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第4章 片割れ時の一等星

06 好き

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 蝉の合唱は、昼間よりも小さく聞えた。蝉にも、昼の部と、夜の部があるのか……なんて、つまらないこと考えながら、俺は、境内の石の階段に腰を下ろした。



「へェ、ここ穴場じゃん。ここから、花火みんの?」
「まあ……」



 一応、聞き込みをして、ここが一番人がいないって予習してきたからな。これは、歴としたデートであるって俺の中であったから、プランを立てて、その通りに実行したいという思いは少なからずあった。でも、多めに持ってきたお金はつきそうだし、計画にないことばかりだった。それが楽しいっていう人もいるが、俺には、まだその感情が分からない。流されるまま、流れた方が面白いとか、想像していなかったことが、いきなり起きるとか。そういうハプニングを楽しめる人間だったら良かったのだが、俺は、堅い人間だったから。
 朔蒔、腰に手を当て、帯を直しながら、俺の方に近寄ってきた。



「よっこらせっと。星埜、今日、楽しかった?」
「まだ、終わってないし。まあ、楽しくなかったわけじゃない……けど」
「素直じゃねェの。俺は、楽しかったぜ」



 素直に、感想をくれる朔蒔。暗くてよく見えなかったが、うっすらとした月明かりで照らされた顔は、本当に満足そうで、祭りに二人で行けて良かったな、と心から思った。ここに一人いないのが残念ではあるが。



(……一生、三人で来るなんて事出来やしないのに)



 楓音のことも、願っても叶わないことだ。七夕の短冊に願いを書いたところで、こればかりは叶えて貰えない。失われた命が、戻ることはないから。



「星埜、時々、暗い顔するよな」
「え? そんなこと――」
「やっぱ、楓音ちゃんのこと?」



と、朔蒔は、ストレートに聞いてくる。ずっと、ぼかしていて、彼自身もその話題を避けているものだと思っていたから、朔蒔の口から、楓音の名前が出て、少しパニックを起こしてしまった。

 もう、朔蒔は乗り越えてしまったのだとか。朔蒔にとって楓音って、矢っ張りそれほどの存在だったのとか。
 色々思ってはしまうけれど、全部、全部押し殺して、朔蒔を見る。
 ここで嘘をついても、前を向けないだけだと、俺は決心し、口を開いた。重かった。重力なんてそんなにかかっていないだろうに。



「……そう。楓音のこと」
「……」
「一緒に行くって約束してたから。三人で」
「してたな、約束」
「でも、今年も来年も、再来年も……三人で行けること何て一生ない……って」
「うん」
「……ごめん、朔蒔。こんな時に、雰囲気ぶち壊すようなこと言って」



 最低だよな。

と、自分を責めていれば、そっと朔蒔に肩を抱かれた。



「さく……」
「俺、気にしてねェから。星埜が辛いって言うのも分かるし、星埜がどれだけ楓音ちゃんのこと好きだったかってのも分かる。だって、俺、楓音ちゃんに自慢されたからさァ。『僕の方が、星埜くんと長いこと一緒にいるもん』って、そう変わらねェのにさ」



 そういうと、朔蒔はフッと笑った。
 抱き寄せていたその手に力がこもる。いや、震えていた。朔蒔だって、乗り越え切れていないんだと。同じなんだと。
 でも、それを表に出さずに、俺を慰めてくれるその姿に、行動に、俺は胸が一杯になった。吊り橋効果だっけ……何だか効果、かも知れない。でも、ドキドキして、心臓が煩かった。
 いうなら、今何じゃないかと思い立てば、ヒュードカン、と闇夜に花が咲いた。



「星埜、花火、始まった」
「あ、うん」
「すげェ」



と、朔蒔は、打ち上がる花火を見て感嘆の声を漏らす。純粋な眼差しに、キラキラとした目に、子供っぽさを感じつつも、そんな横顔をずっと眺めていたいと思った。

 ああ、好きだって。
 そんな愛おしい気持ちが込み上げてきて、俺は声に出した。自然と出た。何も力まなくても、考えなくても、その言葉って案外簡単に出るんだって。



「朔蒔」
「ん? 星埜、何?」
「俺、朔蒔のことが好きだ。恋愛対象として。お前の事……好きだ。お前は俺の運命の相手だ」



 最後のはかっこつけすぎた気がするけど、運命だって、俺も思ってる。
 好きだと、はっきり伝えれて、それだけで満足してしまいそうになった俺は、少し怖くて朔蒔の顔が見えなかった。だって、どんな反応しているか、気になって、もし、俺が予想しない表情をしていたら? って考えてしまったから。



「星埜」
「……朔蒔?」
「顔、あげて。俺のこと見て」



と、朔蒔が絞り出したような声で言う。

 俺は何だと思って、顔を上げれば、そこには、苦しそうに顔を歪ませた朔蒔の顔があった。
 それはもう、耐えられない、今すぐ泣きたい……そして、全てに対して、ダメだ。と言うような顔だった。



「さく……」
「俺も、星埜が好き」
「あ、ああ……両思いって、こと」
「でも」



と、朔蒔は俺の言葉を遮った。

 そのままは、受け入れられないというような、そんな顔。
 そうして、俺が、不思議に思って朔蒔を見れば、自傷気味に、彼は笑った。



「星埜はさ、俺がどんな奴でも受け入れてくれる?」
「お前が……そのつもりで」
「じゃあ、俺が今から言うこと全部聞いたあとでも、俺の事好きでいられるか、聞く。それで、決めて? 俺のこと、それでも好きって言えるか。星埜のこと、試してやるから」


――俺の本当の運命の相手かって。



 そういうと、朔蒔は真っ黒な光の灯らない瞳を俺に向けた。そこには、底知れぬ何かが渦巻いていて、俺の身体は思わず、拒絶反応を起こしてしまった。



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