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会者定離 【避けられない別れのこと】
018
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「こんばんは、かしら?それともおはよう?」
どうでもいいという顔をする奏多さんを夫人は微笑み一つで済ます。
「あら?末伏の期間を過ぎてからだから良いけれど──若いって素敵ね。あの短時間にこれだけ抱けるなんて」
なんで分かるの⁈
ソワソワと身体を確かめるけれどそんなに不審な所はない筈だ。
真っ赤になる私を他所に奏多さんは知らんぷりだ。
「緋和さんは初めてだったのに……そんなにすると壊れてしまうわよ?」
そう奏多さんにお叱りをしている。
何を言い出すのか!この人は。
「いいから──これからどうしたらいい?」
「貴方の家の月下美人を持ってきたかしら?」
そう言われて奏多さんがスーパーのビニール袋に入れていた月下美人を渡す。
雑だ。
なんで持ってきたのかと思っていたけれど……夫人に渡す予定があったのか。
?
なんだろう。
確か──奏多さんと夫人は初対面の筈だ。
あの時、私は1人で夫人に会いに行った。
だから──夫人と奏多さんは知り合いではない──筈だ。
それなのになんだか顔見知りのような雰囲気だ。
月下美人持ってくる約束してるし。
「奏た──」
「揃った?じゃあ始めましょうか‼︎ 」
明るい声がこの部屋の空気を全て持っていく。
「来てくれたのね。ベルダンディ。それと──スクルドとウルド」
ベルダンディさんは未来で出逢った時と変わらずビーチにいるかのような服装だ。
けれど今は肌が異様に浅黒く頭にはハイビスカスが咲いていいて、いわゆるコギャル仕様になっている。
真っピンクのホットパンツは目がチカチカする。
──今回私が帰るにあたって必要なのはベルダンディさんだと聞いている。それでもスクルドさんとウルドさんも一緒に来てくれたんだ。
ありがとうございますとお辞儀をすればベルダンディさんは菖子の頼みだからいいのよと頭を撫でられる。
力加減が出来ないのか髪がクシャクシャだ。
──けれどウルドさんとスクルドさんとは相変わらず一言も話すことが出来ず少し寂しく感じてしまう。
「現在は過去と未来と共にある。常に──繋がっている」
夫人が呟く。
スクルドさんは相変わらず白のお嬢様ドレスだし、ウルドさんは──やはり喪服の黒のフォーマルドレスと黒のベールだ。
私もここへ来た時と同じ、緋色のワンピースに真珠のビジューがついたサンダルだ。
こうしているとあの時と、今が同じだと勘違いしそうだ。
現在は過去と未来と共にある。常に繋がっている──か。
「お庭へいきましょう」
通された庭には──一面の月下美人が咲き誇っていた。
「──すごい」
圧巻され言葉が出てこない。
香りもすごいが、白い巨大な花が幾つも咲き誇り明かりもないのに光り輝いている。
──まるで花が光を発しているように思えてしまう。
恍惚と──月の光の下で輝いている。
「あれ?──こんな庭だったっけ?」
思わず口から漏れる。
「今日の為に用意したの。貴方がわたくし達と出会ったのはクイーンザナイトホテル。クイーンザナイトのことね。だからその場所に繋がりやすいようにこの庭を植え替えたの」
「現在に帰るにはそんなモノが必要だったんですね……」
そう感嘆すれば夫人は呆気らかんと言い放つ。
「必要ないわ。貴方が本来の世界に帰るのに必要なのはベルダンディだけよ」
なら──なんでこんなに月下美人を咲き誇らせたの⁈
雰囲気?
それだけの為?
月下美人を円状にし囲まれた場所を指定されて立たされる。
「もう一度聞くわ。わたくしは帰らない方がいいと思っている。それでも──貴方は帰るのかしら?」
「──はい」
そうしないと青が消えてしまう。
「奏多──貴方もそれで良いのね?」
夫人が奏多さんにも問う。
奏多さんは一つ頷く。
その時の奏多さんの瞳が悲しそうで──悲しそうなのは当たり前なのだけどなんだか違和感があった。
「──待って──私が知らない何かがあるの?」
「何もないよ」
奏多さんが即答で端的に言うけれど──信じられない。
「なんで奏多さん──夫人と知り合いなの?」
どこで──?
最初から?
