そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊

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知れば、戻れない

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櫂さんがあんなに苛立っているのを初めて見た。
それはそうだろう。
私と櫂さんは数回しか会っていないのだから。
まして年の差は14歳と、どうあっても子供としか思われていないだろう。
それに比べ、矢賀さんは仕事のパートナーであり、
私の知らない櫂さんとの過ごしてきた時間がある。
まして36歳となった大人の彼に22歳の役にも立たない侑梨を選ぶ理由なんてどこにもないだろう。
…役に立たないどころか…余計な火種を撒いてしまった。元々、マウロとは犬猿の仲だったのだろうが、今日の彼に屈辱を味合わせたのは侑梨なのだから。
櫂さんは私を助けようと嘘をついてくれたのに…
あの時、すぐに誤解だと、私が好きなのは櫂さんなのだと嘘でも言えていたら、彼を傷つけることもなかった。
あの時の矢賀さんの瞳が、それを訴えていた。
その考えに浸りながら、気づく。本当だから言えなかった自分に。自分が思っていた以上に彼を好きだったことに気づく。
帰り際に高崎夫人から「そのドレスは貴方のものよ」と囁かれた。
一刻も早く脱ぎたかったけれど、私の元の服やバック一式が無くなっていた。夫人の故意なのか、それともお金持ち故なのかはもうどうでもいい。
おかげで私は今、このお高いドレス姿で徒歩帰宅だ。
バックもないから家の鍵もない。
作り直すにしても、数万はかかるだろう。
高いドレスになってしまった。
(どう考えてもドレスの方が高いのだけれど)
取り敢えず、夜遅い今は申し訳ないが働いているホテルで仮眠をとらせてもらおう。
6月の空は今にも雨が降りそうだ。
…ほら降った…

足は痛むし、雨で寒いし、意外に遠いし。
歩いて帰れる距離だと思ったけれど、まだまだあるぞ。
雪子に電話しようかな…でも、そうなると事の顛末を話さなければならない。…話したい。
雪子に聞いて欲しい…そう思った。
でも、今この状態で「助けて欲しいから話す」の形は嫌だった。ホテルに自力で帰ってそこから時間を割いてもらおう。
雨は激しく降った。
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