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しおりを挟む前に踏み出すのにどれだけの勇気がいるか、ずっと考えていた。
ラウリーの瞳と同じ綺麗な澄んだ蒼色のドレス。決意は指先の震えをも溶かすようだった。
ユリアーネ・フラン・シェルヒナ。シェルヒナ家次女。
母は異国の訛りが強い喋り方をした。実家が王国より離れた小国の一つで、そこから使用人としてシェルヒナ家に勤めシェルヒナ家三男であった父と結ばれた。
長男と次男がこぞって兵士になることを望み、机上の戦いを好んでいた父が名ばかりの当主となった。
母から学んだ言葉はどれもイントネーションが違う、たったこれだけの理由で虐げられ仲間外れにされてきた。
異民と馬鹿にされ、母や父の名誉を傷つけられてきた。そんな時、大きな会場で一人どうしようもなく苦しい気持ちを押さえていた時に彼女は助けてくれた。
「…テーブルマナーと同じ様に、知らぬことを覚え努力している者を馬鹿にするのは紳士淑女として最も恥ずべき事だと私は父から学んでいるのですが…
異民だからなんだというのです、我々と違うイントネーションを使えるのは彼女にしかない素敵なチャームポイントでしょう?」
イントネーションが違うことをラウリーだけは個性として捉え、シェルヒナ嬢の可愛らしいチャームポイントだと笑った。
悪意のある言葉を、紳士淑女として最も恥ずべき事だと断言し伯爵位の威厳を見せた。
あの日からずっとシェルヒナ嬢からしたら、ラウリーはたった一人の憧れの人。
ヘンリー・シャーシャ・ミルワーム。ミルワーム家長女。
ミルワーム家は没落寸前まで来ていた貴族の中でも下に位置する家系。女は産まれた時から家の存続のため借金等の支払い援助をしてくれる家系と結ばれる必要があった。
ミルワーム家前当主であるヘンリーの祖父母はその思考が強く、ヘンリーが七歳の時、当時三十八にもなるとある貴族との結婚を命じた。
悲しい話ではあるが、その男は幼女愛好家でヘンリーが淑女と呼ばれ出す十四までは優しかった。とても、今思えば不穏な程に。
十四の誕生日、男が渡したプレゼントは小瓶に入った薬だった。
『そのまま時を止めたい』そう願った男は資金援助を理由にヘンリーをコレクションに加えたかったのだ。
ヘンリーの父親が始めた事業でエトワール家と繋がれたことが、この一件を救えた。
伯爵位を招待できたことだけでも名誉あること、更にエトワール家の長女と年近くご縁があれば仲良くなれると父は嬉しかった。祖父母が裏でしていた契約など知らずに。
ラウリーはプレゼントを受け取ったヘンリーの腕を引き、子供だから入れる隙間を選んで逃げた。
パーティ会場まで戻れば、ヘンリーの祖父母は怪訝そうな顔をして「なぜお前が戻ってきた」と騒ぎ立てた。
「……ッ、孫でありこの国の宝とも言える子どもに毒を盛る大人がいて、逃げてきたらそれを罵倒するなんて…」
ラウリーはその場にいる誰より大人だった。
オズモンドはその後に、祖父母を表舞台から降ろすことを条件に必ずミルワーム家へ支援をすると約束した。
ミルワーム嬢からしたら命の恩人であり、家の救済をしてくれた礼を尽くしても尽くしきれない人。
父はエトワール家に恥をかかせまいと必死でヘンリーに目を向けなくはなったが、それでも。
そんな彼女たちでも王族に楯突くことがどれだけ怖かったか。二人、しっかりと手を繋ぎ前を向いて。
あの映像が偽物ではなく真に知っている情報であると宣誓した。
会いたかった手紙の送り主の声にセンガルは口角が緩む。
アウスとしても、ラウリーの瞳と同じドレスに身を包んだ二人が過去の記憶で彼女と共に歩いていた二人だと知った上で手出しをしなかった。
「国王皇后両陛下、私ユリアーネ・フラン・シェルヒナは我が一族の名誉をかけて今流れた映像が正真正銘実際にあったことだと証言致します」
「国王皇后両陛下、私ヘンリー・シャーシャ・ミルワームも我が一族の名誉をかけてシェルヒナ嬢と同様の証言を致します」
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