考えろ、緋和。
今考えないと──絶対に後悔する。
──あの電話だ──
昨日の午前に奏多さんに掛かってきた電話。
でも、夫人は奏多さんの電話番号なんて知らない筈だし──それでもあの電話が夫人だとしたら──何を話したの?
「そろそろ始めるよー!」
ベルダンディさんが指を空に掲げる。
「待って‼︎ もう少しだけ……お願い‼︎」
奏多さんは話してくれない。
「夫人!教えて。何が──待ってるの?」
「わたくしは憶測を紡いだだけ。未来は分からない」
「それでいいから教えて‼︎ 」
「緋和──時間だよ」
奏多さんが邪魔をする。
なに──なんなの?
ベルダンディが地に手を付き何か唱えている。
その言葉は聞いたこともない言葉で──私の不安を煽る。
「夫人‼︎ 」
「これは憶測。けれど確信がある。緋和さん。貴方が未来に帰れば──奏多は死ぬ」
「な──に言って……」
「緋和さんと出会った時、わたくしは時間軸の矛盾に気付いた。奏多は【これから起こる過去】を知っていた。まだ起こっていない過去を。もうどこから歪んだのかは分からない。けれどその歪みを止めることも出来たの。貴方に告げなければ──わたくしが貴方達に手を出さなければこの歪みは止められる。奏多1人が歪みに取り込まれればいい。この世界での貴方を知るのは奏多だけ。貴方は記憶にもなく、体験もしていないのだから。そうすれば貴方も青も何事もなく生きていける。けれど──それはあまりにもあの子が不憫だった。その20年間──あの日に死ぬ為に生きた奏多が」
あの日に奏多さんが死ぬ──?
なんで?──なんで⁈
「なんで⁈ 何故──そんなことに⁈ 」
「あの日──事故で青の頭上に鉄筋が落ちてきたと言っていたわね。それを貴方は助けようとし巻き込まれて死ぬ運命だった。けれど──貴方は生きている。あの場所で鉄筋が落ちる事を知っている人物がいる。貴方達を助け身代わりに亡くなった人がいる──奏多ね」
奏多さんを見れば目を逸らされる。
私が──未来を奏多さんに語ったから?
「──貴方は未来に帰っても奏多には逢えない。だって奏多は青と貴方を助けて亡くなるのだから」
頭が整理できない。
「未来を知っているなら奏多さんは私達をあの場に行かせなければいいじゃない⁉︎ なんでチケットを渡したの?」
そうしなければ、私と青はあの場所に行かなかった。
「そうしなければ──貴方は過去には来ない。あの日にわたくし達に出会わなければここには来れない。そしてあの日──ウルドが力を奮ったのは奏多があまりに不憫だったから。不憫ではない奏多の為にはわたくしもウルドも動かなかった。【貴方】に会う為には──奏多は死ぬしかない。だから──これからの20年──奏多は貴方をここへ呼ぶ為に──ここで貴方と過ごす短い時間の為に──あの日に死ぬ為に人生を捧げる」
【──それでも──僕に逢いにきて、緋和】
あの日の奏多さんの言葉の意味を──知る。
じゃあ奏多さんはあの日に死ぬ為だけにこれから20年生きるの?
私は──未来に帰っても奏多さんはもう──いないの?
「なんで‼︎ なんで教えてくれなかったの⁈」
奏多さん責めても仕方がないのに──そう──分かってる。
「知った貴方はどちらを選ぶの?ここに残り奏多と幸せに暮らし青を存在ごと消せるの?それとも未来に帰り奏多を殺して青を生かすのか──選べたの?」
そうだ……私が悩むから──奏多さんは黙ってた。
何度か帰らないでと言われたけれど──強要はしなかった。
【僕は〈緋和〉と会えない】
あれは過去から戻ってきた〈私〉とは逢えないってことだったんだ。
もう──二度と逢えないから──抱くことも躊躇ったの?
私の為に死んでもいいって──言ってたのは大袈裟でも妄言でもなく真実なの?
