんてゼロに等しかったが、なんかもう、あげた方が良いような……そんな関係になってしまったきがして、まだ先の朔蒔の誕生日のことを少しだけ考える。此奴は、何をあげたら喜ぶんだろうか、と全く想像がつかないから。
 だが、それよりも、気になる点があって、俺は朔蒔の誕生日を想像できずにいた。



(此奴も、家族仲……悪かったりすんのかな)



 そうだったとしたら、同じ……かもしれない、なんて。別に、悪いわけじゃないけれど、親との関係って結構大事というか、大事にしていくものだからと言うか。けれど、何となく、朔蒔に家族の話を振れずにいた。なんというか、聞くなっていうオーラが出ているような、そんな感じがして。
 でも、誕生日は祝って貰いたいよな……とか、高校生になって、親離れしろよ、と言われそうだが、生れてきた意味っていうのはあるよな、って再認識したいというか。ううん、単純に祝って欲しい。それが、家族って感じられる瞬間で、日だから。だから、祝って貰えないのは、悲しいよな。ただ、一言でも「おめでとう」って、言って欲しい。俺は、父さんに、ここ数年……いや、母さんが死んでからいって貰った事無い。



(まあ、話したくなりゃ、此奴から話すだろうし)



 朔蒔だから、なんて、思いながら、俺達は教室へ向かう。
 晴天、降り注ぐ真夏の太陽は、眩しくて、真っ白だった。


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