──ヤダ。
「やだよ…助けて‼︎ あの時間よりも前に戻して‼︎」
「未来も過去もベルダンディには触れられない。あのシーンが貴方の【現在】それより先は未来に、それより前は過去になる。どちらも沈黙しベルダンディが戻せるのは【現在】にだけ」
風が吹く。
強く。
月下美人が一層香る。
花弁は散り風と共に巻き上げられ視界を塞ぐ。
チラリとベルダンディを見れば仕事を終えたと言わんばかりに階に座り両手で頬杖をして事の終わりを待っている。
もう私が未来に帰る術が出来上がっている。
なら──なら‼︎
「ウルド‼︎ お願い‼︎ ウルド‼︎ あの日の──事故よりも前に私を戻して‼︎ 」
そうすれば、私はここでの記憶と奏多さんも青も失わなくてもいい。
ウルドの表情は暗いベールに包まれ窺うことが出来ない。
ただ、微動だにしない。
此方の声なんて届いてないかのように動かない。
「お願い!──どんなことでもしてみせる!私の命で贖えるなら私の命を使って欲しい。だから──奏多さんを殺さないで‼︎ 」
奏多さんが何か叫んでいたけれど風の音で聞こえない。
夫人はただ──微笑んでいる。
「スクルド!奏多さんの未来を紡いで‼︎ 止めてしまわないで希望の未来を彼に見せてあげて!」
彼女も微動だにしない。
ただウルドのように表情は固くなく薄らと微笑んでいる。
それはまるで未来への儚い希望を──勝手な私達の希望を現しているように朧げだ。
【スクルドが見ている未来さえもウルドがどう動くかで変わる。すべてはウルド次第──】
未来の夫人はウルドが鍵だと教えてくれていたのに──過去の夫人は意地悪だ。
もっと早く教えてくれてもいいじゃないのか。
そう夫人にも苛立ちが起こる。
「ウルド!──奏多を──愛してるの‼︎────うしないたくないの……」
月下美人が強い香りに意識が揺らぐ。
でも──意識を手離したらダメだと分かる。
手離せばきっと私は未来に──現在に帰ってしまう。
自分を物理的に戒めれるモノがあればよかったのに。
そうすれば簪でもガラスでも身体に突き立てて痛みで意識を保てただろう。
「ウルド‼︎ ──貴方の声を聞かせて……」
優しい声だろうか?
それとも悲しい声なのか。
過去は──どんな声で語りかけてくるのだろうか?
「ウルド……ここでの過去を忘れたくない──大事にしたい──悲しみだけにしたくないの──どんな──どんな罪も罰も受けるから──奏多さんの助けて──過去を消さないで‼︎ 」
甘い香りは窒息する程に濃厚に香り──私は意識を手離してしまった。
どうでもいいという顔をする奏多さんを夫人は微笑み一つで済ます。
「あら?末伏の期間を過ぎてからだから良いけれど──若いって素敵ね。あの短時間にこれだけ抱けるなんて」
なんで分かるの⁈
ソワソワと身体を確かめるけれどそんなに不審な所はない筈だ。
真っ赤になる私を他所に奏多さんは知らんぷりだ。
「緋和さんは初めてだったのに……そんなにすると壊れてしまうわよ?」
そう奏多さんにお叱りをしている。
何を言い出すのか!この人は。
「いいから──これからどうしたらいい?」
「貴方の家の月下美人を持ってきたかしら?」
そう言われて奏多さんがスーパーのビニール袋に入れていた月下美人を渡す。
雑だ。
なんで持ってきたのかと思っていたけれど……夫人に渡す予定があったのか。
?
なんだろう。
確か──奏多さんと夫人は初対面の筈だ。
あの時、私は1人で夫人に会いに行った。
だから──夫人と奏多さんは知り合いではない──筈だ。
それなのになんだか顔見知りのような雰囲気だ。
月下美人持ってくる約束してるし。
「奏た──」
「揃った?じゃあ始めましょうか‼︎ 」
明るい声がこの部屋の空気を全て持っていく。
「来てくれたのね。ベルダンディ。それと──スクルドとウルド」
ベルダンディさんは未来で出逢った時と変わらずビーチにいるかのような服装だ。
けれど今は肌が異様に浅黒く頭にはハイビスカスが咲いていいて、いわゆるコギャル仕様になっている。
真っピンクのホットパンツは目がチカチカする。
──今回私が帰るにあたって必要なのはベルダンディさんだと聞いている。それでもスクルドさんとウルドさんも一緒に来てくれたんだ。
ありがとうございますとお辞儀をすればベルダンディさんは菖子の頼みだからいいのよと頭を撫でられる。
力加減が出来ないのか髪がクシャクシャだ。
──けれどウルドさんとスクルドさんとは相変わらず一言も話すことが出来ず少し寂しく感じてしまう。
「現在は過去と未来と共にある。常に──繋がっている」
夫人が呟く。
スクルドさんは相変わらず白のお嬢様ドレスだし、ウルドさんは──やはり喪服の黒のフォーマルドレスと黒のベールだ。
私もここへ来た時と同じ、緋色のワンピースに真珠のビジューがついたサンダルだ。
こうしているとあの時と、今が同じだと勘違いしそうだ。
現在は過去と未来と共にある。常に繋がっている──か。
「お庭へいきましょう」
通された庭には──一面の月下美人が咲き誇っていた。
「──すごい」
圧巻され言葉が出てこない。
香りもすごいが、白い巨大な花が幾つも咲き誇り明かりもないのに光り輝いている。
──まるで花が光を発しているように思えてしまう。
恍惚と──月の光の下で輝いている。
「あれ?──こんな庭だったっけ?」
思わず口から漏れる。
「今日の為に用意したの。貴方がわたくし達と出会ったのはクイーンザナイトホテル。クイーンザナイトのことね。だからその場所に繋がりやすいようにこの庭を植え替えたの」
「現在に帰るにはそんなモノが必要だったんですね……」
そう感嘆すれば夫人は呆気らかんと言い放つ。
「必要ないわ。貴方が本来の世界に帰るのに必要なのはベルダンディだけよ」
なら──なんでこんなに月下美人を咲き誇らせたの⁈
雰囲気?
それだけの為?
月下美人を円状にし囲まれた場所を指定されて立たされる。
「もう一度聞くわ。わたくしは帰らない方がいいと思っている。それでも──貴方は帰るのかしら?」
「──はい」
そうしないと青が消えてしまう。
「奏多──貴方もそれで良いのね?」
夫人が奏多さんにも問う。
奏多さんは一つ頷く。
その時の奏多さんの瞳が悲しそうで──悲しそうなのは当たり前なのだけどなんだか違和感があった。
「──待って──私が知らない何かがあるの?」
「何もないよ」
奏多さんが即答で端的に言うけれど──信じられない。
「なんで奏多さん──夫人と知り合いなの?」
どこで──?
最初から?
考えろ、緋和。
今考えないと──絶対に後悔する。
──あの電話だ──
昨日の午前に奏多さんに掛かってきた電話。
でも、夫人は奏多さんの電話番号なんて知らない筈だし──それでもあの電話が夫人だとしたら──何を話したの?
「そろそろ始めるよー!」
ベルダンディさんが指を空に掲げる。
「待って‼︎ もう少しだけ……お願い‼︎」
奏多さんは話してくれない。
「夫人!教えて。何が──待ってるの?」
「わたくしは憶測を紡いだだけ。未来は分からない」
「それでいいから教えて‼︎ 」
「緋和──時間だよ」
奏多さんが邪魔をする。
なに──なんなの?
ベルダンディが地に手を付き何か唱えている。
その言葉は聞いたこともない言葉で──私の不安を煽る。
「夫人‼︎ 」
「これは憶測。けれど確信がある。緋和さん。貴方が未来に帰れば──奏多は死ぬ」
「な──に言って……」
「緋和さんと出会った時、わたくしは時間軸の矛盾に気付いた。奏多は【これから起こる過去】を知っていた。まだ起こっていない過去を。もうどこから歪んだのかは分からない。けれどその歪みを止めることも出来たの。貴方に告げなければ──わたくしが貴方達に手を出さなければこの歪みは止められる。奏多1人が歪みに取り込まれればいい。この世界での貴方を知るのは奏多だけ。貴方は記憶にもなく、体験もしていないのだから。そうすれば貴方も青も何事もなく生きていける。けれど──それはあまりにもあの子が不憫だった。その20年間──あの日に死ぬ為に生きた奏多が」
あの日に奏多さんが死ぬ──?
なんで?──なんで⁈
「なんで⁈ 何故──そんなことに⁈ 」
「あの日──事故で青の頭上に鉄筋が落ちてきたと言っていたわね。それを貴方は助けようとし巻き込まれて死ぬ運命だった。けれど──貴方は生きている。あの場所で鉄筋が落ちる事を知っている人物がいる。貴方達を助け身代わりに亡くなった人がいる──奏多ね」
奏多さんを見れば目を逸らされる。
私が──未来を奏多さんに語ったから?
「──貴方は未来に帰っても奏多には逢えない。だって奏多は青と貴方を助けて亡くなるのだから」
頭が整理できない。
「未来を知っているなら奏多さんは私達をあの場に行かせなければいいじゃない⁉︎ なんでチケットを渡したの?」
そうしなければ、私と青はあの場所に行かなかった。
「そうしなければ──貴方は過去には来ない。あの日にわたくし達に出会わなければここには来れない。そしてあの日──ウルドが力を奮ったのは奏多があまりに不憫だったから。不憫ではない奏多の為にはわたくしもウルドも動かなかった。【貴方】に会う為には──奏多は死ぬしかない。だから──これからの20年──奏多は貴方をここへ呼ぶ為に──ここで貴方と過ごす短い時間の為に──あの日に死ぬ為に人生を捧げる」
【──それでも──僕に逢いにきて、緋和】
あの日の奏多さんの言葉の意味を──知る。
じゃあ奏多さんはあの日に死ぬ為だけにこれから20年生きるの?
私は──未来に帰っても奏多さんはもう──いないの?
「なんで‼︎ なんで教えてくれなかったの⁈」
奏多さん責めても仕方がないのに──そう──分かってる。
「知った貴方はどちらを選ぶの?ここに残り奏多と幸せに暮らし青を存在ごと消せるの?それとも未来に帰り奏多を殺して青を生かすのか──選べたの?」
そうだ……私が悩むから──奏多さんは黙ってた。
何度か帰らないでと言われたけれど──強要はしなかった。
【僕は〈緋和〉と会えない】
あれは過去から戻ってきた〈私〉とは逢えないってことだったんだ。
もう──二度と逢えないから──抱くことも躊躇ったの?
私の為に死んでもいいって──言ってたのは大袈裟でも妄言でもなく真実なの?
──ヤダ。
「やだよ…助けて‼︎ あの時間よりも前に戻して‼︎」
「未来も過去もベルダンディには触れられない。あのシーンが貴方の【現在】それより先は未来に、それより前は過去になる。どちらも沈黙しベルダンディが戻せるのは【現在】にだけ」
風が吹く。
強く。
月下美人が一層香る。
花弁は散り風と共に巻き上げられ視界を塞ぐ。
チラリとベルダンディを見れば仕事を終えたと言わんばかりに階に座り両手で頬杖をして事の終わりを待っている。
もう私が未来に帰る術が出来上がっている。
なら──なら‼︎
「ウルド‼︎ お願い‼︎ ウルド‼︎ あの日の──事故よりも前に私を戻して‼︎ 」
そうすれば、私はここでの記憶と奏多さんも青も失わなくてもいい。
ウルドの表情は暗いベールに包まれ窺うことが出来ない。
ただ、微動だにしない。
此方の声なんて届いてないかのように動かない。
「お願い!──どんなことでもしてみせる!私の命で贖えるなら私の命を使って欲しい。だから──奏多さんを殺さないで‼︎ 」
奏多さんが何か叫んでいたけれど風の音で聞こえない。
夫人はただ──微笑んでいる。
「スクルド!奏多さんの未来を紡いで‼︎ 止めてしまわないで希望の未来を彼に見せてあげて!」
彼女も微動だにしない。
ただウルドのように表情は固くなく薄らと微笑んでいる。
それはまるで未来への儚い希望を──勝手な私達の希望を現しているように朧げだ。
【スクルドが見ている未来さえもウルドがどう動くかで変わる。すべてはウルド次第──】
未来の夫人はウルドが鍵だと教えてくれていたのに──過去の夫人は意地悪だ。
もっと早く教えてくれてもいいじゃないのか。
そう夫人にも苛立ちが起こる。
「ウルド!──奏多を──愛してるの‼︎────うしないたくないの……」
月下美人が強い香りに意識が揺らぐ。
でも──意識を手離したらダメだと分かる。
手離せばきっと私は未来に──現在に帰ってしまう。
自分を物理的に戒めれるモノがあればよかったのに。
そうすれば簪でもガラスでも身体に突き立てて痛みで意識を保てただろう。
「ウルド‼︎ ──貴方の声を聞かせて……」
優しい声だろうか?
それとも悲しい声なのか。
過去は──どんな声で語りかけてくるのだろうか?
「ウルド……ここでの過去を忘れたくない──大事にしたい──悲しみだけにしたくないの──どんな──どんな罪も罰も受けるから──奏多さんの助けて──過去を消さないで‼︎ 」
甘い香りは窒息する程に濃厚に香り──私は意識を手離してしまった。
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